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「就業規則の読み方・活かし方」本則編
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令和7年 賃金構造基本統計調査を読み解く ― 介護施設編

1回:介護の現場は「賃上げの波」に乗れているか

 

あかまち理事長(100名規模・社会福祉法人/介護施設) × 江尾社労士(えび)

 

■ 調査の全体像 ― 日本の賃金は本当に上がっているのか

 

あかまち理事長:えびさん、令和7年の賃金構造基本統計調査が公表されましたね。テレビでも「賃金上昇」と報道されていましたが、うちのような小さな介護施設にとって、本当にそんな実感があるのかなというのが率直な感想です。

江尾社労士:あかまち理事長、その感覚はとても大切です。まず全体像をお伝えすると、今回の調査では一般労働者の賃金が男女計で340,600円、前年比3.1%増でした。令和4年以降、毎年24%台の上昇が続いており、日本の賃金はようやく構造的な上昇局面に入ったと言えます。

 

【令和7年 一般労働者の賃金(月額・所定内給与)】

男女計 340,600円(前年比 +3.1%) 年齢44.4歳・勤続12.7

男 性 373,400円(同 +2.8%)   年齢45.2歳・勤続14.2

女 性 285,900円(同 +3.9%)   年齢43.2歳・勤続10.4

 

あかまち理事長:340,600円が全国平均ですか……。うちの施設の介護福祉士の平均月給はそこまで届いていないですね。

江尾社労士:そこが核心です。この340,600円はあくまで全産業・全規模の平均ですから、産業別・企業規模別に分解して見る必要があります。理事長の施設は100名規模の社会福祉法人ですから、調査の分類では「中企業」(常用労働者100999人)に該当します。ただし、法人全体で100名ということは、経営の実態としては小企業に近い面もありますので、両方のデータを押さえておくことが重要です。

 

 

■ 企業規模間格差 ― 大企業との差はさらに広がった

 

江尾社労士:企業規模別の賃金データを見ると、今回の調査で最も深刻な変化が浮かび上がります。

 

【企業規模別賃金(男女計)― 令和7年】

大企業(1,000人以上) 385,100円(前年比 +5.7%

中企業(100999人)  326,200円(同 +1.0%

小企業(1099人)   305,600円(同 +2.1%

 

企業規模間賃金格差(大企業=100

中企業 84.7(前年 88.6) 小企業 79.4(前年 82.1

 

あかまち理事長:大企業が5.7%の賃上げで、中企業が1.0%。格差も84.7と、前年の88.6からかなり開いていますね。小企業は79.4ですか……

江尾社労士:はい。春闘での大企業の高水準な賃上げが、中小の法人には十分に波及していない現実です。理事長の法人は中企業に分類されますが、介護施設の経営実態を考えると、中企業の326,200円と小企業の305,600円の間のどこかに、実際の賃金水準があるのではないかと思います。

あかまち理事長:そうですね。うちは法人全体で100名ですが、事業所単位で見ればもっと小さいですから。しかも一般企業と違って、介護施設の収入はほぼ介護報酬に依存しています。売上を伸ばして利益を確保し、賃金に回すという仕組みが取りにくい。

江尾社労士:まさにそこが介護施設の構造的な制約です。処遇改善等加算が賃金改善の重要な原資になっていますが、大企業が5%を超える賃上げを行う環境で、処遇改善等加算だけではどうしても追いつかない部分が出てきます。

 

介護施設の賃金原資は介護報酬と処遇改善等加算にほぼ依存している。一般企業のように「業績好調だから賃上げ」という判断ができないため、全産業的な賃上げトレンドに乗り遅れやすい構造にある。この構造を前提に、限られた原資の中でどう配分するかが経営課題の核心になる。

 

 

 

■ 産業別賃金 ― 医療・福祉は全産業平均を下回る

 

江尾社労士:次に、産業別のデータです。介護施設は「医療,福祉」に分類されますが、その賃金水準を他産業と比べてみましょう。

 

【産業別賃金(男女計・主な産業)― 令和7年】

電気・ガス・熱供給・水道業 444,000円(前年比 +1.5%

学術研究,専門・技術サービス業 440,300円(同 +9.6%

金融業,保険業 437,000円(同 +6.4%

情報通信業 406,000円(同 +3.8%

建設業 366,300円(同 +3.9%

製造業 330,000円(同 +3.6%

─────────────────────────

全産業平均 340,600円(同 +3.1%

─────────────────────────

医療,福祉 315,700円(同 +3.0%

運輸業,郵便業 312,700円(同 +2.6%

宿泊業,飲食サービス業 277,200円(同 +2.9%

 

あかまち理事長:医療・福祉は315,700円。全産業平均340,600円を約25,000円下回っている。建設業や製造業にも及ばないんですね。

江尾社労士:そうなんです。さらに男女別で見ると、医療・福祉の男性は378,000円で全産業男性平均の373,400円をわずかに上回っていますが、女性は289,700円で全産業女性平均の285,900円とほぼ同水準です。介護施設は女性比率が非常に高いですから、この女性の賃金水準が施設全体の水準を左右します。

あかまち理事長:うちの施設も職員の8割近くが女性です。介護福祉士も、ケアマネも、生活相談員も、女性が多い。全産業の女性平均と同水準ということは、介護施設で働くことの賃金上の優位性がないということですね。

江尾社労士:厳しい言い方をすれば、そのとおりです。しかも、対前年増減率を見てください。医療・福祉は3.0%で全産業の3.1%とほぼ同じに見えますが、ベースが低い分、金額ベースの差は毎年広がっていきます。315,700円の3.0%は約9,500円ですが、金融業437,000円の6.4%は約28,000円です。1年で約18,500円の差が開く計算です。

あかまち理事長:パーセントだけ見ていると「ほぼ同じ」に見えてしまうけれど、金額ではどんどん離されていく。これは介護施設の経営者として強く意識しておかなければならない点ですね。

 

 

■ 男女間賃金格差 ― 介護施設に特有の課題

 

江尾社労士:全国の男女間賃金格差についても触れておきましょう。今回、男性を100とした女性の水準は76.6で、比較可能な昭和51年以降で過去最小を更新しました。

 

【男女間賃金格差の推移(男=100)】

令和3年(2021) 75.2

令和4年(2022) 75.7

令和5年(2023) 74.8

令和6年(2024) 75.8

令和7年(2025) 76.6 ← 過去最小(格差縮小)

 

あかまち理事長:格差が縮小しているのは良い傾向ですね。ただ、介護施設の場合、そもそも男性が少ないので、全産業のデータとは少し事情が違う気がします。

江尾社労士:鋭いご指摘です。介護施設では女性比率が高いため、「男女間格差」よりも「職種間格差」や「役職間格差」の方が実態を反映している場合があります。たとえば、介護福祉士と事務職、あるいは主任介護支援専門員と一般の介護職の間の賃金差が、職員の納得感を左右します。

あかまち理事長:確かに、うちでも「ケアマネの資格を取ったのに、介護福祉士の夜勤手当込みの月収と変わらない」という声があります。

江尾社労士:そういった「資格や役割に見合った賃金差がない」という問題は、女性活躍推進法に基づく男女賃金差異の公表にも関わってきます。100名規模の法人は常用労働者101人以上に該当する可能性がありますので、現行の公表義務の対象になるかどうかを確認しておくことが大切です。対象になる場合は、単に数字を出すだけでなく、差異の要因分析と改善計画を検討することが求められます。

 

 

■ 沖縄の賃金水準 ― 268,300円の意味を読み解く

 

江尾社労士:ここからが理事長にとって最も身近なデータです。都道府県別の賃金を見てみましょう。

 

【都道府県別賃金(男女計)の概況】

全国計 340,600

全国計を上回った都府県:東京都・神奈川県・愛知県・大阪府の4つのみ

最高:東京都 418,300

 

沖縄県 268,300円(全国計との差 △72,300円)

全国計に対する水準:約79%

 

あかまち理事長:268,300円。全国平均より7万円以上低い。頭では分かっていましたが、数字で突きつけられるとやはり重いですね。

江尾社労士:はい。ただ、このデータの読み方にはコツがあります。沖縄の268,300円は全産業平均ですから、介護施設の水準はここからさらに低い可能性があります。全国の医療・福祉が315,700円で全産業の92.7%の水準ですから、仮に同じ比率を沖縄に当てはめると、沖縄の医療・福祉は約249,000円前後という推計になります。

あかまち理事長:月額25万円前後……。確かにうちの施設の平均賃金はそのあたりかもしれません。

江尾社労士:もちろんこれは粗い推計ですが、感覚と大きくはずれないと思います。重要なのは、この水準が沖縄の他産業とどう比較されるかです。沖縄では近年、コールセンターやIT関連企業の進出が続いており、事務系の賃金水準が上昇しています。介護施設で働く介護福祉士や介護補助者が、「コールセンターの方が楽で時給が高い」と感じて転職するケースが出ています。

あかまち理事長:実際にそういう話は聞きます。特に介護補助者や事務職の採用が厳しくなってきました。介護福祉士はまだ資格の専門性がありますが、無資格の職員は他産業との単純な時給比較で判断されてしまう。

江尾社労士:そこが沖縄の介護施設が直面している構造的な問題です。「全国平均との比較」以上に、「沖縄の地域労働市場の中での競争力」を意識する必要があります。沖縄のハローワークの求人データや、近隣の介護施設の募集条件を定期的にウォッチして、自施設のポジションを確認することが大切です。

 

沖縄の介護施設は、全国平均との乖離よりも、沖縄の地域労働市場の中での競争力を重視すべきである。特に無資格の介護補助者・事務職は、コールセンターや小売業など他産業との直接競合にさらされている。介護福祉士についても、県外の施設や医療機関からの引き抜きリスクに注意が必要である。

 

 

 

■ 1回のまとめ ― 介護施設の経営者が押さえるべきこと

 

江尾社労士:ここまでの内容を整理しましょう。

 

1に、日本全体で賃金は明確な上昇トレンドに入っており、介護施設もこの流れと無関係ではいられない。第2に、大企業と中小企業の格差は拡大しており、介護報酬に依存する介護施設は賃上げの原資確保に構造的な制約がある。第3に、医療・福祉の賃金315,700円は全産業平均340,600円を下回り、金額ベースでの差は年々広がっている。第4に、沖縄の賃金水準は全国の約79%であり、地域内の他産業との人材競争がますます激しくなっている。第5に、男女間賃金格差は過去最小を更新したが、介護施設では職種間・役職間の賃金バランスの方が実務的な課題となりやすい。

 

あかまち理事長:全体の流れは理解できました。次に気になるのは、初任給をどうするかという問題です。来年度の新卒採用に向けて、介護福祉士の初任給を上げるべきかどうか、現場からも事務長からも相談を受けています。

江尾社労士:まさにそれが次回のテーマです。新規学卒者の初任給が高卒で207,300円、専門学校卒で230,700円と大幅に上昇しています。この「初任給上昇」が既存の介護福祉士やケアマネの賃金にどう影響するか、そして雇用形態間の格差をどう考えるか。沖縄の介護施設の文脈で詳しくお話しします。

あかまち理事長:ぜひお願いします。処遇改善等加算の配分とも関わってきますし、しっかり考えたいと思います。

 

 

 

(第2回「初任給競争と『中堅介護福祉士の離職』の構造」に続く)