〜見かけの「+21.8%」と実勢を切り分ける〜
「実質賃金がプラスに転じた」といった全国の報道が続いています。同じ時期の沖縄県の数字を見ると、現金給与総額は前年同月比+21.8%と、全国の+4.0%を大きく上回っています。しかし、この大きな数字をそのまま「沖縄の賃金が全国の何倍ものペースで上がった」と受け取ると、実態を見誤ります。毎月勤労統計調査の前年同月比には、調査対象事業所の入れ替わりや働く人の構成変化による「見かけ」の動きが含まれているためです。実勢を表す共通事業所ベースで見ると、沖縄の賃金の伸びはずっと小さく、物価の上昇に追いついていません。このレポートでは、見かけの数字と実勢を切り分け、全国と沖縄を同じ土俵で比べています。
沖縄の現金給与総額は前年同月比+21.8%と大きく伸びましたが、これは調査対象事業所の入れ替わり(標本入替)やパート比率の低下、賞与を含む「見かけ」の数字です。同じ事業所だけを追う実勢の「共通事業所ベース」で見ると、沖縄の所定内給与の伸びは+1.2%にとどまり、那覇市の物価上昇+1.7%に届かず、実質は約▲0.5%とマイナスです。全国は実勢でも実質プラス(試算+1.1%)で、見かけの大きさとは逆に、物価に追いついていないのはむしろ沖縄のほうです。
第一に、沖縄の賃金の伸びが全国より大きく見える理由です。第二に、実勢を表す「共通事業所ベース」で見ると、沖縄の賃金の伸びは所定内給与で+1.2%にとどまり、那覇市の物価上昇を差し引くと実質はわずかにマイナスだという事実です。第三に、全国では実勢でも実質がプラスであり、見かけの大きさとは逆に、実態としては沖縄のほうが物価に追いついていないという点です。第四に、令和8年12月2日に発効する最低賃金の引き上げ(時給1,086円)が、この状況にどう関わるかです。第五に、これらを踏まえて中小企業の経営者が今どう構えるべきかです。数字は顧問先のみなさまと一緒に考えるための材料であり、賃金を抑える口実ではありません。
沖縄の現金給与総額+21.8%という数字が大きく見える背景には、主に三つの要因が含まれていると考えられます。
一つ目は、調査対象となる事業所の入れ替わり(標本の入替)です。毎月勤労統計調査の「本系列」の前年同月比は、前年と当年で対象事業所が入れ替わる効果を含みます。同じ事業所だけを追いかける「共通事業所ベース」で見ると、沖縄の所定内給与の伸びは+1.2%にとどまり、本系列の+9.0%とは大きく異なります。全国では本系列+3.5%に対し共通事業所ベース+3.0%と差が小さく、沖縄で「見かけ」と「実勢」が大きく開いているのが特徴です。
二つ目は、パートタイム労働者の割合が減ったことです。令和8年6月の沖縄のパート比率は29.3%で、前年同月から4.2ポイント低下しました。全国は31.35%で前年差+0.12ポイントとほぼ横ばいです。賃金の低いパートタイム労働者の割合が減ると、一人あたりの平均賃金は自動的に押し上げられます。実際に沖縄では、一般労働者の平均現金給与総額が537,135円であるのに対し、パートタイム労働者は121,124円と大きな差があります。
三つ目は、6月が賞与(ボーナス)の支給月にあたることです。特別に支払われた給与が現金給与総額に含まれるため、賞与の増減や支給時期のずれが大きく響きます。これらを踏まえると、賞与や標本入替の影響を受けにくい実勢の指標で見ることが欠かせません。
※ 現金給与総額の+21.8%は、標本入替・パート比率の低下・賞与を含んだ「見かけ」の伸びです。賃上げが全国の5倍のペースで進んだ、という意味ではありません。
毎月勤労統計調査には、通常公表される「本系列」と、同じ事業所だけを継続して集計する「共通事業所ベース」があります。実勢(実際の賃金の動き)に近いのは共通事業所ベースです。両者を並べると、沖縄では本系列が実勢を大きく上回っていることが分かります。
| 指標(前年同月比) | 本系列(見かけ) | 共通事業所(実勢) |
|---|---|---|
| 沖縄 現金給与総額 | +21.8% | +5.9% |
| 沖縄 きまって支給する給与 | +9.7% | +1.2% |
| 沖縄 所定内給与 | +9.0% | +1.2% |
| 全国 現金給与総額 | +4.0% | +4.8% |
| 全国 所定内給与 | +3.5% | +3.0% |
※ 出典:沖縄県地方調査 付表1-1・参考資料(共通事業所)、全国確報 第1表・共通事業所(就業形態計)。全国は本系列と実勢がほぼ一致する一方、沖縄は本系列が実勢を大きく上回ります。
図1 所定内給与の前年同月比を、本系列(見かけ)と共通事業所ベース(実勢)で比較したもの。全国は両者が近いのに対し、沖縄は本系列+9.0%に対し実勢は+1.2%で、見かけと実勢の差が大きく開いています。
あわせて金額の水準を見ると、伸びが大きく見える沖縄も、実額では全国のおおむね8割にとどまります。伸びと水準はセットで確認することが大切です。
| 指標 | 全国 | 沖縄 | 全国比 |
|---|---|---|---|
| 現金給与総額 | 534,823円(+4.0%) | 415,602円(+21.8%) | 77.7 |
| きまって支給する給与 | 299,671円(+3.4%) | 248,154円(+9.7%) | 82.8 |
| 所定内給与 | 279,511円(+3.5%) | 231,287円(+9.0%) | 82.7 |
※ 全国比は全国=100としたときの沖縄の水準(沖縄実額÷全国実額×100)です。金額の伸びには標本入替・構成変化の影響を含みます。
図2 賃金の金額(水準)の比較。伸びは沖縄が大きく見えても、金額は全国の約8割で、依然として低い水準にあります。伸びだけを見て「もう十分に上がった」と読み違えないためにも、水準とあわせてご覧ください。
額面(名目)の賃金が上がっても、物価がそれ以上に上がれば、実際に買えるモノやサービスは増えません。名目の伸びから物価の上昇を差し引いたものが実質賃金であり、暮らし向きの「中身」を表します。実勢を表す共通事業所ベースの所定内給与を使い、物価を差し引いてみます。
| 所定内給与(実勢・共通事業所) | 全国 | 沖縄 |
|---|---|---|
| 名目(前年同月比) | +3.0% | +1.2% |
| 物価の上昇(帰属家賃を除く総合) | +1.9% | +1.7% |
| 実質(試算) | +1.1% | ▲0.5% |
※ 実質は、共通事業所ベースの名目賃金の前年比から消費者物価指数(持家の帰属家賃を除く総合)の前年比を差し引いた試算値です。物価は全国が全国指数、沖縄が那覇市指数。全国は本系列の実質賃金(現金給与総額ベース)でも+2.2%のプラスです。
図3 実勢ベースでみた名目・物価・実質の関係。全国は名目が物価を上回り実質はプラス(試算+1.1%)ですが、沖縄は名目の伸びが物価に届かず、実質はマイナス(試算▲0.5%)です。見かけの数字とは逆に、実態としては沖縄のほうが物価に追いついていません。
さらに、物価が「落ち着いた」わけではない点にも注意が必要です。那覇市の総合の上昇率が+1.7%と一見おだやかに見えるのは、光熱・水道が前年同月比▲3.3%と下がったことが大きく効いているためです。生活に身近な費目はむしろ上がり続けており、食料は+2.4%、被服及び履物は+4.0%、教養娯楽は+4.1%、家具・家事用品は+2.9%となっています。エネルギー価格は振れが大きく、これが下がると総合の数字は低めに出ます。総合の低さをもって「暮らしが楽になった」と受け取ると、生活実感と逆になりかねません。
| 費目(那覇市・令和8年6月) | 前年同月比 |
|---|---|
| 総合 | +1.7% |
| 生鮮食品を除く総合(コア) | +1.7% |
| 食料 | +2.4% |
| 被服及び履物 | +4.0% |
| 教養娯楽 | +4.1% |
| 家具・家事用品 | +2.9% |
| 光熱・水道 | ▲3.3% |
出典:那覇市消費者物価指数(令和8年6月)変化率表(公表値)。マイナスは▲で表記しています。
全国では、実勢を表す共通事業所ベースの所定内給与が+3.0%と、物価の上昇(+1.9%)を上回り、実質でもプラスの状態が続いています。本系列の実質賃金(現金給与総額ベース)でも+2.2%のプラスです。一方、沖縄は実勢ベースの所定内給与が+1.2%にとどまり、那覇市の物価上昇+1.7%に届かず、実質はわずかにマイナスとなります。
つまり、報道されるような「沖縄が全国を大きく上回る賃上げ」は、標本入替や構成変化を含む見かけの姿です。実勢で見れば、賃金が物価に追いついていないのはむしろ沖縄のほうであり、見かけの数字とは逆の関係にあります。伸びが大きく見える月ほど、共通事業所ベースの実勢と、物価を差し引いた実質まで確認することが大切です。
※ 全国の年度ベースの実質賃金の推移や、報道が示す連続マイナスといった話は、期間(年度)が本レポートの単月と異なります。時間軸をそろえない比較は誤解を生むため、本レポートでは単月どうしの比較に絞っています。
令和8年9月3日、沖縄地方最低賃金審議会(会長・上江洲純子 沖縄国際大学法学部教授)は、県内の最低賃金を現行の時給1,023円から63円引き上げて1,086円とするよう沖縄労働局に答申しました。発効日は令和8年12月2日です。引上げ額63円は過去2番目の大きさで、国が示したCランクの目安(+56円)を7円上回る答申となりました(労使の主張差6円を多数決で可決)。
現行1,023円からの引き上げは+約6.2%で過去2番目の大きさ。国のCランク目安(+56円)を7円上回りました。一方、全国加重平均の目安1,176円は下回っており、沖縄の賃金水準が全国の約8割にとどまる構図は最低賃金でも変わりません。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 改定後の時給 | 1,086円 |
| 引上げ額 | +63円(+約6.2%、過去2番目の引上げ額) |
| 現行の時給 | 1,023円 |
| 発効日 | 令和8年12月2日 |
| 国の目安(Cランク) | +56円 → 沖縄は7円上回る答申 |
| 全国加重平均の目安 | 1,176円(沖縄1,086円は90円下回る) |
※ 出典:沖縄タイムス・RBC琉球放送・沖縄テレビほか報道(令和8年9月3日答申)、厚生労働省 令和8年度地域別最低賃金の目安。金額・発効日は今後の官報公示で確定します。
この引き上げは、本レポートで見た「実勢では賃金が物価に追いついていない(共通事業所ベースの実質は約▲0.5%)」という足元の状況に対する、強い下支えとなります。最低賃金の影響を最も受けるのは、時給が最低賃金に近い層、とくにパートタイム労働者です。沖縄はパートタイム労働者の割合が高く、+約6.2%という大幅な引き上げは、賃金の低い層の底上げを通じて、実勢の賃金と物価のギャップを埋める方向に働くと考えられます。中小企業にとっては人件費の増加要因となるため、発効日の12月2日に向けて早めの準備が肝心です。
まず足元の実務として、12月2日の最低賃金改定(時給1,086円)への対応があります。11月のうちに、パート・アルバイトを含む全従業員の時給が改定後の1,086円を下回らないかを点検し、下回る場合は賃金規程・雇用契約・労働条件通知書の改定を準備します。あわせて、引き上げによる人件費の増加額を試算し、価格転嫁や業務の見直しとあわせて資金繰りに織り込んでおくと安心です。
そのうえで、自社の賃金の動きを「平均値」や「見かけの前年比」だけで判断しないことです。パートタイム労働者の入れ替わりや、賞与の増減で平均賃金は大きく上下します。一般労働者とパートタイム労働者を分け、同じ人・同じ職場で所定内給与がどう動いたかを見ると、自社の賃金がほんとうに底上げされているかが分かります。
第二に、物価の実感に沿った待遇の見直しです。実勢で見れば沖縄の賃金は物価に追いついておらず、従業員の暮らし向きはむしろ厳しくなっています。食料や生活用品の値上がりも続いており、名目の賃上げが物価に追いついているかを、費目別の物価も踏まえて確認する価値があります。賃金の底上げを基本としつつ、それと並走する形で、賃金以外でも従業員の暮らしと働きやすさに応える工夫が効いてきます。
第三に、人材確保の観点です。沖縄でパートタイム労働者比率が下がっている背景には、人手不足のなかで一般労働者としての採用・登用が進んでいる可能性があります。処遇改善や多様な働き方の整備は、採用と定着の両面で経営の力になります。具体的な制度設計は、自社の実情に合わせてご一緒に検討できます。
沖縄で顧問先の多い医療・福祉の分野を見ると、令和8年6月の本系列の現金給与総額は468,786円で前年同月比+11.7%、きまって支給する給与は274,144円で+9.5%、所定内給与は254,946円で+8.4%でした。金額の水準は全産業計を上回っていますが、この伸びも全産業計と同様に標本入替・構成変化の影響を含む見かけの数字である点に注意が必要です。
| 指標(沖縄・本系列・令和8年6月) | 全産業計 | 医療,福祉 |
|---|---|---|
| 現金給与総額 | 415,602円(+21.8%) | 468,786円(+11.7%) |
| きまって支給する給与 | 248,154円(+9.7%) | 274,144円(+9.5%) |
| 所定内給与 | 231,287円(+9.0%) | 254,946円(+8.4%) |
※ いずれも本系列(見かけ)の値です。自法人の実勢は、一般・パート別に、同じ人・同じ職場で所定内給与がどう動いたかを個別に確認することをおすすめします。出典:沖縄県地方調査 付表1-1(規模5人以上)。
医療・福祉は制度改定や処遇改善加算の影響を受けやすい分野です。平均の伸びを追うだけでなく、職種別・雇用区分別に賃金と人員構成を確認し、加算の要件と実際の配分が整合しているかを点検しておくと、次の見直しに備えられます。
社会保険労務士として、統計の数字の裏側を読み解き、賃金設計・人事制度・就業規則の整備まで、沖縄の中小企業の実情に合わせて伴走支援します。人手不足が続く医療・福祉・介護分野の労務管理や、多様な働き方を前提とした処遇づくりも、予防的な観点からお手伝いします。
賃金・労働条件の設計、人事制度や多様な働き方の制度づくり、就業規則の整備など、本ページに関連するご相談を承っております。江尻までお気軽にご相談ください。
お問い合わせはこちら【出典】厚生労働省「毎月勤労統計調査 令和8(2026)年6月分結果確報」(全国・規模5人以上)、沖縄県企画部統計課「毎月勤労統計調査地方調査結果」令和8年6月分(規模5人以上、本系列・共通事業所参考系列)、総務省統計局・沖縄県「那覇市消費者物価指数」令和8年6月分。最低賃金は沖縄地方最低賃金審議会 答申(令和8年9月3日、沖縄タイムス・RBC琉球放送・沖縄テレビ等報道)および厚生労働省 令和8年度地域別最低賃金の目安。
【注記】数値は原資料の値をそのまま記載しています(四捨五入していません)。前年同月比のマイナスは「▲」で表記しています。全国比・実質賃金は原典の数値をもとに当所が算出(試算)しました。物価の変化率は各指数の公表値(変化率)を採用しています。本系列の前年比は標本入替・構成変化の影響を含むため、実勢は共通事業所ベースで確認しています。
本レポートは厚生労働省・沖縄県ほかの公表資料を基に、社会保険労務士・医療労務コンサルタント・健康経営エキスパートアドバイザーの江尻事務所が顧問先向けに解説したものです。