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「就業規則の読み方・活かし方」本則編
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最低賃金引き上げと地方・小規模企業の現状

本稿は、日本商工会議所・東京商工会議所が2026317日に公表した「中小企業における最低賃金の影響に関する調査」(回答企業数3,780社)の集計結果をもとに、株式会社あっぱれ商事のてだこ社長と江尾社労士の対話を通じて、調査データのポイントと実務上の対応策を解説するものです。

 

てだこ社長 江尾先生、先日商工会議所から届いた調査結果、見ましたか。最低賃金の影響に関する全国調査。あれ、うちみたいな会社にとっては他人事じゃないですよ。

最低賃金引き上げの全体像

江尾社労士 ええ、日本商工会議所と東京商工会議所が2026317日に公表した「中小企業における最低賃金の影響に関する調査」ですね。全国3,780社の回答を集計したもので、都市部と地方、さらに地方の小規模企業を分けて分析しているところが今回も非常に参考になります。

てだこ社長 まず気になったのが、最低賃金を下回る従業員がいて賃金を引き上げたという企業が45.1%もあるという数字です。ほぼ2社に1社ですよね。

江尾社労士 そうなんです。この割合は2025年度調査の44.3%に続いて2年連続の高水準です。しかも注目すべきは、最賃を下回る従業員がいなかったけれども賃金を引き上げたという企業が37.9%で、前年の27.4%から10.5ポイントも増えている点です。つまり、最賃対応だけでなく、中小企業全体で賃上げの動きが広がっているということですね。

てだこ社長 ただ、この数字を地域別に見ると景色が変わってきませんか。

江尾社労士 おっしゃるとおりです。最賃未満で賃上げを実施した企業の割合は、地方が46.6%に対して都市部が37.0%で、9.6ポイントの差があります。沖縄も含めた地方圏では、もともと賃金水準が最低賃金に近い層が厚いので、引き上げのたびにダイレクトに影響を受けるわけです。

てだこ社長 うちも那覇のほうでは何とかなっていますけど、離島の取引先なんかは本当にギリギリだと聞きます。それに、この調査でいう「地方・小規模企業」、つまり政令指定都市以外で従業員20人以下の企業のデータが深刻ですよね。

賃金圧縮(ペイコンプレッション)の深刻化

江尾社労士 ええ。地方・小規模企業では、最賃引き上げで賃金を引き上げた従業員が全体の5割以上を占めるという企業が33.1%に達しています。全体平均の20.6%と比べて12.5ポイントも高い。つまり3社に1社で、従業員の半数以上が最低賃金帯に集中しているということです。9割以上が最賃帯だという企業も17.3%あります。

てだこ社長 それって要するに、先輩パートも後輩パートもほぼ同じ時給になっているということですよね。

江尾社労士 まさにそこが「賃金圧縮」、いわゆるペイコンプレッションの問題です。何年も働いて経験を積んだベテランと、入ったばかりの新人の賃金がほぼ同水準になってしまう。すると「頑張っても給料は変わらない」という空気が生まれて、ベテラン層の意欲やエンゲージメントが下がり、最悪の場合は離職につながります。

てだこ社長 うちのあっぱれ商事でも、パートさんから「新しく入った人と時給が10円しか違わないのはどうなのか」と言われたことがあります。

江尾社労士 そういう声が出てくるのは自然なことです。ここで見落とせないのが、今回の調査で正社員の最賃割れも増えているという事実です。最低賃金を下回ったため賃金を引き上げた従業員の雇用形態を見ると、パートタイム労働者が約8割の79.6%で最多ですが、正社員も32.4%3割を超えています。前年の27.2%から5.2ポイント増加していて、地方では33.2%と都市部の27.2%より6ポイント高い。

てだこ社長 正社員でも最賃を下回るケースが出てきているというのは、相当なインパクトですね。

業種別の影響と負担感

江尾社労士 特に運輸業では正社員の賃金引上げ対象が50.0%、建設業が41.9%、製造業が36.7%と、現場系の業種で顕著です。最低賃金の上昇幅が大きくなるにつれて、月給ベースで時間単価を計算すると最賃を下回ってしまう正社員が増えているわけです。

てだこ社長 業種別のデータも気になりました。宿泊・飲食業の数字が突出していますよね。

江尾社労士 はい。最賃未満で賃上げした企業の割合は、医療・福祉・介護業が67.0%、宿泊・飲食業が64.7%6割を超えています。小売業58.0%、運輸業57.9%、製造業52.5%と続きます。さらに宿泊・飲食業では、賃金を引き上げた従業員のうち5割以上が最賃帯に集中している企業が42.5%に達しています。

てだこ社長 沖縄は観光業が基幹産業ですから、宿泊・飲食業のこの数字はまさに自分ごとです。

江尾社労士 そうですね。そして負担感の調査結果も見逃せません。現在の最低賃金について「大いに負担」と「多少は負担」を合わせると全体で76.6%、約8割の企業が負担を感じています。宿泊・飲食業に至っては90.7%です。地方企業は77.9%で都市部の69.8%より8.1ポイント高く、地方のほうが体感としても厳しい状況にあることがわかります。

てだこ社長 では、企業は具体的にどう対応しているんですか。

江尾社労士 最賃引上げに伴う人件費増加への対応として最も多かったのが「具体的な対応が取れず、収益を圧迫」で35.0%です。次いで「人件費増加分の価格転嫁」が31.0%、「原材料費増加分の価格転嫁」が24.8%、「残業時間・シフトの削減」が23.3%と続きます。

てだこ社長 3社に1社が「打つ手がなくて利益を削っている」ということですか。

企業の対応状況と価格転嫁の壁

江尾社労士 そうです。しかも地方・小規模企業に限ると、「具体的な対応が取れず収益を圧迫」が42.9%にまで跳ね上がります。都市部の32.6%と比べて10.3ポイントも高い。一方で価格転嫁による原資確保は都市部29.5%に対して地方・小規模企業は27.4%と、むしろ低い。つまり地方の小さな企業ほど価格転嫁ができず、収益を直接圧迫されているという構図です。

てだこ社長 BtoBの取引先だと値上げ交渉が難しいとか、地元向けの小売では競合があって転嫁できないとか、自由回答欄にもそういう声がありましたね。

江尾社労士 ええ。岐阜県の製造業の企業は、原材料と人件費の増加分について価格転嫁できたのは一部の製品のみで全体としては収益を圧迫しているとコメントしていますし、東京のサービス業の企業は、BtoBではクライアントの予算の都合上現実的に難しいと述べています。

てだこ社長 そうなると、今後もこの水準で最賃が上がり続けたらどうなるか、という話になりますよね。

江尾社労士 調査ではまさにその質問もしています。来年度以降も同水準以上の引き上げが続いた場合に想定される影響として、「残業時間・シフトの削減」が30.1%、「他の従業員の賃上げ抑制・一時金削減」が25.2%、「設備投資の抑制」が21.7%、「従業員数の削減・採用抑制」が21.0%です。

てだこ社長 他の従業員の賃上げを抑制するということは、結局また賃金圧縮が進むということですよね。

江尾社労士 そのとおりです。最賃対象者の賃金は法律で上がりますが、それ以外の従業員の昇給原資が削られる。結果としてベテランと新人の差がさらに縮まり、「頑張っても同じ」という空気がますます強まるという悪循環に陥ります。

てだこ社長 さらに深刻なのが、事業継続を諦めるという回答ですよね。

江尾社労士 はい。「具体的な対応が取れず、事業継続を諦める(休業・廃業等の検討)」が全体で4.9%、地方・小規模企業では7.0%です。都市部の3.1%と比べると3.9ポイント高い。「既存事業・サービスの縮小」も地方・小規模企業で12.7%に上ります。

てだこ社長 100社のうち7社が廃業を視野に入れているというのは、地域経済にとって相当な打撃ですよ。

最低賃金の発効日をめぐる論点

江尾社労士 そこで重要になるのが支援策の活用なのですが、実は調査によると約6割の57.1%が「支援策を活用していない」と回答しています。活用しているところでは「業務改善助成金やキャリアアップ助成金など賃金引上げ支援の助成金・補助金」が25.4%、「賃上げ促進税制などの税制優遇」が20.1%ですが、まだまだ浸透していません。

てだこ社長 うちも業務改善助成金は使いましたけど、周りの社長に聞くと「そんな制度があるのを知らなかった」という人が結構います。

江尾社労士 社労士としては、そこをしっかり情報提供して活用を促すのも大事な役割だと考えています。さて、もう一つ今回の調査で注目すべきテーマがあります。最低賃金の発効日についてです。

てだこ社長 ああ、今年度は地域によって発効日がバラバラだったんですよね。

江尾社労士 そうです。41都道府県は従来どおり10月から12月の年内発効でしたが、秋田・福島・群馬・徳島・大分・熊本の6県は1月から3月の発効になりました。この6県では「準備期間を確保できた」とする企業が34.7%と、年内発効の41都道府県の12.2%を大きく上回っています。

てだこ社長 確かに、審議決定から発効まで時間があれば、給与体系の見直しや価格転嫁の準備ができますもんね。

江尾社労士 自由回答でも、岐阜県の運輸業の企業が「審議決定から発効までの期間が短すぎて、給与体系変更や価格転嫁にタイムラグが出ている」と述べていますし、島根県の製造業の企業は「計画的に価格転嫁するために半年前には決定・公表してほしい」と要望しています。望ましい発効日については、年内発効の41都道府県でも約半数の49.3%が「1月以降が望ましい」と回答しており、発効日が1月以降だった6県では66.0%に達しています。

てだこ社長 年収の壁の問題もありますよね。10月に最賃が上がると、年末にかけてパートさんが就業調整に入ってしまう。

地方中小企業がとるべき三つの方向性

江尾社労士 まさにそれも大きな論点です。三重県の医療・福祉・介護業の企業は「扶養内で働くパートがほとんどなので、年収の壁の影響が少ない1月発効がよい」と回答しています。群馬県の建設業の企業は、11月発効で短期的な資金繰りでは助かったものの、年末繁忙期に向けて就業調整が前倒しで発生し、シフト調整に苦慮したとのことです。

てだこ社長 じゃあ、江尾先生。うちのような地方の中小企業がこの状況にどう向き合えばいいのか、整理してもらえますか。

江尾社労士 はい。大きく三つの方向性があると考えています。一つ目は、賃金テーブルの再設計です。最賃上昇に合わせて下限を引き上げるだけでは賃金圧縮が進む一方ですから、等級ごとのレンジを見直して、経験や能力に応じた昇給の仕組みを再構築する必要があります。特にパートタイム労働者についても、習熟度や役割に応じた段階的な時給設定を導入して、ベテランと新人の差をきちんとつけることが大切です。

てだこ社長 「時給が上がるのは最低賃金が上がったときだけ」という状態をやめるということですね。

江尾社労士 そうです。二つ目は、支援策の最大活用です。業務改善助成金やキャリアアップ助成金、賃上げ促進税制など、使える制度は積極的に使い倒す。57%が未活用という現状は、裏を返せばまだ活用の余地が大きいということです。

てだこ社長 三つ目は何ですか。

江尾社労士 価格転嫁と生産性向上の同時推進です。人件費が上がる中で収益を維持するには、適正な価格設定と業務効率化の両方に取り組む必要があります。メニューや商品構成の見直し、シフトの最適化、業務プロセスの改善、IT活用による省力化など、できることから着手していく。商工会議所のデータは、取引先やお客さまに対して「なぜ値上げが必要なのか」を説明するためのエビデンスとしても活用できます。

てだこ社長 なるほど。今年の夏にはまた中央最低賃金審議会の議論が始まりますから、先手を打って準備しておかないといけませんね。

江尾社労士 ええ。2025年度は全国加重平均で1,121円まで上がりましたが、政府は2020年代に全国平均1,500円を目指す方針を掲げています。今後も大幅な引上げが続く前提で、賃金制度と経営計画を一体的に見直していくことが、中小企業にとって最も重要な経営課題の一つになっています。てだこ社長のあっぱれ商事も、次の一手を一緒に考えていきましょう。

てだこ社長 はい、よろしくお願いします。まずはパートさんの賃金テーブルの見直しから、一緒に具体的に進めていきましょう。



社会保険労務士 江尻育弘