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就業規則
就業規則の読み方・活かし方

 


就業規則の読み方・活かし方D

第5章 服務

今回取り上げる労務問題

  • 従業員のSNS投稿が取引先の目に留まり、会社の信用問題に発展しかけた事例
  • 業務時間中のスマートフォン私用が常態化し、周囲の士気に影響を及ぼしている事例
  • テレワーク中に個人端末・私用クラウドで業務データを扱っていた事例

はじめに

 「うちの就業規則、服務の章だけでやたら条文が多いんですけど、正直、全部読んでる社員っていないと思うんです」——人事担当者からそんな声を聞くことがあります。たしかに服務規定は、他の章に比べて禁止事項や遵守事項が並ぶ印象が強く、「読んでも頭に入らない」と感じる方が多いかもしれません。

 しかし、服務規定こそ、日々の職場で最もトラブルに直結する章です。SNSへの不用意な投稿、業務中のスマホ使用、テレワーク時の情報管理——いずれも「知らなかった」「そこまで考えていなかった」という認識のズレから問題が大きくなります。

 ある人材育成の専門家は「凡事徹底は、腹落ちさせることが基本だ」と指摘しています。ルールの存在を知っているだけでは足りない。なぜそのルールが必要なのかを社員自身が納得して初めて、ルールは生きたものになる。今回はその視点から、服務規定の「読み方」を一緒に考えていきましょう。


登場人物

江尾社労士:社会保険労務士として20年以上のキャリアを持つベテラン。「就業規則は会社を守るためだけのものじゃない。人を育てる設計図でもあるんだ」が口癖。予防労務の観点から、トラブルの芽を摘む助言を得意とする。

我如古さん:株式会社あっぱれ商事の人事部総務課に所属して5年目。現場からの相談対応に追われる日々の中で、就業規則の奥深さに少しずつ気づき始めている。


トラブル1:SNS投稿と会社の信用——「悪気はなかった」では済まない

 梅雨明けの沖縄。あっぱれ商事の事務所にも夏の陽射しが差し込み始めた7月のある朝、我如古さんが深刻な表情で江尾社労士のもとを訪ねてきた。

我如古さん:「先生、ちょっと困ったことが起きまして。営業部のAさんが、先週末の社内バーベキューの写真をインスタグラムに投稿したんです。それ自体はよくある話なんですけど、写真の背景に取引先から預かっていた商品サンプルが写り込んでいて……」

江尾社労士:「なるほど。それが取引先の目に留まった?」

我如古さん:「はい。取引先の担当者から『まだ公表前の商品なのに、御社の社員さんのSNSに写っているようですが』と連絡がありました。Aさんに聞いたら『えっ、あれダメだったんですか?ただの写真なのに』って……。悪気はまったくないんです」

江尾社労士:「悪気がないからこそ厄介なんだよね。まず整理しよう。今回の件は、就業規則のどこに関わると思う?」

我如古さん:「えーと……SNSのことだから、第30条の『デジタル時代の行動規範』でしょうか。第2号に『ソーシャルメディア等での情報発信については、会社や他者の信用を維持するよう適切な内容で行うこと』とありますよね」

江尾社労士:「そのとおり。それだけじゃない。第29条の『秘密保持義務・情報セキュリティ』の第1号も見てごらん。『業務上で知り得た情報について適切な管理を行い、情報保護規程に従って取り扱うこと』とある。取引先の未公表商品の情報は、まさに『業務上で知り得た情報』だよね」

我如古さん:「あ、そうか……。SNSの問題だけじゃなくて、情報管理の問題でもあるんですね」

江尾社労士:「さらに言えば、第31条の『信用保持義務・社会的責任』の第1号、『法令を遵守し、他者に対して敬意を持って接し、誠実な行動を取ること』にも関わる。取引先との信頼関係を損なう行為だからね。ここで大事なのは、Aさんを責めることじゃなくて、なぜAさんがこれを問題だと認識できなかったのかを考えることだよ」

我如古さん:「認識できなかった理由……ですか?」

江尾社労士:「そう。ある専門家の言葉を借りれば、問題の背景には『認識ギャップ』があることが多い。Aさんは規則の存在は知っていたかもしれない。でも『自分のSNS投稿がそこに該当する』とは思っていなかった。これは本人の問題というより、会社側が具体的な場面に落とし込んで伝えられていなかった、ということでもある」

我如古さん:「たしかに、入社時の説明では『SNSに会社の悪口を書かないでください』くらいしか言っていなかったかもしれません……」

江尾社労士:「だよね。第30条第2号には『会社が削除を求めた情報については速やかに削除すること』ともある。今回はまず取引先への謝罪と、Aさんへの投稿削除の指示が最優先。そのうえで、これを機に全社向けのSNSガイドラインを整備することを提案するよ。就業規則の条文だけでは、具体的にどんな投稿がNGなのか伝わりにくいからね」


トラブル2:スマホ私用の常態化——ルールで縛る前にやるべきこと

我如古さん:「先生、もうひとつ相談があるんです。経理課のBさんなんですが、業務時間中にしょっちゅうスマホをいじっているらしくて。同じ課のメンバーから『不公平だ』『こっちは必死に仕事しているのに』という声が上がっていて……」

江尾社労士:「Bさんの上司はどう対応しているの?」

我如古さん:「課長が一度注意したそうなんですけど、Bさんは『休憩時間にちょっと見ていただけです』と。でも周りの人たちは『休憩時間じゃないときも見ている』と言っていて、水掛け論になっちゃったみたいです」

江尾社労士:「就業規則ではどう定められているか、確認してみよう」

我如古さん:「第27条の『職務専念義務』ですね。第3号に『労働時間中は定められた職務に専念し、職場を離れる際は事前に許可を得ること』、第11号に『業務中の私用における携帯情報端末等の使用については、会社が定めるルールに従うこと』とあります」

江尾社労士:「正確だね。じゃあ聞くけど、あっぱれ商事には携帯端末の私用に関する具体的なルールはあるの?」

我如古さん:「……正直、明文化されたものはないと思います。『常識の範囲で』というか……」

江尾社労士:「そこなんだよ。就業規則の第27条第11号は『会社が定めるルールに従うこと』と書いてある。つまり、会社がルールを定めていなければ、社員は何に従えばいいのかわからない。Bさんを一方的に責められない面もあるんだ」

我如古さん:「じゃあ、まずルールを作ればいいんですか? 例えば『業務時間中のスマホ使用は一切禁止』とか」

江尾社労士:「全面禁止は一つの選択肢だけど、ちょっと待って。沖縄は台風も多いし、保育園からの緊急連絡とか、家族の安否確認が必要な場面もあるよね。一律禁止にすると、そういう正当な理由での使用まで萎縮させてしまう」

我如古さん:「あ、たしかにこの前の台風6号のとき、みんなスマホで家族と連絡取ってましたもんね……」

江尾社労士:「大事なのは、禁止することじゃなくて、なぜ職務専念が求められるのかを社員が理解すること。第28条の『職場環境維持義務』の第13号を見てごらん。『他者に対して敬意を持って接し、ハラスメントの防止に努め、良好な職場環境の維持に協力すること』とある。Bさんのスマホ使用が問題になっているのは、本質的には職場環境の問題なんだよ。周囲が『不公平だ』と感じている。つまりチームの信頼関係に影響が出ている」

我如古さん:「スマホの問題じゃなくて、職場環境の問題として捉えるんですね」

江尾社労士:「そう。だからBさんへの対応としては、いきなり懲戒とか処分の話ではなく、まず課長との面談で『あなたのスマホ使用が周囲にどう映っているか』を伝えること。そのうえで、チーム全体のルールとして携帯端末の使用基準を整備する。『緊急時は使用可、ただし席を離れて短時間で』といった現実的なラインを設けるのがいいだろうね」

我如古さん:「なるほど……。第27条第8号にも『労働時間に関する記録を正確に行い、時間外労働および休日労働について適切に申告すること』ってありますけど、こういう細かい義務も、理由がわかっていないと守ろうという気にならないですよね」

江尾社労士:「まさにそう。服務規定は条文の数が多いから、読み上げるだけじゃ伝わらない。『この条文は、あなたのこういう場面に関わるんだよ』と具体的に結びつけてあげることが大切なんだ」


トラブル3:テレワーク時の情報管理——便利さの裏にあるリスク

我如古さん:「もうひとつ、テレワーク絡みで気になることがありまして。企画部のCさんが、自宅で仕事をするときに個人のGoogleドライブに業務資料をアップロードしていたことがわかったんです」

江尾社労士:「それはどういう経緯で発覚したの?」

我如古さん:「Cさんが企画書を共有するときに、会社のシステムじゃなくて個人のGoogleドライブのリンクを送ってしまって。受け取った側が『これ会社のサーバーじゃないですよね?』と気づいたんです」

江尾社労士:「Cさん自身はどう説明しているの?」

我如古さん:「『会社のVPNが遅くて、急ぎの資料だったからつい……』と。悪意があったわけではなく、業務を早く進めたかっただけだと言っています」

江尾社労士:「業務熱心なのは良いことだけど、ここは明確にアウトだね。第29条の『秘密保持義務・情報セキュリティ』を見てみよう。第8号に『クラウドサービスを業務で利用する場合は、会社が承認したサービスのみを使用し、適切なアクセス管理を行うこと』とある。個人のGoogleドライブは会社が承認したサービスじゃないよね」

我如古さん:「はい。それに第5号の『個人所有のデバイス(BYOD)を業務に使用する場合は、会社が定めるセキュリティ要件を満たし、事前に許可を得ること』にも該当しますね」

江尾社労士:「さらに第27条第4号も確認して。『テレワーク実施時においても、労働時間中は常に所在を明らかにし、会社が定める方法により連絡可能な状態を保つこと』とある。テレワークだからといって、会社のルールから自由になるわけじゃない」

我如古さん:「でも先生、正直に言うと、Cさんの気持ちもわかるんです。VPNが遅いのは事実で、みんな困っているんです。ルール違反なのはわかるんですけど、現場としては『じゃあどうすればいいの?』という……」

江尾社労士:「いい指摘だね。実はそこがとても重要なんだ。ルールだけ厳しくして、それを守るための環境を会社が整えていなかったら、現場は抜け道を探すしかなくなる。Cさんの行為はルール違反だけど、同時にこれは会社への問題提起でもある」

我如古さん:「問題提起……ですか」

江尾社労士:「そう。サービス業の現場では、マニュアルどおりにいかない場面が日常的に起きる。そのとき現場の人間が自分で判断して動けることが大切だ、という考え方がある。ただしそれは、判断の基準となるルールと、それを守れる環境が整っていることが前提なんだよ。第29条第6号を見てごらん。『会社が貸与したデバイスは業務遂行に必要な範囲で使用し、会社が許可したソフトウェア、アプリケーションのみを使用すること』——これを守らせたいなら、会社は貸与デバイスとネットワーク環境を十分に整備する責任がある」

我如古さん:「なるほど。Cさんへの指導と同時に、テレワーク環境の改善も提案したほうがいいってことですね」

江尾社労士:「そのとおり。Cさんには、個人クラウドに業務データを保存することのリスク——アカウント乗っ取り、退職後のデータ残存、アクセス権限の管理不能——を具体的に説明したうえで、今後は必ず会社承認のサービスを使うよう指導する。そして同時に、VPN環境の改善をシステム部門に掛け合う。この両輪がないと、同じことが繰り返されるよ」


おわりに

我如古さん:「今日のお話を聞いて思ったんですけど、服務規定って、結局は『なぜそうするのか』が伝わっていないと意味がないんですね。条文を読み上げるだけじゃ、Aさんのように『自分のことだと思わなかった』という人が出てくる」

江尾社労士:「そうだね。就業規則を作る側は、一つひとつの条文に理由を込めて書いている。でもそれが現場に届くかどうかは別の話だ。入社時の説明だけで終わらせず、定期的に具体的な事例と結びつけて伝える。今日話したSNS投稿やスマホ使用、テレワークの情報管理は、どれもここ数年で急に重要になったテーマだからね」

我如古さん:「第30条の『デジタル時代の行動規範』なんて、AI活用のガイドラインまで入っていて驚きました。時代に合わせて規則も進化していくんですね」

江尾社労士:「そこも大事なポイントだ。第30条第1号には『AI(人工知能)ツールを業務で使用する場合は、会社が定めるガイドラインに従い、機密情報の入力を避けること』とある。新しい技術が出てくるたびに、服務規定の射程は広がっていく。でも根っこにある考え方は変わらない。『自分の仕事に誠実に向き合い、周囲と信頼関係を築き、会社の情報と信用を守る』——この三つを腹落ちさせることが、服務規定を活かす鍵なんだよ」

我如古さん:「腹落ち、ですか。次回の社内研修では、今日の事例を使って話してみようと思います」

江尾社労士:「いいね。次回は第6章の『教育』を取り上げよう。条文はたった1条しかないけれど、だからこそ運用でどう肉付けするかが勝負になる。楽しみにしていてね」


社会保険労務士 江尻育弘