労働基準法は、労働者保護を目的として使用者に様々な義務を課す法律です。労働時間の上限、休憩・休日の付与、年次有給休暇、割増賃金の支払いなど、国が使用者に対して遵守を求める最低基準を定めています。しかし、この法律には従業員が果たすべき義務については明文化されていません。
近年、労働基準法の認知度が高まり、インターネットやSNSを通じて誰もが容易に法律を参照できるようになりました。若い世代が自分の権利について調べやすくなったこと自体は望ましいことです。ただ、労働基準法だけを見て全体像を理解したつもりになると、「労働者には義務がない」「権利だけを主張すればいい」という誤解が生じやすくなります。実際には、労働者の義務は労働契約法における信義則や権利濫用の禁止、民法の雇用契約における労務提供義務、そして判例法理によって形成されてきた服務規律や職場秩序維持義務として存在しています。しかし、これらは体系的に一つの法律にまとまっておらず、判例を読む機会もない一般の労働者にとっては触れることの難しい情報です。
たとえば、労働時間中に業務と無関係なインターネット閲覧やゲームをしていた場合を考えてみましょう。労働基準法上は、拘束時間内である以上、使用者には賃金支払義務があります。しかし、だからといって労働時間中に何をしていてもよいわけではありません。職務専念義務は労働契約から当然に導かれる義務であり、判例でも繰り返し確認されてきました。このような義務は労働基準法には書かれていないため、それだけを見ていては理解できないのです。
ここで重要になるのが就業規則における服務規律の役割です。服務規律は、労働契約法や判例法理で確立されてきた労働者の義務を、身近な規程の中で可視化する機能を果たします。誠実労働義務、職場秩序維持義務、守秘義務、職務専念義務など、労働者が負うべき義務を明確に規定することで、権利と義務のバランスを理解してもらうことができます。
さらに、この服務規律をクレドにまで発展させるという考え方があります。単に「してはならない」「この義務を負う」という禁止や命令の形ではなく、「私たちはこういう価値を大切にする組織だから、こういう行動をとる」という価値観や行動指針として示すのです。こうすることで、労働者は義務を単なる制約としてではなく、組織の理念との関係で理解できるようになり、自発的な行動が促されます。
労働基準法という有名な法律だけでは見えてこない労働者の義務を、就業規則の服務規律として明文化し、さらにクレドとして組織の価値観と結びつける。この取り組みが、権利と義務の調和した健全な職場づくりに役立ちます。
江尻育弘