・職種変更の異動を拒否された場合の対応
・成績不振の課長を降格させるための手順
・育児中の社員が出張を断ったときの配慮と対応
「異動を拒否された」「成績不振の課長を降格したい」「育児中の社員が出張を断った」──人事の現場で直面する典型的なトラブルです。会社には人事権がありますが、それは無制限ではありません。就業規則に書いてあるからといって何でも一方的にできるわけではなく、採用時の約束、社員の事情、法律上の配慮義務など、様々な要素を考慮して慎重に判断する必要があります。
今回は、株式会社あっぱれ商事の人事部総務課で働く画猫さんが、顧問の江尾社労士のもとを訪れました。「異動、出張および役職の任命・解任」に関する3つのトラブルを通じて、就業規則の読み方を学んでいきましょう。
江尾社労士:社会保険労務士として20年以上のキャリアを持つベテラン。
画猫さん:株式会社あっぱれ商事の人事部総務課に所属して3年目。
画猫さん:「江尾先生、今日は異動や役職のことでご相談があります。実は営業部のAさんを製造部に異動させようとしたら、『絶対に嫌です』って強く拒否されてしまって…」
江尾社労士:「よくある相談ですね。就業規則を一緒に見てみましょう。第6条を見てください。『業務の都合により、正社員に異動を命じることがある』と書いてありますね。この規定があれば会社には異動命令権があります」
画猫さん:「では自由に異動を命じられるんですか?」
江尾社労士:「そう単純ではありません。入社時に『営業職として採用』と職種を限定していた場合、製造部への異動は本人の同意が必要になることがあります。採用時の労働契約書や求人票を確認してください。『営業職として採用』なのか『総合職として採用』なのかで対応が変わります。もし営業職限定なら、第6条2項にあるように『労働条件の変更』として本人と協議が必要です」
画猫さん:「営業課長のBさんを降格させたいんです。成績が悪くて、部下からの苦情も多くて…」
江尾社労士:「第8条を見てください。『業務の都合により、役職について任命または解任を命じることがある』とありますね。ただし降格は大きな不利益なので慎重な対応が必要です。まず賃金規程を確認しましょう。課長手当はどう定められていますか?」
画猫さん:「第13条に『役職手当は、職責に任命した者に対して月額で支払う』とあり、課長は3万円です」
江尾社労士:「『職責に任命した者に対して』という文言があれば、解任時に手当を支給しなくなる根拠になります。ただし『業務の都合』が客観的に認められる必要があります。Bさんの具体的な状況と、これまでの指導記録はありますか?」
画猫さん:「成績は半年ずっと目標の7割程度です。口頭では何度か注意しましたが記録は残していません…」
江尾社労士:「そこが問題です。いきなり降格すると『改善の機会も与えられなかった』と訴えられるリスクがあります。まずBさんと面談して『3か月で成績を目標の90%まで回復』など明確な改善目標を設定し、月1回の進捗面談を行って記録を残します。それでも改善されなかった段階で初めて降格を検討できます。つまり、@就業規則と賃金規程の定め、A客観的な問題点の記録、B事前指導と改善機会、C指導記録、D本人への説明、これらすべてが必要なんです」
画猫さん:「Dさんに東京へ1週間の出張を命じたいんですが、『1歳の子どもがいて妻も仕事をしているので無理です』と断られました」
江尾社労士:「第7条に『業務の都合により会社外への出張を命じることがある』とあります。ただし育児や介護をしている社員には配慮が必要です。その出張は本当にDさんでなければできませんか?期間の短縮はできませんか?」
画猫さん:「商談自体は2日あれば終わるかもしれません」
江尾社労士:「まず業務内容を精査してください。商談に2日で十分なら、出張自体を2泊3日に設定するのが適切です。これは育児への配慮というより、業務の合理化です。その上で、Dさんと出張時期を相談して、配偶者が休みを取りやすい日程を探るなど、可能な範囲で調整を図ります。育児・介護休業法では『配慮する義務』が定められていますが、『絶対に出張させてはいけない』わけではありません。重要なのは、業務上の必要性を基準に判断し、その上で可能な配慮を行い、その経緯を記録に残すことです」
江尾社労士:「今日お話ししたポイントは、第一に異動命令権は会社にありますが採用時の契約内容や社員の事情で制限されること、第二に降格には事前の指導と改善機会の付与が必要なこと、第三に出張を命じる際は育児や介護をしている社員への配慮義務があることです」
画猫さん:「一方的に命令するのではなく、事前の指導やコミュニケーションが重要なんですね」
江尾社労士:「その通りです。就業規則に書いてあるからといって何でも一方的にできるわけではありません。特に降格は事前の指導記録が重要です。Bさんは改善目標を設定して3か月様子を見てから判断しましょう。社員との信頼関係を大切にしながら、業務上の必要性と個人の事情のバランスを取ることが円滑な人事管理の秘訣です」
画猫さん:「ありがとうございます。Aさんの採用契約書を確認し、Bさんには改善目標を示して面談を始めます。Dさんの出張も期間を調整できないか話し合います」
人事異動は、業務上の必要性と社員の納得の両方が揃って初めてうまくいくものです。就業規則は会社のルールブックですが、同時に社員との約束事でもあることを忘れてはいけません。
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条文番号 |
条文タイトル |
主な関連トラブル |
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第6条 |
異動 |
トラブル1 |
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第7条 |
出張 |
トラブル3 |
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第8条 |
役職の任命・解任 |
トラブル2 |
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第13条 |
役職手当(賃金規程) |
トラブル2 |
社会保険労務士 江尻育弘