舞台:株式会社あっぱれ商事(沖縄) | 江尾(えび)社労士〈緑〉/画猫(がねこ)さん〈橙〉
七月の沖縄は、いよいよ夏の盛りを迎える。庭先のゲットウが白い花を静かに垂らし、夕暮れどきには、一夜だけ咲くというサガリバナの甘い香りが、どこからともなく漂ってくる。「サガリバナは、朝には散ってしまう」と言われるその花のように、季節は足早に過ぎていく。そんな昼下がり、江尾社労士は、いつものように画猫さんを訪ねてきたのだ。
第1話の通勤手当に続き、第2話では家族手当(扶養手当)を取り上げます。家族手当は「長く働いてくれる方かどうか」が結論を左右する、少し判断の込み入った手当になります。
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本シリーズで取り上げる三つの手当 第1話 通勤手当 ── 実費補償という考え方 ▶ 第2話 家族手当(扶養手当) ── 継続勤務の見込みが分かれ目 第3話 住宅手当 ── 転勤の有無が分かれ目 |
画猫さん|先生、今日は家族手当のことでご相談です。契約社員のBさんは、更新を重ねて勤続8年になり、扶養しているお子さんもいます。当社では正社員に家族手当を支給していますが、Bさんのような契約社員には支給していません。これは、問題になるのでしょうか。
江尾社労士|鋭いご指摘です。その「更新を重ねて勤続8年」という点が、まさに本日の核心になります。まず性質から確認しましょう。家族手当(扶養手当)は、扶養家族のいる従業員の生活費を補助し、生活設計を立てやすくして、継続的に働いてもらうための手当です。
画猫さん|生活の下支えと、長く働いてもらうため、ということですね。
江尾社労士|そのとおりです。この「継続して働いてもらう」という趣旨が重要で、では継続して働くのは正社員だけなのか、という点が問われることになります。
江尾社労士|決定的なのが、日本郵便(大阪)事件の最高裁判決(最一小判令和2年10月15日)です。扶養手当について、「相応に継続的な勤務が見込まれる」契約社員には、その趣旨が同様にあてはまる、と判断しました。
画猫さん|つまり、Bさんのように長く働く見込みのある契約社員には、正社員と同じ趣旨があてはまる、ということですね。
江尾社労士|その結果、そうした契約社員への不支給は「不合理」と判断されました。これは最高裁判例ですので、確信度は「確実」です。勤続8年のBさんのような長期勤続者への不支給は、判例に照らして不合理と判断される可能性が高い取扱いなのです。
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家族手当のポイント(確信度:確実) ・日本郵便(大阪)事件最高裁:「相応に継続的な勤務が見込まれる」契約社員への不支給は不合理。 ・契約更新を重ねた長期勤続者がいるなら、不支給はリスクが高い。 |
画猫さん|実は当社には、定年後に嘱託社員として再雇用したCさんもいます。BさんとCさんを、同じに考えてよいのでしょうか。
江尾社労士|よいところに気づかれました。ここは、分けて考えるのが実務になります。あっぱれ商事では、正社員就業規則とは別に、嘱託社員就業規則を備えていますね。定年後再雇用のCさんは、その嘱託社員にあたります。この場合には、別の最高裁判例があります。長澤運輸事件(最二小判平成30年6月1日)です。
画猫さん|どのように判断されたのでしょうか。
江尾社労士|定年後再雇用の嘱託乗務員への家族手当の不支給を、「不合理でない」と判断しました。理由は、老齢厚生年金の支給などの「その他の事情」を考慮したからです。Cさんのような定年後再雇用の方は、年金や退職金といった別の生活の支えがある、という事情が加味されるのです。
画猫さん|なるほど。同じ非正規であっても、嘱託社員のCさんと、通常の契約社員のBさんとでは前提が違う、ということですね。
江尾社労士|そのとおりです。ですから制度設計上も、Cさんのような嘱託社員と、Bさんのような通常の契約社員は、分けて設計するのが実務的です。同じ扱いにしようとすると、かえって説明が難しくなります。
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二つの最高裁判例を整理する ・通常の契約社員Bさん(継続勤務の見込みあり)── 日本郵便事件:不支給は不合理。 ・嘱託社員Cさん(定年後再雇用)── 長澤運輸事件:年金等「その他の事情」を踏まえ、不支給も不合理でない。 |
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⚠ 見直し推奨:不合理と判断されるリスクが高い状態です 正社員全員に支給し、契約社員には不支給。嘱託社員のCさんも通常の契約社員のBさんも両方おり、契約更新を重ねた長期勤続者がいる。 長期勤続(継続雇用の見込み)の契約社員がいる場合、不支給は不合理と判断されるリスクが高い状態です。 |
江尾社労士|設計のポイントは、三つあります。
一つ目は、「更新を重ねて通算勤続○年以上」など、継続勤務の見込みを反映した勤続要件で支給することです。これは判例の考え方に沿っており、説明しやすい設計になります。Bさんのように扶養家族のいる長期勤続者から順に、支給対象へ取り込んでいくのが現実的です。
画猫さん|いきなり全員ではなく、長期勤続の方から段階的に、ということですね。
江尾社労士|そのとおりです。二つ目は、家族手当は生活費補助が趣旨ですので、所定労働時間による按分にはなじまない、という点です。通勤手当と違うところになります。
画猫さん|そこが違うのですね。通勤手当は、日数按分が許容されていました。
江尾社労士|そのとおりです。生活費補助は、時間比例で薄めることの説明が難しいのです。扶養家族がいるという事実は、フルタイムでも短時間でも変わりませんから、支給するなら原則同額が整合的になります。三つ目は、嘱託社員のCさんについて、年金・退職金等「その他の事情」を踏まえた別建ての説明を、嘱託社員就業規則の側で用意しておくことです。
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避けるべき設計(リスクのある差異) ・扶養状況・勤続年数が同じであるのに、雇用区分のみを理由とする不支給。 ・配偶者手当の見直し(廃止・縮小)を「非正規対応」の名目で行い、実質は正社員の不利益変更となる場合(労使手続に注意)。 |
画猫さん|最後の点は、つまり、パートに合わせて正社員の家族手当を減らす、というつじつま合わせのことでしょうか。
江尾社労士|そのとおりです。待遇差の解消を口実に、実質は正社員の不利益変更になっていると、今度は労働契約法の不利益変更の問題(就業規則の変更手続)が生じます。「下げて揃える」ときは慎重に、労使の手続を踏んでください。
江尾社労士|家族手当でも、共通の二点を確認しておきましょう。パート有期法8条は、@職務の内容、A職務の内容・配置の変更の範囲、Bその他の事情を、手当ごとに、その性質・目的に照らして判断します。賃金総額の比較ではありません。
江尾社労士|そして、待遇差を維持するのであれば、説明書面(パート有期法14条2項対応)の準備をしておきましょう。特に嘱託社員Cさんへの不支給は、「年金・退職金というその他の事情がある」という説明を、きちんと文書化しておくことが大切になります。
画猫さん|家族手当は「勤続の見込み」と「嘱託社員(定年後再雇用)かどうか」で場合分けをする、ということですね。本日もよく理解できました。
江尾社労士|その二つの軸を押さえれば大丈夫です。次回は三つ目の「住宅手当」です。こちらは、転勤の有無が結論を左右します。
・日本郵便(東京・大阪・佐賀)事件・最一小判令和2年10月15日(扶養手当・年末年始勤務手当・祝日給・有給の病気休暇・夏期冬期休暇の相違は不合理と判断)
・長澤運輸事件・最二小判平成30年6月1日(定年後再雇用の嘱託乗務員。精勤手当等は不合理、住宅手当・家族手当・役付手当等は不合理でないと判断)
・パート有期法(短時間労働者及び有期雇用労働者の雇用管理の改善等に関する法律)第8条〔不合理な待遇の禁止〕・第14条2項〔説明義務〕
同一労働同一賃金への対応や、就業規則・賃金規程の見直しでお困りの際は、江尻まで気軽にご相談ください。
確信度の表示
確実=ガイドライン明示・最高裁判例あり/蓋然性高=下級審裁判例・通達・判例の射程からの評価/推論=手当の性質からの類推。
【ご利用上の注意】本資料は一般的な法解釈に基づく参考情報であり、法的助言ではありません。不合理性の判断は、個別の事情(職務の内容、配置変更の範囲、労使交渉の経緯その他の事情)により結論が変わり得ます。制度改定の際は、社会保険労務士・弁護士にご相談ください。
社会保険労務士 江尻育弘