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労働市場の動き

【最新データで読み解く】沖縄・労働市場の「異常事態」とマッチングの真実(第1回):なぜ介護の仕事はこれほど決まらないのか?

使用データ: 沖縄労働局「労働市場の動き(令和7年計)」(2026年1月30日発表)
※比較用として「労働市場の動き(令和6年計)」「労働市場の動き(令和5年度平均)」も参照しています。

登場人物
江尾社労士 ── 社会保険労務士。社会福祉法人りくりゅう会の顧問。
奥武山(おうのやま)さん ── 社会福祉法人りくりゅう会 総務課。入社5年目。


奥武山さん: 江尾先生、こんにちは! 今日はお時間いただいてありがとうございます。実は理事長から「職員が全然集まらないが、介護業界全体でどうなっているのか数字で把握しておきたい」と言われまして。私も総務で採用を担当して5年になりますが、ここ1〜2年は本当に応募が減っていて。

江尾社労士: 奥武山さん、こんにちは。理事長さんからの宿題ですか。5年間現場で採用を見てきた奥武山さんの肌感覚は、たぶんデータと一致していると思いますよ。沖縄労働局がつい先日公表した最新の統計データがありますので、今日はそれを使って沖縄の労働市場で何が起きているのか、特にりくりゅう会さんが身を置く介護業界を中心に見ていきましょう。結論から言うと、「異常事態」と呼んでも差し支えない状況です。

奥武山さん: 異常事態……。体感としては「異常」そのものなんですが、数字で裏付けられると説得力がありますね。

江尾社労士: ひとつ数字をお見せします。令和7年の就業地別データで、充足率という指標が「14.6%」なんです。

奥武山さん: 充足率は採用実務でよく見る数字ですが、改めてどういう意味でしたっけ。

江尾社労士: 企業が出した求人に対して、実際に採用が決まった割合です。わかりやすく言えば「100席あるレストランで、実際にお客さんが座ったのは何席か」という話。14.6%ということは、100件の求人を出しても実際に人が入ったのは約15件だけ。残りの85席は空いたままなんです。

奥武山さん: 85%が空席……。うちも介護職員の求人を常時出していますが、3ヶ月に1人来ればいいほうなので、その数字には実感があります。

江尾社労士: しかもこれ、前年の令和6年が14.2%だったので、横ばいどころかわずかに悪化している。つまり構造的に「仕事はあるのに決まらない」状態が定着してしまっているんです。


正社員は「決まらないのが当たり前」の世界

奥武山さん: うちの場合、正社員の介護職員を一番募集しているんですが、正社員に限るとどうなりますか?

江尾社労士: もっと深刻です。令和7年の就業地別データで、正社員の充足率はなんと9.8%。ついに1割を切りました。

奥武山さん: 1割を切った……。10件出して1件も決まらない施設のほうが多いわけですね。

江尾社労士: その通りです。一方でパートタイムの充足率は21.1%。正社員の倍以上あります。就職率で見ても、正社員が11.7%に対し、パートタイムは39.2%と大きな開きがあります。

奥武山さん: たしかにうちでもパートの応募はまだ少しあるんですが、正社員はほぼゼロに近い月もあります。なぜこんなに差が出るんでしょう?

江尾社労士: 主に3つの理由があります。まず企業側が正社員に対しては「長く勤めるから即戦力を」とハードルを高く設定しがちなこと。次に、正社員は拘束時間が長く夜勤もあるため、介護業界の場合は特に敬遠されやすいこと。そして、求職者が望む給与水準と、施設が提示できる処遇に乖離があること。介護報酬の制約がある中で給与を大幅に上げるのは難しいですから、この「処遇の壁」は他業界以上に厚いんです。

奥武山さん: 正社員の有効求人倍率はどうなっていますか?

江尾社労士: 就業地別で見ると、新規求人倍率が1.21倍、有効求人倍率が0.76倍です。新規ベースでは求人のほうが多い売り手市場ですが、有効ベースだと0.76倍で1倍を下回っている。これはなかなかマッチングに至らない求職者が市場に滞留していることを示しています。介護の仕事に限ればさらに厳しい数字でしょう。


「物理的に不可能な」人手不足:全員を介護に投入しても足りない

奥武山さん: 先生、介護業界はずっと人手不足と言われていますけど、全産業の中でどのくらいの位置にいるんですか?

江尾社労士: ここが今日の核心です。令和7年の就業地別新規求人数を見ると、「医療・福祉」が39,946人で全体の31.6%を占めています。2位の「サービス業(他に分類されないもの)」が14,676人ですから、ダブルスコア以上の断トツ1位です。

奥武山さん: 全体の3割以上が医療・福祉なんですね。

江尾社労士: 内訳をさらに見ると、医療業が13,588人、社会保険・社会福祉・介護事業が26,136人。りくりゅう会さんが属する介護事業だけで26,000人を超える求人が出ている。これは全産業で最大のボリュームです。

奥武山さん: 26,000人……。それだけの求人が出ていて、どれだけ決まっているんですか?

江尾社労士: ここで衝撃的な思考実験をしてみましょう。令和7年に全産業合計で就職が決まった人の総数、つまり充足数は就業地別で18,397人です。

奥武山さん: えっ……待ってください。26,000人の介護の求人に対して、全産業合わせても18,000人しか決まっていない?

江尾社労士: そういうことです。建設も観光もITも小売も全部ひっくるめて、沖縄県内で就職が決まった「すべての人」を介護事業1本に投入したとしても、まだ8,000人近い空席が残る。医療・福祉全体で見れば2万人以上足りません。これはもう個別の施設の採用努力でどうにかなるレベルではなく、「物理的に不可能な人手不足」です。

奥武山さん: 物理的に不可能……。理事長にはこの数字を最初に見せたいですね。「うちの努力が足りない」のではなく「そもそも人がいない」ということを、データで示せますから。

江尾社労士: まさにその通りです。ただし「物理的に不可能だから諦める」のではなく、「物理的に不可能だからこそ、他の施設と違うやり方をしなければ人は来ない」という発想の転換が必要なんです。


介護事業の求人が「減少」に転じた意味

奥武山さん: 先生、今の介護事業の26,136人という数字ですが、これは前年と比べてどうなんですか?

江尾社労士: 実はここが重要なポイントです。社会保険・社会福祉・介護事業の新規求人数は、前年の27,954人から26,136人へ、マイナス6.5%の減少です。一方、医療業は13,259人から13,588人へプラス2.5%と増加しています。

奥武山さん: 介護の求人が減っている……。人手不足が解消されたんですか?

江尾社労士: いいえ、逆です。充足率が14.6%しかない中で求人が減るのは、「募集しても来ないから出すのを諦めた」施設が増えていることを意味します。いわば「諦め型の求人減少」です。先ほどの企業規模の話と同じで、求人を出し続ける体力のある大きな法人と、出しても無駄だと感じて募集を止めてしまう中小規模の施設との間に、格差が広がりつつある。

奥武山さん: うちの近隣でも、「もう求人出してもお金がもったいないから、紹介会社に頼るしかない」っておっしゃっている施設がありました。

江尾社労士: 紹介会社に頼ること自体は一つの手段ですが、紹介手数料は年収の20〜30%が相場。仮に年収300万円の職員を紹介で採用すれば60〜90万円のコストです。介護報酬の枠内でこの出費を繰り返すのは、経営的に持続可能とは言えません。だからこそ、自力で人を集められる仕組みを作ることが重要なんです。


求職者の2人に1人が「45歳以上」:介護にとってのチャンス

奥武山さん: 求人側の話はわかりました。では働き手のほう、つまり求職者の側はどうなっていますか?

江尾社労士: ここに介護業界にとっての大きなチャンスが隠れています。令和6年度のデータで、新規求職者のうち中高年――つまり45歳以上が占める割合が52.0%に達しました。令和5年度の49.1%からさらに上昇しています。

奥武山さん: 求職者の半分以上が45歳以上。

江尾社労士: 月間有効求職者数で見ても、中高年の割合は51.5%。20代・30代・40代前半を全部足しても、45歳以上に届きません。

奥武山さん: うちの理事長も「若い介護職員がほしい」と言うんですが……。

江尾社労士: 多くの施設がそうおっしゃいます。でもデータが示しているのは、若手はいまや「限定品」だということです。ただし介護業界は他業界と決定的に違う点がある。それは「45歳以上でも十分に戦力になる」ということです。

奥武山さん: たしかに、うちのベテラン職員は50代の方が一番利用者さんとの関係が上手ですし、家族対応もスムーズです。

江尾社労士: まさにそこなんです。ITや建設と違って、介護の仕事は人生経験そのものが武器になる。子育てや親の介護を経験した45歳以上の方は、利用者やそのご家族の気持ちに寄り添える共感力を持っています。14,784人の中高年求職者の中には、「人の役に立つ仕事がしたい」と考えている方が必ずいる。問題は、多くの施設が若手ばかりを追い求めて、この層との接点を失っていることなんです。

奥武山さん: 45歳以上を「ターゲット」として明確に意識すべきだということですね。


大企業と中小事業所の二極化:全産業で「人材の吸い上げ」が進んでいる

奥武山さん: 企業の規模による違いはありますか? うちは職員50人くらいの規模なんですが。

江尾社労士: これは介護に限らず、全産業に共通する深刻な構造問題です。令和7年の就業地別データで事業所規模別の新規求人数を前年と比較すると、1,000人以上の大企業はマイナス2.7%とわずかな減少にとどまっています。ところが中間層が軒並み大幅減で、300〜499人規模がマイナス18.8%、30〜99人規模がマイナス9.6%。りくりゅう会さんはちょうど30〜99人のゾーンですね。

奥武山さん: まさにうちの規模帯です……。なぜ中小ばかり減っているんですか?

江尾社労士: 大企業は安定した給与水準、年間休日の多さ、充実した福利厚生を武器に、数少ない若手求職者を吸い寄せる力があります。中小事業所はこの「条件勝負」では太刀打ちしにくく、求人を出し続けても応募が来ないために、募集自体を縮小し始めている。29人以下の小規模事業所が出している求人は就業地別で77,730人と全体の61.5%を占める最大のボリュームゾーンですが、それすら前年比5.4%減です。市場の主役であるはずの中小・零細事業所が、採用競争に疲弊している兆候と言えます。

奥武山さん: じゃあ、うちみたいな施設はどうすればいいんですか?

江尾社労士: どの業種でも言えることですが、大手と同じ土俵――給与や休日数だけ――で戦っても勝ち目はありません。50人規模の事業所には、大手にはない強みが必ずあります。意思決定のスピード、経営者との距離の近さ、一人ひとりの顔が見える関係性。りくりゅう会さんで言えば、理事長や施設長と日常的に言葉を交わせる距離感、利用者一人ひとりとじっくり向き合えるケアの質、「あの人が好きだからこの施設で働きたい」と思える温かさ。こうした「自分たちにしかない価値」を言語化して、求人の段階から伝えていくことが、これからの採用戦略の軸になります。


地域別の温度差:離島はさらに深刻

奥武山さん: 沖縄本島と離島で違いはありますか? うちの法人は那覇に施設があるんですが、知り合いの施設長が宮古で大変だと言っていて。

江尾社労士: 離島は本島以上に厳しい状況です。令和7年の就業地別の有効求人倍率を安定所別に見ると、那覇が1.11倍、沖縄が0.89倍なのに対し、宮古は1.84倍、八重山は1.85倍。ほぼ2倍です。

奥武山さん: 1人の求職者に対して2つの仕事がある……。介護だけでなく観光業とも人を取り合うわけですよね。

江尾社労士: その通りです。宮古・八重山ではホテルや飲食店が高い時給で人を集めるため、介護施設はさらに厳しい競争にさらされます。那覇のりくりゅう会さんにとっても、この地域間格差は無関係ではありません。県内全体で人材が足りない中、離島の施設が本島の人材を引き抜こうとする動きも出てきていますから。

奥武山さん: うちの那覇という立地は、離島に比べればまだ恵まれているほうなんですね。


介護施設としてのアクション:3つの教訓

奥武山さん: 先生、今日の内容を理事長に報告するにあたって、りくりゅう会として何を意識すべきかまとめていただけますか?

江尾社労士: はい。今回のデータから読み取れる教訓を3つに整理します。

まず1つ目は、「"人がいない"は言い訳ではなく事実。だからこそ戦略が要る」ということです。全産業の充足数を全部投入しても介護事業の求人は埋まらない。この「物理的に不可能な人手不足」は、個別の施設の努力不足ではありません。理事長にはこのデータを見せて、「だから今までと同じやり方では通用しない。採用の戦略を根本から変えましょう」と提案してください。

2つ目は、「45歳以上は"残り物"ではなく"主力商品"」だということです。求職者の52%が45歳以上、つまり市場のメインストックです。介護の仕事は人生経験が直接的に活きる数少ない職種。「若手しか採らない」という姿勢を改め、年齢を問わない――むしろミドル・シニアを積極的に歓迎する姿勢を打ち出すことで、応募の間口は劇的に広がります。

3つ目は、「りくりゅう会にしかない価値を言葉にする」ことです。全産業で中小事業所が大企業との採用競争に苦しむ中、条件面で張り合っても勝てません。50人規模だからこその「顔が見える関係性」「利用者に寄り添えるケア」「温かい職場の雰囲気」を、求人票の段階から具体的なエピソードとともに伝えましょう。奥武山さんが5年間この施設で働き続けている理由、それ自体が最も説得力のあるメッセージです。

奥武山さん: ……たしかに、私がこの施設を辞めずに5年いる理由って、利用者さんやご家族から「ありがとう」って言ってもらえることと、職員同士の仲のよさなんですよね。それを求人票で伝えるという発想はなかったです。

江尾社労士: 85%のイスが空いたままのこの市場で、りくりゅう会のイスに「ここに座りたい」と思ってもらえるかどうか。その答えは、数字には表れない「現場の温度」をどう届けるかにかかっています。次回は産業別の動きや月ごとの波をもう少し掘り下げて、いつ・どこで・どう動くかを一緒に考えましょう。

奥武山さん: ありがとうございます! まずは今日のデータを理事長に報告してきます。次回もよろしくお願いします。

江尾社労士: いつでも声をかけてくださいね。理事長さんにもよろしくお伝えください。

社会保険労務士 江尻育弘