対話で読みとく カスタマーハラスメント ── 市町村社会福祉協議会編
「その一言は、苦情かハラスメントか」
七月の終わり、島の夜はまだ暑い。事務所の窓の外では、川べりのサガリバナが夜のうちに咲きはじめていた。房になった淡紅色の花は、甘い香りを漂わせ、朝には音もなく散ってしまう。一夜かぎりの花なのだ。今年はデイゴがよく咲いた。「デイゴの花がたくさん咲く年は台風が多い」という言い伝えがある。夏の盛りを前に、江尾事務所には、ある相談が持ち込まれていた。訪ねてきたのは、隣町の社会福祉協議会で働く、顔なじみの職員だったのだ。
さくら 所長、さきほど市の社会福祉協議会の方からお電話がありました。窓口や訪問先で、利用者さんやそのご家族から、きつい言葉を浴びせられる職員が増えているのだそうです。ただ、これがカスタマーハラスメントに当たるのかどうか、現場では判断がつかないと悩んでおられました。
江尾社労士 なるほど、社協のカスハラですか。これは、いま多くの社協が直面している、たいへん難しい問題です。まず前提を確認しましょう。市町村社会福祉協議会は、社会福祉法第109条に位置づけられた、地域福祉の推進を図る民間の団体です。社会福祉法人でありながら、行政と手を組んで、地域の最後のセーフティネットを担っています。
さくら 民間の団体なのに、公的な役割を持っているのですね。
江尾社労士 そのとおりです。この「民間だが公的」という二面性が、社協のカスハラを特別なものにしています。一般の会社であれば、あまりに理不尽な相手には、取引をお断りするという選択ができます。しかし、社協が向き合う相手は、生活に困っている方、高齢の方、障害のある方など、支援をどうしても必要としている住民です。簡単には、お断りができないのです。
なぜ社協のカスハラは特別なのか ── 断れないという宿命
さくら 支援を切るわけにいかない、という事情があるのですね。
江尾社労士 ええ。ここに、社協ならではの相克があります。一方には、働く人の心と体を守る義務があります。これは労働契約法第5条の安全配慮義務です。使用者は、労働者が安全に働けるよう、必要な配慮をしなければならないと定められています。他方には、支援を続けなければならないという福祉の使命があります。この二つが、正面からぶつかるのです。
さくら 守らなければならないものが、二つある。だから板挟みになるのですね。
江尾社労士 そうなのです。しかも住民の側にも、独特の意識が生まれやすい。「公的な機関なのだから、対応して当たり前だ」「税金や寄付で成り立っているのだろう」という受け止めです。この意識につけこむ形で、暴言や過大な要求が繰り返されることがあります。
さくら 「福祉なのだから」「困っているのだから」と言われると、職員さんも強く出られないのですね。
江尾社労士 そこが落とし穴です。福祉の現場には、どんな言葉も受け止めてしまう優しさがあります。ただし、その優しさに甘えて、職員が一人で際限なく抱え込むと、ハラスメントは静かにエスカレートしていきます。まず押さえておきたいのは、社協の事業は幅が広く、カスハラの現れ方も事業ごとに違うということです。
さくら たとえば、どのような場面があるのでしょうか。
江尾社労士 日常生活自立支援事業では、通帳をお預かりして金銭管理を手伝います。ここでは「自分の金なのに、なぜ自由に下ろせないのか」という衝突が起きます。生活福祉資金の貸付や、コロナ禍の特例貸付の返済案内では、審査の却下や返済の求めに対して、怒号や執拗な抗議が寄せられます。訪問介護やデイサービスでは、利用者の自宅という閉じた空間で、契約にない家事を強いられたり、暴言や体への接触を受けたりします。総合相談の窓口では、長時間の電話や居座り、さらには職員個人を狙ったインターネット上の中傷まで起こるのです。
さくら 同じカスハラでも、事業によってまったく姿が違うのですね。
判別の物差し ── 「内容の妥当性」と「手段の相当性」の二軸
さくら 所長、いちばん知りたいのはここなのです。どこまでが正当な苦情で、どこからがカスハラになるのでしょうか。
江尾社労士 とても大事な問いです。ここで、担当者一人の気持ちに頼ってはいけません。厚生労働省の「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」が、ひとつの物差しを示しています。二つの軸で考えるのです。一つめは、要求の「内容」に妥当性があるかどうか。二つめは、要求を通そうとする「手段や態様」が、社会通念上ふさわしいかどうかです。
さくら 内容と手段を、それぞれ分けて見るのですね。
江尾社労士 そのとおりです。内容にも妥当性があり、手段も冷静であれば、それは正当な要望や苦情です。真摯に受け止め、サービスの改善につなげるべきものになります。ところが、たとえ要求の内容に一理あっても、それを通す手段が暴言や恫喝、長時間の拘束であれば、話は変わります。手段の不相当さによって、その言動はハラスメントに変質するのです。
さくら 内容が正しければ、多少きつい言い方をしても許される、というわけではないのですね。
江尾社労士 そこが肝心です。現場は、つい「言っていることは正しいのだから」と、内容の妥当性にばかり気を取られます。そのあいだに、手段の不相当さを正す対応が遅れてしまう。逆に、内容そのものが不当であっても、穏やかな口ぶりであれば、それは悪質なクレームや過大要求として、理由を説明して丁寧にお断りすればよいのです。
さくら 内容と手段は、それぞれ別に見きわめる。この二軸を頭に置いておけば、ぶれにくいのですね。
江尾社労士 ええ。「暴言を受けたかどうか」ではなく、「内容は妥当か」「手段は相当か」と問い直す。この物差しがあれば、感情に流されずに判断できます。では、この物差しを持ったうえで、判断に迷う場面を一つずつ見ていきましょう。
グレーゾーン@ 病気や障害の症状か、意図的な攻撃か
さくら 最初にうかがいたいのは、認知症の方や、精神障害のある方からの暴言です。これは、カスハラと考えてよいのでしょうか。
江尾社労士 これが、社協でもっとも判断の難しい場面です。厚生労働省の考え方では、認知症の行動・心理症状、いわゆるBPSDや、精神障害、発達障害の特性として現れた言動は、意思にもとづく不当な攻撃とは区別すべきだとされています。ご本人に、他人を害してやろうという意図がないからです。
さくら 症状として出ている言動は、カスハラとは呼ばない。ご本人を責めることはできない、ということですね。
江尾社労士 そのとおりです。ただし、ここに大きな落とし穴があります。行為者に意図があってもなくても、暴言や暴力を受けた職員の苦痛は、同じように深刻なのです。心も体も傷つきます。
さくら 症状だから仕方ない、と我慢を続けるうちに、職員さんが倒れてしまうのですね。
江尾社労士 実際、そういう例が後を絶ちません。「福祉や介護のプロなのだから、受け止めて当然だ」という空気のなかで、暴言やセクハラに耐え続け、心を病んで休職や退職に追い込まれる。ここで大切なのは、二つの問いを切り分けることです。一つは「行為者に責任を問えるか」という問い。もう一つは「職員の就業環境が害されているか」という問いです。
さくら 責任を問えるか、ということと、職員が傷ついているか、ということは、別々の話なのですね。
江尾社労士 そうなのです。BPSDが原因だと整理されても、職員の安全を守る手立ては、別に打たなければなりません。ご本人を責めないことと、職員を守ることは、両立させるべきものです。具体的には、二人一組での対応に変える、ケアプランを見直す、担当を替える、訪問先から刃物などの危険物を遠ざける。そして、主治医や地域包括支援センター、保健機関と連携して支援を続けます。それでも職員への危害が防げないのであれば、サービスの提供の仕方そのものを見直すことも、検討の対象になります。
さくら 症状だから何もしない、ではなく、ご本人を守りながら職員も守る。そのために手立てを変えるのですね。
江尾社労士 まさにそこが、専門職としての腕の見せどころです。「受容」という言葉を、我慢の言い訳にしてはいけません。
グレーゾーンA 正当な苦情・合理的配慮の求めと、行き過ぎた手段
さくら 次にうかがいたいのは、サービスへの不満や、職員の応対への苦情です。これは当然の権利ですから、カスハラとは言えませんね。
江尾社労士 そのとおりです。サービス内容への不満も、応対への苦情も、正当な権利の行使です。障害者差別解消法にもとづく合理的配慮の求めも、同じく正当なものです。この法律は、令和6年の四月から、民間の事業者にも合理的配慮の提供を義務づけました。ですから、配慮を求めること自体は、まったく正しい行いになります。
さくら 求めていること自体は正しい。では、どこで線が引かれるのでしょうか。
江尾社労士 先ほどの二軸を思い出してください。内容が正しくても、手段が不相当であれば、話は変わります。困窮や不安から、正当な申し出であっても、大声を上げたり、何十回も電話をかけ直したり、何時間も責め立てたりすることがあります。内容に一理あっても、その通し方が脅しや長時間の拘束であれば、それはもう、正当な権利行使の範囲を超えているのです。
さくら 言い分は正しくても、そのぶつけ方が度を越していれば、カスハラになる。
江尾社労士 そうです。ここでの実務のこつは、内容と手段を、その場で分けて扱うことです。「ご要望の中身は、たしかに検討すべき点があります」と内容は受け止める。同時に「ただし、大声や長時間のお電話は控えてください」と、手段には歯止めをかける。この二つを、はっきり分けて伝えるのです。
さくら 中身は受け止めつつ、やり方には線を引く。分けて伝えるのが大事なのですね。
グレーゾーンB 「福祉なら助けて当然」というシャドーワーク要求
さくら 訪問の現場では、契約にない用事を頼まれることも多いと聞きます。同居のご家族の食事づくりや、大掃除まで求められるそうです。
江尾社労士 これは「シャドーワーク」、影の労働などと呼ばれる問題です。公的な福祉制度や介護保険では、提供できるサービスの中身と範囲が、きちんと定められています。ところが、生活の困りごとが複雑になるにつれて、「福祉なのだから、暮らし全体を助けてほしい」という過剰な期待が生まれます。そして、制度の外にある個人的な用事まで求められるのです。
さくら お断りすると、どうなるのでしょうか。
江尾社労士 「福祉のくせに冷たい」「これは人権侵害だ」と、道義的な非難を浴びせられます。職員は罪悪感を覚え、つい引き受けてしまう。こうして、サービスの境界線が少しずつ崩れていきます。この境界線を、専門用語で「バウンダリー」と言います。
さくら 一度引き受けると、次からも当然のように求められて、線がなくなってしまうのですね。
江尾社労士 そのとおりです。ここでも二軸で考えます。制度の外の用事を求めること自体、要求の内容として妥当性がありません。ですから、丁寧に、しかし、きっぱりとお断りするのが筋になります。大切なのは、これを職員個人の判断にしないことです。「担当者さんが冷たいから断られた」という話にしてはいけません。「これは制度上できないことなので、事業所として、どなたにもお引き受けしておりません」と、組織のルールとして伝えるのです。
さくら 個人が断るのではなく、組織として断る。そうすれば、職員さんも守られますね。
江尾社労士 ええ。バウンダリーは、職員を縛る壁ではありません。職員と利用者の双方を守る、大切な枠組みなのです。
グレーゾーンC 自分のお金なのに ── 日常生活自立支援事業の金銭管理
さくら 金銭管理のお話も出ていました。「自分のお金なのに、なぜ自由に下ろせないのか」と迫られると、対応にとても困るそうです。
江尾社労士 日常生活自立支援事業は、判断能力が低下した方の金銭管理を、ご本人との契約にもとづいてお手伝いする事業です。ご本人の暮らしを守るために、支援計画で、月々の生活費の上限などを取り決めています。ですから、計画を超える大きな出金を強く求められても、そのまま応じるわけにはいかないのです。
さくら ご本人の生活を守るための取り決めなのですね。ただ、「自分の金だ」というお気持ちも、もっともに思えます。
江尾社労士 そこが難しいところです。自己決定を尊重する気持ちと、契約にもとづく支援と、この二つの整合が問われます。ここでも二軸で見ましょう。判断能力が変わりやすいことに配慮しつつ、契約で定めた上限を超える出金の求めに、暴言や恫喝が重なれば、それは手段の不相当なカスハラと見るべきです。お金を下ろしたいという気持ちは受け止める。ただし、暴言には歯止めをかける。この切り分けが要になります。
さくら お気持ちは受け止めても、暴言までは受け入れない。ここでも内容と手段を分けるのですね。
江尾社労士 そのとおりです。そして、こうした金銭に関わる場面ほど、後で「言った、言わない」の争いになりがちです。だからこそ、記録と、複数での対応が欠かせません。この話は、あとでまとめてお伝えします。
グレーゾーンD 「国が配った金をなぜ返す」 ── 貸付償還と揚げ足取り
さくら コロナ禍の特例貸付の返済でも、厳しいやり取りが多いと聞きました。
江尾社労士 生活福祉資金や、コロナ禍で特例的に行われた緊急小口資金、総合支援資金の返済案内は、いま多くの社協にとって重い負担になっています。返済の期日を迎えた方から、「国が配ったような金を、なぜ返さなければならないのか」「社協の説明が分かりにくかったから払えないのだ」と、一方的に社協の落ち度を主張されるのです。
さくら 言葉尻をとらえて責め立てる、いわゆる揚げ足取りですね。
江尾社労士 そうです。ここでも二つの軸で整理します。制度上の決定に異議を申し立てること自体は、自由です。内容としての妥当性を、頭から否定してはいけません。しかし、同じ主張を何度も繰り返し、一回に三十分、一時間と電話で拘束し続けるのであれば、それは手段の不相当な、時間拘束型のカスハラです。窓口の機能が麻痺し、ほかの住民への対応まで遅れてしまいます。
さくら 異議を言うのは自由でも、何時間も拘束するのは行き過ぎ。ここでも手段で線を引くのですね。
江尾社労士 ええ。困っている方を支える福祉の顔と、貸したお金をきちんと管理する事務の顔と、この二つのあいだで、職員は板挟みになります。だからこそ、対応の仕方を個人任せにせず、組織で決めた型を持っておくことが大切になります。
グレーゾーンE 本人ではなく家族から ── 代理型ハラスメント
さくら ここまで利用者ご本人のお話でしたが、ご家族からの言動も多いのでしょうか。
江尾社労士 とても多いのです。行為者は、ご本人だけとはかぎりません。ご家族や、身元引受人などの親族であることが、しばしばあります。ご家族自身が、介護の疲れや、経済的な不安、孤立感を抱えている。その余裕のなさが、引き金になるのです。
さくら ご家族もまた、追い詰められているのですね。
江尾社労士 そうなのです。だからこそ、ここは慎重な見きわめが要ります。過大なサービスの要求や、「担当を替えろ」「あの職員を辞めさせろ」といった人事への介入、必要な医療や入院を拒む干渉などが起こります。ご家族の背景に思いを寄せることと、不当な要求に線を引くことは、やはり両立させるべきものです。人事の処分を求めたり、土下座を強いたりすることは、要求の内容そのものが社会通念上ふさわしくありません。ためらわず、不当要求と判断してよいのです。
さくら ご家族の事情はくみ取りながらも、要求の中身が行き過ぎていれば、はっきりカスハラと見るのですね。
個人で抱えない ── 組織的・面的対応へ
さくら 判別の物差しは、よく分かりました。では、実際に対応するときは、何から始めればよいのでしょうか。
江尾社労士 いちばん避けるべきは、現場の担当者に対応を丸投げすることです。従来の福祉の現場は、職員個人の柔軟さや優しさに頼ってきました。その結果、一人で抱え込み、心を病む職員が目立ちました。ここから、個人頼みの対応を、組織で受け止める「面」の対応へと、構えを変える必要があります。
さくら 一人で受け止めるのではなく、組織で受け止める。そのために、何を整えればよいのでしょうか。
江尾社労士 四つあります。一つめは、組織としての方針を、文章にして掲げることです。会長や事務局長といったトップの名前で「カスタマーハラスメント対応基本方針」を定め、館内の掲示やホームページで、住民の皆さんに広く示します。利用者の人権を尊重して真摯に応じる姿勢を示しつつ、職員の人格を傷つける言動には、組織として毅然と対応すると、はっきり宣言するのです。
さくら まず、組織の構えを、外に向けて示すのですね。
江尾社労士 二つめは、客観的な記録を残すことです。判断に迷うグレーゾーンの事案ほど、事実の記録が命綱になります。いつ、どこで、誰が、どのような言動をしたか。固定電話には自動録音の仕組みを入れて、あらかじめ録音する旨をお伝えしておく。訪問や窓口では、できるかぎり複数で対応し、終わった直後に記録を作って、組織で共有します。
さくら 記録と、複数での対応が要になるのですね。先ほどの金銭のお話にもつながります。
江尾社労士 そのとおりです。三つめは、段階を踏んで引き継ぐことです。カスハラが疑われたら、初めは冷静に事実を確かめます。相手の興奮が収まらず、暴言が出たら、すみやかに管理職へ交代します。そして、病気や障害の影響なのか、意図的なカスハラなのか判断がつかないときは、担当者だけで抱え込まず、ケース検討会を開くのです。管理職や、権利擁護の担当者、ケアマネジャー、主治医、地域包括支援センターなどが加わって、みんなで見立てます。
さくら 一人の目ではなく、みんなの目で見立てる。それがケース検討会なのですね。
江尾社労士 ええ。検討の結果、症状の影響が強いと分かれば、ケアプランの見直しや、二人体制、担当替え、危険物を遠ざけるといった手立てをとり、医療や保健と連携して支援を続けます。逆に、意図的な不当要求だと分かれば、「これ以上、暴言や不当な要求が続くようでしたら、対応を打ち切ります」と、決まった言い方で警告します。それでも改まらなければ、組織として対応を中止します。
さくら 契約をお断りすることも、あるのでしょうか。
江尾社労士 あります。ただし、そこは慎重に運びます。介護保険のサービスには応諾義務があり、「正当な理由」なくお断りしてはならないと、運営基準に定められています。ですから、契約を解除するときは、この「正当な理由」を満たすように整えます。ハラスメントが続いていること、危害の重大さ、代わりの支援を検討したこと。これらを組織として文章に残し、手続きを進めるのです。
さくら きちんと理由を積み上げて、記録に残したうえで、初めてお断りできるのですね。
江尾社労士 そのとおりです。そして四つめが、外の専門機関とつながることです。社協だけでは手に負えない悪質な事例や、犯罪にあたる行為には、警察、弁護士、私たち社会保険労務士、自治体の福祉窓口と、あらかじめ連携の線を引いておきます。体への攻撃や、強要、居座りには、ためらわず警察に通報します。法的な対立になれば、弁護士を通して窓口を一本化します。
職員を守るという原点 ── 安全配慮義務と令和8年の義務化
さくら 最後に、被害を受けた職員さんへのケアも、うかがいたいのです。
江尾社労士 そこがいちばん大切です。被害を受けた職員には、担当をすぐに替え、産業医や外部のカウンセリングによる心のケアを、何よりも優先します。そして、絶対にしてはならないのが、「あなたの対応が悪かったから、こうなったのだ」と、職員個人の責任を問うことです。
さくら 職員さんを責めては、いけないのですね。
江尾社労士 決して責めてはいけません。組織全体で働く人を守る。この姿勢を、はっきり示すことが、傷ついた職場を立て直す土台になります。思い出してください。すべての出発点は、労働契約法第5条の安全配慮義務です。使用者は、職員が安全に働けるよう配慮しなければなりません。これは、努力目標ではなく、法律上の義務なのです。
さくら 守ることは、優しさではなく、義務なのですね。
江尾社労士 そうです。しかも、この流れは、いっそう強まります。改正された労働施策総合推進法によって、令和8年、二千二十六年の十月から、事業主にカスタマーハラスメント対策が義務づけられます。相談の窓口を整え、被害者を守り、再発を防ぐ。これが、法律上の措置義務になるのです。
さくら あと二か月ほどで、義務化が始まるのですね。社協にとっても、待ったなしですね。
江尾社労士 そのとおりです。ですから、いま相談をくださった社協は、とてもよい時機に動き出したことになります。方針を掲げ、記録の仕組みを整え、ケース検討会と外部連携の線を引く。この準備を、義務化の前に進めておくのです。
社会保険労務士 江尻育弘
参照した法令・ガイドライン
・社会福祉法第109条(市町村社会福祉協議会の位置づけ)。主な関連トラブル:社協の公人性と拒否不可能性。
・労働契約法第5条(安全配慮義務)。主な関連トラブル:職員の抱え込み、休職・離職。
・障害者差別解消法(合理的配慮の提供義務、令和6年4月から事業者も義務化)。主な関連トラブル:合理的配慮の求めと手段の不相当性。
・改正労働施策総合推進法(カスタマーハラスメント対策の措置義務、令和8年〔2026年〕10月施行)。主な関連トラブル:相談体制の整備、被害者保護。
・指定居宅サービス等の運営基準(応諾義務と「正当な理由」)。主な関連トラブル:サービス提供の中止・契約解除。
・厚生労働省「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」。主な関連トラブル:要求内容の妥当性と手段・態様の相当性による判定。