使用データ: 沖縄労働局「労働市場の動き(令和7年計)」(2026年1月30日発表) ※比較用として「労働市場の動き(令和6年計)」「労働市場の動き(令和5年度平均)」も参照しています。
登場人物 江尾社労士 ── 社会保険労務士。社会福祉法人りくりゅう会の顧問。
奥武山(おうのやま)さん ── 社会福祉法人りくりゅう会 総務課。入社5年目。
奥武山さん: 江尾先生、こんにちは! 今日はお約束どおり、うちの介護職員の求人票を持ってきました。理事長も「先生にしっかり見てもらえ」と背中を押してくれています。
江尾社労士: 奥武山さん、こんにちは。いよいよ実践編ですね。前回までのおさらいを簡単にすると、沖縄の正社員充足率は9.8%で「10件出して1件決まればラッキー」の世界。介護事業だけで26,136人の求人が出ているが、全産業の充足数18,397人をすべて投入しても足りない。求職者の52%が45歳以上。そして3月は充足率34.5%と年間最高のマッチングチャンス。ライバルは同業だけでなく、運輸や宿泊・飲食とも人を奪い合っている。この前提を踏まえて、今日は求人票をどう変えれば「選ばれる施設」になれるのかを一緒に考えていきましょう。
奥武山さん: よろしくお願いします。
江尾社労士: さっそくですが、今の求人票を見せてもらえますか。
奥武山さん: はい。「介護職員、正社員、月給○○万円、処遇改善加算あり、賞与年2回、社保完備、要介護福祉士または初任者研修修了、夜勤あり(月4〜5回)」……こんな感じです。
江尾社労士: 率直に言いますね。これは「条件一覧表」です。求人票ではありません。
奥武山さん: えっ……5年間ずっとこの形式で出していたんですが。
江尾社労士: 奥武山さんのせいではありません。多くの介護施設がこの形式です。でも、正社員の充足率が9.8%の市場で勝つためには、26,000件以上ある介護事業の他の求人票と何が違うのかを示さなければなりません。月給、処遇改善、賞与、社保完備。どれも大事ですが、沖縄県内の介護施設の求人票にはほぼ同じことが書いてある。この中に埋もれたら、誰の目にも留まりません。
奥武山さん: たしかに、ハローワークで「介護」と検索したら何百件も出てきますものね。
江尾社労士: 求人票は、まだ見ぬ誰かに「あなたに来てほしい」と伝えるラブレターです。ラブレターに「年収○万円、夜勤月○回」とだけ書いてあったら、心は動きませんよね。「なぜこの施設なのか」「ここで働くとどんな日々が待っているのか」が伝わって初めて、人は応募ボタンを押すんです。
奥武山さん: 先生、前回「必須条件を見直すべき」という話がありましたよね。うちは「介護福祉士または初任者研修修了」を必須にしていますが、これは厳しすぎますか?
江尾社労士: 率直に言うと、厳しすぎます。令和7年の就業地別データで正社員の新規求職申込件数は42,474人。この中から「介護福祉士または初任者研修修了者」で「夜勤可能」で「那覇市通勤圏内」で「月給○万円で納得」という人を絞り込んでいくと、実際にリーチできる対象者は驚くほど少なくなります。
奥武山さん: でも、資格がないとケアはできないですよね?
江尾社労士: いえ、法的には無資格でも介護業務に従事することは可能です。身体介護についても、施設内であれば無資格者が先輩職員の指導のもとで行うことは認められています。もちろん、初任者研修の取得が望ましいのは確かですが、それを「入口の条件」にするか「入社後に取得を支援する」かで、応募の間口はまったく変わります。
奥武山さん: 入社してから研修を受けてもらうということですか。
江尾社労士: はい。前回お話しした通り、宿泊・飲食業の求人がマイナス11.1%で縮小しており、接客スキルを持つ転職希望者が市場に出てきています。製造業もマイナス10.9%です。これらの業種で働いていた人は対人スキルや体力を持っていますが、介護の資格はない。「要介護福祉士」と書いた瞬間に、この層は全員ふるい落とされるんです。
奥武山さん: もったいない……。
江尾社労士: 応募資格を「人と接する仕事が好きな方。資格・経験不問。入社後に初任者研修を法人負担で取得できます」と書き換えるだけで、対象者は何倍にも広がります。42,474人の正社員希望者のうち、介護の資格を持っていない人のほうがはるかに多いわけですから。
奥武山さん: もう一つ気になっているのが「夜勤あり(月4〜5回)」という記載です。これ、応募を減らしている原因になっていますか?
江尾社労士: 間違いなく、最大級のハードルの一つです。求職者の52%が45歳以上、しかもその多くが子育てや親の介護と両立しながら働きたいと考えている。「夜勤あり」の4文字は、こうした層にとって「自分には無理だ」という即座の判断材料になります。
奥武山さん: でも、入所施設なので夜勤をゼロにはできません。
江尾社労士: もちろんそうです。ただし、書き方ひとつで印象は大きく変わります。「夜勤あり(月4〜5回)」は事実の羅列ですが、「日勤のみの勤務も相談可。夜勤は月4〜5回程度ですが、ライフスタイルに合わせて調整できます」と書けば、「まず話を聞いてみよう」と思える人が増える。
奥武山さん: 実際、うちでも家庭の事情で日勤だけの職員がいますし、夜勤の回数を減らしている職員もいます。
江尾社労士: であれば、それを求人票に書かないのは損失です。「柔軟な勤務体制」は大手法人でも実現が難しいことが多い。50人規模のりくりゅう会さんだからこそ、一人ひとりの事情に合わせた対応ができる。これは中小施設の最大の武器です。
奥武山さん: 前回、45歳以上の求職者が14,784人いるという話がありましたよね。具体的にどうアプローチすればいいですか?
江尾社労士: 求人票に「年齢不問・40代50代活躍中」と明記することが第一歩です。雇用対策法で年齢制限は原則禁止ですから法的にも当然の記載ですが、実際に「ミドル世代歓迎」と積極的に打ち出している介護施設は驚くほど少ない。
奥武山さん: うちのベテラン職員は50代後半の方もいますし、その方が一番利用者さんの信頼を得ているんですよね。
江尾社労士: そのエピソードを求人票に載せてください。「50代で入職し、現在はフロアリーダーとして活躍中の職員がいます」「子育てが一段落してから介護の仕事を始めた職員が多数在籍」。こうした具体例があると、45歳以上の求職者は「自分でもやれるかもしれない」と感じるんです。
奥武山さん: 数字と実例の両方で背中を押す。
江尾社労士: もう一つ重要なのが、「体力面の不安」への先回りです。45歳以上の方が介護を敬遠する最大の理由は「体力がもつか」という心配。「リフトや移乗補助機器を導入済み」「ノーリフティングケアを推進中」「2人介助を徹底しているので腰の負担を軽減できます」といった記載があれば、身体的な不安をかなり払拭できます。
奥武山さん: うちはリフトを2台導入しましたし、腰痛予防の研修もやっています。書ける材料はあるんですね。
奥武山さん: 先生、ここまでの話を全部踏まえて、うちの求人票をどう書き直せばいいか、具体的に見せてもらえますか?
江尾社労士: では、ビフォーアフターで整理しましょう。
まず「仕事内容」。ビフォーは「入所者の介護業務全般」の一言ですよね。これを「ユニット型特養での介護をお任せします。10名の利用者さんを4〜5名のチームで担当。食事・入浴・排泄の介助に加え、レクリエーションの企画やご家族との面談にも関わります。"できることを支える"ケアを大切にしている施設です」と書き換える。入職後の日常がイメージできる粒度まで落とし込むのがポイントです。
奥武山さん: 「介護業務全般」と「10名の利用者さんを4〜5名のチームで」では、伝わるものがまるで違いますね。
江尾社労士: 次に「応募資格」。ビフォーの「要介護福祉士または初任者研修修了」を、「無資格・未経験OK。入社後に初任者研修を法人全額負担で取得可。ホテル・飲食店・小売業など、人と接する仕事の経験がある方歓迎。もちろん介護福祉士・初任者研修をお持ちの方は優遇します」に変える。門戸を広げつつ、有資格者へのインセンティブも残す。
奥武山さん: これなら異業種からの転職者にも開かれていますね。
江尾社労士: 「勤務条件」も重要です。ビフォーの「夜勤あり(月4〜5回)」を、「基本は日勤。夜勤は月4〜5回程度ですが、ライフスタイルに応じて回数の相談が可能です。日勤のみの勤務もご相談ください。育児中の職員は時短勤務を活用しています」と書き換える。「夜勤あり」と「夜勤の相談可」は、同じ事実でも受け取られ方が180度違います。
奥武山さん: たしかに……。「夜勤あり」だと「絶対に夜勤しなきゃいけない」と読めますけど、「相談可」だと「まず話を聞いてみよう」ってなりますね。
江尾社労士: そして「りくりゅう会の魅力」。ビフォーには何も書かれていませんでした。ここに「利用者10名に対し職員4〜5名のゆとりある配置」「リフト・移乗補助機器導入でノーリフティングケアを推進」「職員の平均勤続年数○年。定着率の高さが自慢です」「入社5年目の事務職員が"ここにいる理由は、利用者さんの笑顔と仲間の温かさ"と語っています」と入れる。
奥武山さん: 最後のって、私のことですか?
江尾社労士: はい。奥武山さんが5年間この施設で働き続けている理由は、そのまま求職者への最強のメッセージです。総務の職員が「ここで働いてよかった」と言える施設は、介護職員にとっても魅力的に映ります。理事長に許可をもらって、奥武山さんのコメントを求人票やホームページに載せましょう。
奥武山さん: 求人票の中身はかなり良くなりそうです。他に気をつけるべきことはありますか?
江尾社労士: あります。「選考スピード」です。正社員の充足率が9.8%の世界では、いい候補者が現れたときに他の施設より1日でも早く面接を組み、1日でも早く内定を出した施設が勝ちます。
奥武山さん: 今は応募書類が届いてから施設長が確認するまでに3〜4日、面接の日程調整に1週間、結果通知にさらに1週間……というペースです。
江尾社労士: 合計で2〜3週間かかっているわけですね。その間に、候補者は他の施設の面接を受けて、先に内定をもらったほうに決めてしまう。介護業界は特に求人が多いですから、応募者にとっては選び放題なんです。
奥武山さん: どのくらいのスピードを目指すべきですか?
江尾社労士: 理想は、応募が来たら48時間以内に連絡、1週間以内に面接、面接後3日以内に結果通知です。奥武山さんが総務としてフロントに立ち、応募書類を最初にチェックして施設長にすぐ回す体制を作れれば、数日短縮できます。介護の経験5年、施設のことを一番よく知っている奥武山さんだからこそできる役割です。
奥武山さん: 私がスクリーニングの一次窓口になるということですね。
江尾社労士: はい。もう一つ、面接の場所と時間も工夫してください。在職中の転職希望者は平日の日中に面接に来るのが難しい。土曜日の午前中や、平日の夕方以降の面接枠を設けるだけで、「この施設は働く人の事情をわかってくれている」という印象になります。これ自体が、りくりゅう会さんの「職員を大切にする姿勢」のメッセージになるんです。
奥武山さん: 先生、ここまで「採用」の話をしてきましたが、正直なところうちは離職も課題なんです。せっかく採用しても1年以内に辞めてしまう職員がいて……。
江尾社労士: 非常に大事なポイントですね。実は、採用と定着は表裏一体なんです。令和6年度の就職状況を見ると、就職件数19,056人のうち常用(4ヶ月以上の雇用)が16,676人で92.8%。求職者が安定雇用を強く求めている時代です。だからこそ「入ったけどすぐ辞める施設」という評判が立つと、次の採用は絶望的になる。
奥武山さん: 口コミって、介護の世界は本当に早いですからね。
江尾社労士: 逆に、「あの施設は長く働ける」「辞める人が少ない」という評判は、何よりの採用力になります。奥武山さんが5年いる。ベテランの50代職員が活躍している。そういう「人が定着している事実」を可視化して外に発信することが、最も費用対効果の高い採用活動なんです。
奥武山さん: 定着率を上げることが、結果的に採用コストを下げることになるんですね。
江尾社労士: データで補強すると、令和6年度の雇用保険受給者のうち就職した人、つまり失業から再就職した人の割合は全体の24.6%。4人に1人は失業を経験して再就職している。これは裏を返せば、前の職場を「辞めざるを得なかった」人が大量に市場に出てきているということ。「なぜ前の施設を辞めたのか」を面接で丁寧に聞き、「うちではその不満を解消できます」と具体的に伝えられれば、定着率の高い採用が実現します。
奥武山さん: 辞めた理由を聞いて、うちの強みとマッチングさせる。
江尾社労士: その通りです。「人間関係がつらかった」という人には、りくりゅう会の風通しのよさを。「腰を痛めた」という人には、ノーリフティングケアの取り組みを。「やりがいを感じられなかった」という人には、ユニットケアで利用者と深く関われる環境を。面接は「選ぶ場」ではなく「口説く場」だと考えてください。
奥武山さん: 先生、今日は本当に実践的でした。全3回の学びを活かして、すぐに動きたいです。
江尾社労士: では最後に、りくりゅう会さんが3月の「ゴールデンタイム」に向けて今日からできることを整理しましょう。
まず今週中にやるべきことは、「求人票の全面書き直し」です。条件一覧だった旧バージョンから、仕事内容が具体的にイメージでき、無資格・未経験でも応募でき、ミドル世代を歓迎し、柔軟な勤務体制が伝わる新バージョンへ。今日話した内容をもとに原稿を作って、私に見せてください。一緒に仕上げましょう。
次に1月中にやるべきことは、「施設のホームページ・採用ページの更新」です。更新日が古いまま放置された採用ページは、むしろ逆効果です。奥武山さんや現場職員の声、施設内の写真を追加するだけで印象は激変します。リフトを活用している場面や、レクリエーション中の利用者さんと職員の笑顔の写真があれば、求職者に「ここで働く自分」を具体的にイメージしてもらえます。
そして2月から3月にかけてやるべきことは、「選考スピードの加速」と「面接の質の転換」です。応募から48時間以内に連絡、1週間以内に面接、3日以内に結果通知。このスピード感を理事長・施設長と合意しておくこと。面接では「選ぶ」のではなく「口説く」姿勢で、候補者の前職での不満をりくりゅう会の強みでカバーできることを具体的に伝えてください。
奥武山さん: ありがとうございます。第1回で「物理的に不可能な人手不足」の現実を知り、第2回で「ライバルは介護だけではない」という視野の広げ方を学び、今日の第3回で求人票の書き方と具体的なアクションプランまで落とし込めました。
江尾社労士: 奥武山さん、見事な要約です。労働市場のデータは「世の中がどうなっているか」を教えてくれますが、最後に「自分たちはどう動くか」を決めるのは人間です。26,000件の介護求人が並ぶ中で、りくりゅう会の求人票に「ここで働きたい」と思ってもらえるかどうか。その答えは、今日から奥武山さんが書き直す求人票の1行目にかかっています。
奥武山さん: まずは今週中に新しい求人票の原稿を作って先生に送りますね。理事長にも「3月までが勝負です」と伝えます。
江尾社労士: 楽しみにしていますよ。5年間現場を見てきた奥武山さんだからこそ書ける言葉があるはずです。迷ったらいつでも連絡してください。