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増加する退職金制度見直しニーズ

― 全国の「二極化」と沖縄の、いわば「流動性トラップ」を読み解く ―

江尾社労士 × てだこ社長(株式会社あっぱれ商事)対話シミュレーション

資料出所:東京商工リサーチ「2026年 退職金に関するアンケート調査」(2026/6/17

■ てだこ社長

江尾先生、先日の賃金制度の話の続きになりますが、うちの退職金制度についても相談させてください。正直、20年前に作ったまま一度も見直していないのです。最近、同業の社長仲間から「うちは退職金を廃止した」という話を聞いて驚きました。

■ 江尾社労士

てだこ社長、いいタイミングでのご相談です。実はちょうど先日、東京商工リサーチが全国6,473社を対象とした退職金に関する大規模調査を公表しました。今日はその全国データに加えて、沖縄県の労働条件等実態調査のデータも重ね合わせて、全国と沖縄で何が同じで何が違うのかを整理しながらお話しします。

■ てだこ社長

沖縄は全国と事情が違うという話はよく聞きますが、退職金でもそうなのですか。

■ 江尾社労士

結論から言うと、「退職金制度を見直すべき」という大きな流れは全国も沖縄も共通です。しかし、見直しの前提となる制度の普及率、給付形態、そして従業員の行動パターンが沖縄は全国とかなり異なっています。ここを理解しないまま全国のトレンドを鵜呑みにすると、沖縄の企業に合わない制度設計をしてしまうリスクがあります。

1. 【共通点】増額と廃止の同時進行 ― 全国でも沖縄でも

■ 江尾社労士

まず全国の状況から見ましょう。東京商工リサーチの調査によると、退職金制度を「変更していない」企業が72.51%と大多数ですが、退職金の増額・新規導入・導入検討を合わせると約10.91%、逆に減額・廃止・廃止検討を合わせると約2.83%です。増額と廃止が同時に進む「二極化」が鮮明になっています。

区分

全企業(6,473社)

中小企業(5,999社)

変更していない

72.51%

71.74%

増額・導入・検討 計

10.91%

11.05%

減額・廃止・検討 計

2.83%

2.85%

資料出所:東京商工リサーチ「2026年 退職金に関するアンケート調査」(2026/6/17

■ てだこ社長

増額と廃止の比率は41くらいですか。方向が正反対なのに同時に増えているのは不思議ですね。

■ 江尾社労士

どちらも目的は同じ「安定的な人材確保」です。増額する企業は退職金を手厚くして人材をつなぎ止めようとしている。廃止する企業はその原資を月給に回して目の前の採用競争力を高めようとしている。この構図は全国も沖縄も変わりません。沖縄でも、建設業で退職金を充実させる動きがある一方、IT・コールセンター系企業では退職金よりも月給を重視する傾向があります。

▶ 退職金制度の「増額」と「廃止」は、いずれも人材確保という同じ経営課題への異なるアプローチ。この二極化の構図は全国も沖縄も共通している。

2. 【相違点@】沖縄では約4社に1社が退職金制度を持っていない

■ 江尾社労士

ここからが沖縄の特殊事情です。沖縄県の労働条件等実態調査によると、県内事業所で退職金制度が「ある」と回答した割合は約76%にとどまり、約24%の事業所には制度そのものが存在しません。制度を導入していない企業が挙げる理由の圧倒的多数は「退職金を支払う余裕がない」という財務的要因で、65.1%に達しています。

■ てだこ社長

4社に1社が退職金なし……。全国ではどうなのですか。

■ 江尾社労士

全国の東京商工リサーチ調査では、「2023年以前から退職金制度はなく、導入の予定もない」と回答した企業は全体の13.71%、中小企業に限っても14.31%です。沖縄の約24%と比べると10ポイント近い差があります。沖縄県内の事業所は従業員30人未満の小規模層が6割以上を占めており、この企業規模の小ささが退職金制度の未導入率の高さに直結しています。

■ てだこ社長

うちは退職金制度があるだけまだマシということですか。

■ 江尾社労士

制度が「ある」こと自体が採用面でのアドバンテージになり得るのが沖縄の実態です。ただし、制度がある事業所の中でも、給付形態に大きな違いがあります。これが次のポイントです。

⚠ 沖縄では約24%の事業所に退職金制度が存在しない(全国は約14%)。主因は小規模事業所の多さと財務的制約。「制度がある」こと自体が沖縄では差別化要因になる。

3. 【相違点A】一時金依存70% ― 全国の年金併用型との断絶

■ 江尾社労士

退職金制度の「形態」を比べると、沖縄と全国の違いがさらに鮮明になります。

制度形態

沖縄県内企業

経団連加盟企業(大企業中心)

退職一時金制度のみ

70.0%

15.9%

一時金と年金制度の併用

13.5%

66.1%

資料出所:沖縄県労働条件等実態調査報告書(H23)、経団連「退職金・年金に関する実態調査」(2021)。調査対象・母集団が異なるため単純比較には留意が必要

■ てだこ社長

全国では年金併用が66%なのに、沖縄は一時金のみが70%。完全に逆転していますね。

■ 江尾社労士

はい。県内企業の多くが長期的な年金運用リスクを負う体力を欠いており、退職時の一時金による都度支払いに頼らざるを得ない実態があります。これは前回の賃金の話とも通じますが、沖縄の中小企業はそもそもの利益水準が低いため、将来の年金支払いを確約する余裕がないのですね。だからこそ、確定拠出年金(DC)の導入が沖縄の中小企業にとっては現実的な選択肢になるのです。DCなら企業側の運用リスクは発生しませんから。

▶ 沖縄は退職一時金のみの割合が経団連加盟企業(大企業中心)の約4.4倍。企業側に年金運用リスクを負う体力がないため、確定拠出年金(DC)への移行が全国以上に合理的な選択肢となる。

4. 【相違点B】沖縄の「流動性トラップ」― 全退職者最下位、定年退職者4

■ 江尾社労士

ここが沖縄の退職金事情で最も興味深い、そして最も深刻なデータです。公務員の退職金を例にとると、全退職者を対象とした平均退職手当支給額で、沖縄県は575.8万円と全国47都道府県で最下位です。ところが、対象を「60歳定年退職者」に限定すると、沖縄県は2,281.1万円で全国第4位に跳ね上がります。

■ てだこ社長

最下位と4……。同じ県のデータとは思えないですね。なぜそんなことが起きるのですか。

■ 江尾社労士

沖縄県の早期離職率の高さが原因です。厚生労働省「新規学卒就職者の離職状況」の直近公表値によれば、就職後3年以内の離職率は全国平均と比べて高卒者で11.5ポイント、大卒者で7.3ポイント高い。多くの労働者が短期間で離職するため、自己都合退職の低い支給率が適用され、全退職者の平均が大幅に押し下げられます。一方、数は少ないけれど定年まで勤め上げた人は、全国トップクラスの手厚い退職金を受け取る。これがいわば「流動性トラップ」とも言える構造です。

区分

沖縄県

全国順位

全退職者の平均退職手当

575.8万円

47位(最下位)

60歳定年退職者の平均退職手当

2,281.1万円

4

資料出所:総務省「地方公務員給与実態調査」に基づく都道府県別集計(一般行政職)

■ てだこ社長

うちの会社でも、5年以内に辞める人が多い。定年まで残るのは本当にごく一部です。ということは、大多数の従業員は退職金の恩恵をほとんど受けていないということですね。

■ 江尾社労士

まさにそのとおりです。しかも税制面でも格差が広がります。退職所得控除は勤続20年を超えると1年あたりの控除額が40万円から70万円に増えるので、長期勤続者は税制上も優遇される。短期離職を繰り返す人はこの恩恵を受けられず、実質的な手取り格差がさらに開く構造になっています。

⚠ 沖縄の「流動性トラップ」:早期離職率の高さが退職金の恩恵を薄め、長期勤続者との格差を拡大させている。退職所得控除の税制構造がこの格差をさらに増幅する。

5. 【処方箋】全国共通の施策と沖縄に必要な「+α

■ 江尾社労士

ここまでの話を踏まえて、あっぱれ商事さんの退職金制度をどう見直すかを考えましょう。まず全国共通の施策として、基本給連動型からポイント制への移行と、確定拠出年金(DC)との組み合わせがあります。前回お話しした初任給23万円への引き上げは、基本給連動型の退職金制度のもとでは将来の退職金原資も自動的に膨らませてしまいますから、ポイント制への移行でこのリスクを遮断することが第一歩です。

■ てだこ社長

それは全国でも沖縄でも同じ話ですね。沖縄ならではの「+α」というのは何ですか。

■ 江尾社労士

沖縄の場合、3つの追加的な視点が必要です。1つ目は「ポータビリティの確保」です。転職が当たり前の沖縄の労働市場では、特定の企業に定年まで勤めることを前提とした退職一時金制度は機能しにくい。中退共やDCのように、転職しても積立資産を引き継げる仕組みを組み込むことで、「辞めても損しない」設計にする。これが流動性トラップの緩和につながります。

■ てだこ社長

「辞めたら退職金が目減りする」という設計は、沖縄では逆効果になりかねないということですか。

■ 江尾社労士

そのとおりです。全国の建設業のように長期勤続が前提の業種なら、勤続年数に応じた傾斜配分は合理的です。しかし沖縄の実態として早期離職率が高い以上、「長く勤めないと損をする」設計だけでは、大多数の従業員に「どうせ退職金はもらえない」と思わせてしまい、定着のインセンティブとして機能しません。

■ 江尾社労士

2つ目は「今の手取り」とのバランスです。沖縄県「労働条件等実態調査」によると、県内の退職金制度の導入率は86.2%ある一方で、労働者が最も望んでいる福利厚生は「住宅手当・家族手当」で、その導入率はわずか21.5%です。将来の退職金に原資を積むよりも、今の生活を支える手当のほうが切実に求められているのですね。

■ てだこ社長

確かに、うちの若手社員からも「退職金より家賃補助がほしい」という声があります。沖縄は車社会ですし、家賃も昔に比べてだいぶ上がっていますからね。

■ 江尾社労士

だからこそ、退職金の原資を一部前払い化して月給に組み込み、その分にDCへの拠出オプションをつけるという設計が沖縄の中小企業には特に合っています。従業員は「今の手取りを増やす」か「将来のために積み立てる」かを自分で選べる。どちらを選んでも不利にならない仕組みにすることがポイントです。

■ 江尾社労士

3つ目は「制度があること自体の訴求」です。沖縄では約4社に1社に退職金制度がない。逆に言えば、制度を持っていること、しかもDCの選択肢まで用意していることは、採用の現場で明確な差別化要因になります。求人票に「退職金制度あり(確定拠出年金選択可)」と書けるかどうかは、特に経験者の中途採用で大きな差になりますよ。

▶ 沖縄の中小企業に必要な退職金設計の3要素:@ポータビリティ(転職しても積立を引き継げる仕組み)、A「今の手取り」とのバランス(前払い+DC選択制)、B制度の存在自体を採用の武器にする訴求力。

まとめ ― 全国と沖縄、同じこと・違うこと

■ 江尾社労士

今日の話を整理しましょう。全国と沖縄で「同じこと」は、退職金制度の見直しが人材確保の文脈で急増していること、増額と廃止の二極化が進んでいること、そしてポイント制+DCの組み合わせが主流になりつつあることです。

■ 江尾社労士

一方、沖縄で「違うこと」は3つあります。1つ目は、そもそも約4社に1社に退職金制度がないこと。2つ目は、制度がある企業でも一時金のみが70%で、年金併用型が極めて少ないこと。3つ目は、早期離職率の高さが「流動性トラップ」を生み、大多数の労働者が退職金の恩恵を受けられていないこと。この3つの「違い」を理解したうえで制度を設計しないと、全国の成功事例をそのまま持ち込んでもうまくいきません。

■ てだこ社長

全国のトレンドを参考にしつつ、沖縄の実態に合わせた設計が必要だということですね。前回の賃金制度の話とも、初任給引き上げの影響という点でつながっている。

■ 江尾社労士

その通りです。次回は、あっぱれ商事さんの現行の退職金規程と従業員データをもとに、ポイント制への移行案とDC導入の具体的なシミュレーションをお見せします。退職金規程と、従業員名簿(入社年月日・等級・基本給)をお送りいただけますか。

■ てだこ社長

わかりました。さっそく総務部長に用意させます。ありがとうございます。

 
社会保険労務士 江尻育弘