労働市場レポート
全国・沖縄県 賃金動向比較(2026年4月分)
毎月勤労統計調査(全国調査/沖縄県地方調査・規模5人以上)より 江尻事務所
2026年4月、沖縄の賃金は前年の同じ月と比べて大きく増加しました。現金給与総額(月給の合計)は12.6%増、所定内給与(残業代を除く基本部分)は10.9%増です。全国はそれぞれ3.6%増、3.3%増ですから、沖縄の方が大幅に上回ったことになります。
ただし、ここには注意すべき点があります。沖縄の賃金が一気に全国を追い越すほど高くなった、という話ではありません。後で説明する統計上の事情によって、数字が実際以上に大きく見えている面があるのです。
実際、金額そのもので比べると、沖縄の賃金は全国の8割程度にとどまり、依然として低い水準のままです。本レポートでは、「伸びが大きい」ことと「金額はまだ低い」ことの二つを分けて見ながら、企業として次に何ができるかを整理します。
鍵となるのは「パートタイム労働者の割合」です。この1年間で、沖縄ではパートタイムで働く人の割合が大きく減少しました。一般に、パートタイム労働者の1か月あたりの賃金は、フルタイムの労働者よりも勤務時間が短いぶん低くなります。そのため、パートタイムの割合が減ると、全員を平均したときの賃金が自然と高くなって見えます。一人ひとりの賃金がそれほど変わっていなくても、平均値だけが押し上げられるのです。
実際の数字で見ると、沖縄のパートタイム労働者は前年同月比で17.5%減った一方、フルタイムにあたる一般労働者は8.9%増えています。その結果、パートタイム労働者の割合は前年の約34%から28.4%へと、6.0ポイント低下しました。賃金の低い働き方の人が減り、賃金の高い働き方の人が増えたわけですから、平均賃金が押し上げられるのは当然といえます。
この動きには業種の特徴も見られます。パートタイム労働者の減少が大きいのは、宿泊業・飲食サービス業(23.3%減)、医療・福祉(18.5%減)、卸売業・小売業(13.0%減)といった、沖縄で働く人の多い分野です。これらの業種では同時にフルタイムの一般労働者が増えており(宿泊・飲食は42.8%増、医療・福祉は9.6%増)、パートからフルタイムへの置き換えが進んだ様子がうかがえます。人手不足のなかでパート職員を正職員として迎える動きなどが背景と考えられますが、統計だけでは理由までは特定できません。
こうした構成の変化があるため、今回の12.6%増という数字は、賃金そのものの上昇幅としてそのまま受け取ることはできません。大きさだけで判断せず、実際の金額の高さと合わせて見ることが大切です。
右端の欄は、その差から企業として何が言えるかをまとめたものです。今回は沖縄の賃金が大きく上昇したため、「賃金を据え置く」という選択はしにくくなっています。
※ 従業員5人以上の事業所が対象。「全国比」は沖縄の金額が全国の何%かを表し、現金給与総額82.3、きまって支給する給与83.3、所定内給与83.6(資料掲載値)。なお、沖縄の前年同月比の高さには、パートタイム労働者の割合が減ったことによる押し上げ(構成変化)が含まれており、賃金そのものが同じだけ上がったことを示すものではありません(詳細は第2章)。
図1 賃金の「伸び」の違い(沖縄 − 全国)
沖縄の伸びから全国の伸びを引いた差です。三つの指標すべてで沖縄が全国を大きく上回っています。ただしこの差には、前述のとおりパートタイム労働者の割合が減ったことによる押し上げが含まれます。それを割り引いて見ても、周囲が賃金を引き上げているなかで自社だけ据え置くと、人材が集まりにくくなったり、退職が増えたりしやすい、ということです。
図2 賃金の「金額」の比較(全国・沖縄)
今度は伸びではなく、実際の金額です。沖縄はいずれの指標でも全国の8割程度にとどまり、依然として低いことがわかります。つまり「大きく増えた」けれども「金額はまだ低い」のです。図1(伸び)と図2(金額)は、必ずセットで見てください。
ここまでは賃金の額面の話でした。しかし本当に大切なのは、その賃金で「どれだけ買えるか」です。賃金が増えても、それ以上に物の値段(物価)が上がっていれば、暮らしは楽になりません。額面の伸びから物価の上昇分を差し引いた「中身の伸び」を見ることが重要です。
この額面そのものの賃金を名目賃金、物価の上昇分を差し引いた中身の賃金を実質賃金と呼びます。賃上げが暮らしの改善に結びついたかどうかは、実質賃金で判断します。
図3 名目(額面)・物価・実質(中身)の比較
2026年4月、那覇市の物価は前年と比べて上昇しました。代表的な指標である「生鮮食品を除く総合」では1.5%の上昇です。一方、実質賃金の計算には、毎月勤労統計の定義により「持家の帰属家賃を除く総合」が用いられ、こちらは約1.0%の上昇でした。この約1.0%を差し引くと、沖縄の現金給与総額は名目12.6%増に対し実質では約11.5%増、全国は名目3.6%増に対し実質では約2.0%増となります。
※ 図の物価は実質賃金の計算に用いる「持家の帰属家賃を除く総合」(沖縄は那覇市1.0%、全国1.5%)です。この指標では差がありますが、生活実感に近い「生鮮食品を除く総合」で見ると那覇市1.5%・全国1.4%とほぼ同水準で、物価上昇の地域差は小さい点にご留意ください。
ただし、この4月の物価の数字は低めに出ている点に注意が必要です。総合が1.0%にとどまったのは、生鮮食品(7.3%下落)や電気・ガスなどの光熱・水道(3.8%下落)といった、月ごとの振れが大きい品目がたまたま下がったためです。日々の暮らしで実感しやすい食料は1.8%、家具・家事用品は4.8%、被服・履物は3.2%と、生活必需品はむしろしっかり上がっています。
年単位で見ると、沖縄の物価高はなお厳しい状況です。沖縄県内の消費者物価は2025年に3.6%上昇し、3年連続で3%を超える高い伸びとなりました。沖縄は食料の多くを県外からの輸送に頼るため輸送費の影響を受けやすく、食料品の値上がりが家計を強く圧迫しています。実際、生活が苦しくなったと感じる世帯は多く、賃上げが物価高に追いついていないのが実情です。
したがって、本章の実質賃金がプラスに見えることをもって「暮らしが楽になった」と捉えるのは早計です。プラスの主因は、これまで述べてきたパートタイム労働者比率の低下による見かけの押し上げであり、足元の低い物価上昇率も振れの大きい品目に支えられた一時的なものです。実態としては、働く人の多くがなお物価高に直面しているという前提に立って、賃金の底上げを考える必要があります。
2026年5月、日本経済新聞は「実質賃金25年度0.5%減、4年連続マイナス」と報じました。全国の2025年度(2025年4月〜2026年3月)の実質賃金が前年度より0.5%減り、賃上げは進んだものの物価の上昇に追いつかなかった、という内容です。背景には、実質賃金の計算に使う物価が2025年度に3.0%上昇し、4年連続で3%以上の高い伸びだったことがあります。
ここで、記事の数字をそのまま沖縄に当てはめないよう注意が必要です。記事は全国の「2025年度という1年間をまとめた数字」で、物価が高かった時期を通した総括です。本レポートが扱うのは2026年4月の単月であり、地域も期間も異なります。そこで、時間軸を合わせて比べてみます。同じ2026年4月の単月で見ると、全国の実質賃金は前年同月比2.0%増です。年度ではマイナスだった全国も、足元の単月ではプラスに転じています。
沖縄も、この2026年4月単月では実質賃金がプラスに見え、その伸びは全国の2.0%増を上回ります。ただし、これまで述べてきたとおり、沖縄のプラスはパートタイム労働者比率の低下による見かけの押し上げを強く含みます。さらに、足元で物価上昇率が低く出ているのも、生鮮食品やエネルギーといった振れの大きい品目がたまたま下がったためで、食料など生活必需品の値上がりは続いています。単月で数字が揃って見えても、その中身は全国と沖縄で大きく異なる点に留意が必要です。
図4 全国の実質賃金(年度)の推移と、足元の局面
全国の実質賃金は、2022年度から2025年度まで4年続けてマイナスでした。物価の上昇に賃上げが届かず、働く人の暮らしは年々じわじわと圧迫されてきたのです。もっとも、足元の2026年4月の単月では、実質賃金がプラスに転じています。これは賃上げが進んだことに加え、この月の物価上昇率が振れの大きい品目の影響で低めに出たことも一因です。年度を通した厳しさと、足元単月のプラスは、分けて見る必要があります。
なお、年度を通してみても、全国と沖縄では対照的でした。全国の実質賃金が2025年度に前年度を下回ったのに対し、沖縄は月ごとのばらつきはあるものの、年度を通じておおむね前年を上回って推移しています。全国がマイナスを抜け出せずにいた一年のあいだ、沖縄は方向としてはプラス基調にあった、という違いです。
ただし、この沖縄のプラス基調は、額面どおりに受け取れるものではありません。これまで繰り返し述べてきたとおり、沖縄の伸びにはパートタイム労働者の割合が減ったことによる押し上げが含まれており、とくに年度後半ほどその影響が強く出ています。したがって全国の年度の数字とそのまま比べられるものではありません。正しい読み方は、「全国が4年かけてようやく抜け出しつつあるマイナスの時代から、沖縄はひと足先にプラス基調に入っているように見える。ただしその伸びは統計上の事情で大きく見えている面があり、賃金水準そのものは全国の8割と低いままなので、これからが底上げの本番である」というものです。沖縄の物価高はなお続いており、働く人の暮らしは楽になったとは言えません。だからこそ、賃上げを一過性で終わらせず、継続して水準を引き上げていくことが求められます。
(1) 「賃金を据え置く」選択はしにくくなった
全国が3.6%の上昇にとどまるなか、沖縄の賃金は10%を超えて上昇しました。地域全体で賃金の相場が上がっているときに自社だけ据え置くと、新しい人材が集まりにくくなったり、今いる従業員が退職してしまったりしやすくなります。使える原資をどこに配分すれば従業員に最も報いられるかを、まずは毎月の賃金の底上げを中心に一緒に考えていきましょう。
(2) 金額はまだ低く、引き上げの余地は大きい
伸びの大きさに気を取られず、金額が全国の8割程度にとどまっている事実も併せて見てください。沖縄の賃金はもともと低い水準にあり、今後も上昇していくと見込まれます。今回の数字を「もう十分に上がった」と読むのではなく、「ようやく追いつき始めたところ」と捉え、無理のないペースで水準差を縮めていく形を一緒に描けます。
(3) 賃金以外の魅力も合わせて整える
沖縄の宿泊・飲食、医療・福祉は、人材の獲得競争が激しい分野です。賃金の引き上げと並行して、労働時間を調整したり、休暇を取得しやすくしたり、安心して働ける雰囲気をつくったりすることで、「ここで働き続けたい」と思える職場を一緒につくれます。今回は総実労働時間も前年同月比4.0%増と伸びているため、労働時間の管理も賃金と合わせて検討したい論点です。
保育や福祉、医療の分野は、公定価格や処遇改善の枠組みのなかで賃金原資に制約があり、地域の相場がこれだけ上昇しても、すぐに同じ水準まで賃金を引き上げられるとは限りません。だからこそ、処遇改善の仕組みを最大限に活かした原資の配分と、賃金以外で「働き続けたい」と思える職場づくりの両輪で進めることに意味があります。なお、沖縄の医療・福祉の現金給与総額は13.1%増となっていますが、これも前述の統計上の事情を含むため、自院・自施設の実際の金額と照らし合わせて確認することをおすすめします。
【注記】
本レポートの数値は、統計の種類ごとに対象範囲や集計時点が異なるため、厳密な同条件比較ではありません。前年同月比には、パートタイム労働者の割合の変動などによる構成変化の影響が含まれる場合があります。実質賃金の計算に用いる物価指数は、毎月勤労統計の定義に従い那覇市「持家の帰属家賃を除く総合」(2026年4月:前年同月比約1.0%)を使用しています。なお、生活実感に近い代表指標である「生鮮食品を除く総合」は同1.5%の上昇です。各データは、経営の参考指標としてご活用ください。