使用データ: 沖縄労働局「労働市場の動き(令和7年計)」(2026年1月30日発表)
※比較用として「労働市場の動き(令和6年計)」「労働市場の動き(令和5年度平均)」も参照しています。
登場人物
江尾社労士 ── 社会保険労務士。社会福祉法人りくりゅう会の顧問。
奥武山(おうのやま)さん ── 社会福祉法人りくりゅう会 総務課。入社5年目。
奥武山さん: 江尾先生、こんにちは! 前回のデータを理事長に報告したら、かなり衝撃を受けていました。「全産業の就職者を全員介護に回しても足りない」という話が特に響いたみたいで、「じゃあ介護業界の中でうちはどういう立ち位置なのか、もっと詳しく調べてくれ」と。
江尾社労士: 奥武山さん、こんにちは。理事長さんの反応が早いですね。前回は全体像をお話ししましたが、今日はもう少し切り口を変えて、介護事業の「ライバル」がどこにいるのか、月ごとの採用チャンス、そしてりくりゅう会さんが競合している相手の正体を一緒に見ていきましょう。
奥武山さん: ライバルですか。同じ地域の介護施設ということですよね?
江尾社労士: それだけではないんです。実はりくりゅう会さんの本当のライバルは、介護業界の外にもいます。
江尾社労士: 令和7年の就業地別データで、産業別の新規求人数を前年と比較してみましょう。「増やした」産業と「減らした」産業がはっきり分かれています。
奥武山さん: 求人を増やしている産業もあるんですか?
江尾社労士: あります。「学術研究、専門・技術サービス業」は前年比プラス23.9%と大幅増。「運輸業・郵便業」もプラス10.0%。「教育、学習支援業」もプラス5.5%です。一方、「情報通信業」はマイナス21.6%、「宿泊業・飲食サービス業」はマイナス11.1%、そしてりくりゅう会さんが属する「社会保険・社会福祉・介護事業」はマイナス6.5%です。
奥武山さん: 介護が減っているのは前回聞きましたが、運輸や教育が増えているというのは意外です。
江尾社労士: ここが重要なんです。運輸業はドライバー不足の深刻化で時給や月給を引き上げて人を集めにかかっています。物流の2024年問題以降、待遇改善が急速に進んだ業界です。介護施設で働いていた人が「運転免許があるし、夜勤がないドライバーの仕事のほうが体力的に楽だ」と転職するケースも出てきている。
奥武山さん: 介護からドライバーへの転職……。たしかにうちでも「体がきつい」という理由で辞めた職員がいました。
江尾社労士: 宿泊業・飲食サービスも求人数こそ減っていますが、就業地別で12,789人と依然として巨大です。ホテルのフロントやレストランのホールスタッフは、接客スキルという点では介護職と共通する部分が多い。つまり「人と接する仕事がしたい」という求職者を、介護と観光がまるごと取り合っている構図です。
奥武山さん: 介護のライバルは、同じ地域の介護施設だけじゃなくて、ドライバーやホテルや飲食店なんですね。
江尾社労士: その通りです。限られた求職者のパイを全産業で奪い合っている。だから「介護業界の中で一番待遇がいい施設」を目指すだけでは足りなくて、「なぜホテルでもドライバーでもなく、介護なのか」「なぜ他の施設ではなく、りくりゅう会なのか」を明確にしなければならないんです。
奥武山さん: 先生、逆に考えると、宿泊業・飲食サービスの求人がマイナス11.1%で減っているということは、その業界から人が流れてくる可能性もありますか?
江尾社労士: いい着眼点ですね。就業地別で宿泊業が7,188人、飲食店が4,386人の求人を出していますが、いずれも前年比で7〜13%の減少です。これは、コロナ後の観光回復に伴う大量採用がひと段落し、一部で人余りが生じていることを示唆しています。
奥武山さん: ホテルや飲食で働いていた人が「次の仕事」を探している可能性がある。
江尾社労士: その通りです。特に注目すべきは、宿泊・飲食で働いていた人は「対人スキル」を持っているということ。利用者やご家族とのコミュニケーション、チームでの連携、シフト勤務への耐性……これらは介護の現場で即戦力になる素養です。問題は、こうした人たちが介護の仕事を選択肢として認識していないこと。「自分には向いていないのでは」「資格がないとできないのでは」という漠然とした先入観が壁になっています。
奥武山さん: その壁を壊すメッセージが必要だと。
江尾社労士: はい。たとえば求人票に「ホテルやレストランでの接客経験が活かせます。対人スキルを福祉の現場で発揮しませんか」と書くだけで、宿泊・飲食からの転職者の目に留まる確率は格段に上がります。
奥武山さん: 先生、採用のタイミングって重要ですか? うちは年間通して募集を出しっぱなしなんですが。
江尾社労士: 非常に重要です。令和7年の月別データを見ると、求職者の動きに明確な波があります。就業地別の新規求職申込件数を月別で追うと、1月が6,366人、2月が7,018人、4月が7,128人と年度の切り替わり前後にピークが来ます。一方、8月は4,793人、11月は4,321人、12月は3,909人と大きく落ち込む。
奥武山さん: 年度末の前後に求職者が動くんですね。
江尾社労士: 充足率の月別推移がさらに面白くて、3月が就業地別で34.5%と突出して高いんです。次いで2月が18.2%。一方、8月は10.7%、11月は10.7%と大幅に下がる。
奥武山さん: 3月の34.5%は他の月の倍以上……。介護施設だと、3月で退職する職員の補充に追われて求人を出す時期ですけど、実はマッチングしやすい時期でもあるんですね。
江尾社労士: その通りです。年度末の3月は、「4月から心機一転、新しい職場で」と動く求職者が多い。逆に言えば、この時期に求人票の内容が古いまま、あるいは魅力が伝わらない状態で出していると、せっかくのゴールデンタイムを逃すことになる。
奥武山さん: 8月や11月に出しても「市場に人がいない」状態で、ずっと待ちぼうけ。
江尾社労士: ですから、1月から3月に求人内容を磨き上げて集中的にアプローチする「攻めの期間」と、それ以外の時期は求人票の見直しや職場環境の改善に充てる「仕込みの期間」に分けるのが効果的です。介護施設は通年で人が足りませんから通年募集は続けつつも、リソースの配分にメリハリをつける。
奥武山さん: 県外から介護の仕事をしに来る人って多いんですか? うちでも外国人の技能実習生を受け入れ始めましたが。
江尾社労士: ハローワーク経由の統計に限った話ですが、令和6年度の就職件数19,056人のうち県内就職が17,963人で94.3%。県外からの就職はわずか1,093人で5.7%です。しかも前年比でマイナス7.8%と減少しています。
奥武山さん: ほぼ県内で完結している。県外から介護のために沖縄に来る人はほとんどいないと。
江尾社労士: ハローワーク経由ではそうですね。外国人材は別のルートですから、この統計には含まれていませんが、技能実習や特定技能の制度を活用した外国人介護人材の受け入れは別途検討すべきテーマです。ただし短期的にりくりゅう会さんが頼れるのは、やはり県内の求職者。その県内の求職者が年々減少し、かつ52%が45歳以上という中で、「りくりゅう会で働きたい」と思ってもらえる施設づくりが根本的に重要なんです。
奥武山さん: ハローワークに来る人って、失業中の方ばかりですか?
江尾社労士: いい質問です。令和6年度のデータで、月間有効求職者数に占める雇用保険受給者の実人員は5,674人で、全体の19.8%。つまり約8割は雇用保険を受給していない方です。在職中に転職先を探している人か、受給期間が終了した人か、あるいはそもそも受給資格がない方です。
奥武山さん: 在職中に転職を考えている人が8割近く……。
江尾社労士: 介護業界に引きつけて考えると、「今は別の介護施設で働いているけれど、人間関係がつらい」「夜勤の負担が重くて体を壊しそう」「もっと利用者に寄り添ったケアがしたいのに、人手不足で流れ作業になっている」……こういった不満を抱えながら「条件次第では動きたい」と思っている現職の介護職員が、かなりの数いるはずです。
奥武山さん: そういう人たちに「うちなら違う」と伝えられれば。
江尾社労士: まさにそこです。在職中の転職希望者は、単に給与が高いだけでは動きません。「今の職場にないもの」を求めています。夜勤の負担が軽減される勤務体制、ユニットケアでじっくり利用者と向き合える環境、職員同士が助け合う風土。りくりゅう会さんにこうした強みがあるなら、それは他の施設から転職を考えている人にとって、何よりも響くメッセージになるんです。
奥武山さん: うちではパートの介護職員もたくさんいますが、パートと正社員の市場はどう違うんですか?
江尾社労士: 令和7年の就業地別データで整理すると、パートタイムの新規求人数は43,388人で有効求人倍率が1.89倍。正社員は51,349人で有効求人倍率が1.21倍。求人数は正社員のほうが多いんですが、パートの求職者は22,920人に対し、正社員希望者は42,474人。正社員希望者のほうが圧倒的に多い。
奥武山さん: 正社員を希望する人のほうが多いのに充足率は9.8%……。条件が合わないんですね。
江尾社労士: その通りです。ただし介護業界に限って言えば、ここに戦略的な選択肢がある。パートの充足率は21.1%で正社員の倍以上ありますから、「まずはパートで入ってもらい、お互いを知ったうえで正社員に転換する」というルートが有効です。
奥武山さん: うちでもパートから正社員になった職員が何人かいます。
江尾社労士: その実績は大きな武器です。「正社員登用実績あり」と求人票に明記するだけで、「いきなりフルタイムの介護は不安」という未経験の方や、「ブランクがあるから、まずは短時間から」という復職希望の方にとって、応募のハードルがぐっと下がります。特に子育て中の40代・50代の方にとっては、パートからのスタートは心理的安全性が高い。
奥武山さん: 心理的安全性ですね。先生がいつもおっしゃるキーワード。
江尾社労士: 「入ってみて合わなかったらどうしよう」という不安は、応募をためらう最大の壁です。正社員登用ありのパート募集は、その壁を低くしてくれる。施設側にとっても、実際に一緒に働いてみてからお互いに判断できるわけですから、採用のミスマッチを大幅に減らせます。介護はチームケアですから、「相性」の確認はとりわけ重要ですよね。
奥武山さん: 他の産業が縮小しているということは、そこから介護に人が流れてくることはないんですか?
江尾社労士: 可能性はあります。令和7年の就業地別データで、製造業はマイナス10.9%、卸売業はマイナス20.6%と大幅に求人を減らしています。これらの業界で働いていた人が職を失ったり、将来に不安を感じたりして転職を考え始めるケースは十分にあり得る。
奥武山さん: でも、製造業や卸売業で働いていた人が介護に来てくれるものですか?
江尾社労士: ここが発想の転換どころです。介護職は「介護の経験者しかできない」と思われがちですが、初任者研修は最短1ヶ月で取得可能ですし、無資格でも補助的な業務から始められます。製造業で培った「決められた手順を正確にこなす力」、卸売業で鍛えた「コミュニケーション力」、どちらも介護の現場で活きます。
奥武山さん: 未経験者をどう迎え入れるかの仕組みが大事になりますね。
江尾社労士: その通り。「未経験歓迎」と書くだけでなく、「入社後3ヶ月間は先輩職員がマンツーマンで指導」「初任者研修の受講費用は法人が全額負担」「資格取得後は月額○円の手当を支給」といった具体的なサポート体制を示すことで、異業種からの転職者の不安を解消できます。
奥武山さん: 今日もたくさん学びました。前回は全体像、今回は「誰と戦っているのか」「いつ動くべきか」が見えてきました。
江尾社労士: 今日の話をりくりゅう会さんの文脈でまとめると、3つのアクションに落とし込めます。
1つ目は、「1月から3月の採用攻勢」です。3月は充足率34.5%と年間最高のマッチングチャンス。今すぐ求人票を磨き上げて、このゴールデンタイムに間に合わせましょう。
2つ目は、「異業種からの転職者を歓迎するメッセージを出す」ことです。宿泊・飲食の求人が縮小している今、接客経験を持つ転職希望者が市場に出てきています。「ホテルやレストランでの経験が介護で活きる」というメッセージと、資格取得支援などの具体的なサポート体制をセットで打ち出す。
3つ目は、「パートから正社員への架け橋を制度化する」ことです。パートの充足率21.1%は正社員の倍以上。まずはパートで入ってもらい、お互いを知ったうえで正社員転換を提案するルートは、未経験者やブランクのある方にとって安心感があります。りくりゅう会さんの既存の登用実績を数字で示すことが信頼につながります。
奥武山さん: ありがとうございます。次回はいよいよ求人票の書き直しですね。うちの介護職員の求人票を持って伺いますので、バッサリ斬ってください。
江尾社労士: バッサリ斬りますよ。楽しみにしています。