労務よもやま相談室
パート・有期雇用労働法をめぐる疑義照会から学ぶ
〜実例に学ぶ、待遇差の「説明できる/できない」〜
さくら:先生、「同一労働同一賃金」とか「不合理な待遇差」とよく聞くのですが、正直、どこまでが許されてどこからがアウトなのか、よく分からないのです。
江尾社労士:良いところに気づきましたね。実は労働局と厚生労働省本省のあいだでは、「このケースはどう判断すべきか」という解釈のやりとり(疑義照会といいます)が数多く交わされています。行政の現場で実際に積み重ねられた判断の記録なのです。今日はその実例をいくつか取り上げて、判断のものさしを一緒に身につけましょう。
さくら:実例があると分かりやすいです。お願いします!
1 まずは大原則 — 「待遇の性質・目的」に照らして考える
江尾社労士:個別の論点に入る前に、土台となる考え方を押さえましょう。パート・有期雇用労働法(以下「パ有法」)第8条は、正社員とパート・有期労働者との間に「不合理な待遇差」を設けることを禁止しています。
さくら:待遇差をつけること自体が禁止なのですか?
江尾社労士:いいえ、そこが肝心です。差をつけること自体が禁止なのではなく、その差が「不合理」であることが禁止なのです。では何が不合理かというと——その待遇(手当や休暇など)が「何のためにあるのか(性質・目的)」に照らして、職務の内容や責任、転勤の有無などの違いで説明がつくかどうか、で判断します。
さくら:つまり、その手当の目的を考えて、目的に照らして正社員とパートで差をつける理由があるか、ということですね。
江尾社労士:そのとおりです。たとえば通勤手当の目的は「通勤費の補填」ですよね。通勤にかかる費用は、正社員かパートかで変わるものではありません。だから目的に照らせば差をつける理由がない=不合理となりやすいのです。逆に、賞与のように成果や貢献への評価という目的なら、職務内容の違いで差がつくこともあり得ます。
2 慶弔休暇 — 「振替で対応できるか」が分かれ目
さくら:照会の中で、慶弔休暇の話がいちばん多いですね。正社員にだけ慶弔休暇を与えて、パートには与えない、というのはダメなのですか?
江尾社労士:慶弔休暇の目的は「仕事を離れて慶弔行事に参加すること」です。冠婚葬祭は雇用形態に関係なく誰にでも起こるライフイベントですよね。だから目的に照らせば、パートにだけ与えないのは原則として不合理、というのが基本線です。
さくら:でも、パートは出勤日が少ないから、別の日に振り替えればいいのでは、という会社の考え方もありそうです。
江尾社労士:鋭いですね。そこがまさに分かれ目です。ガイドラインは、正社員と同じ出勤日が設定されているパート・有期には正社員同様に付与し、所定労働日数が少ない人には勤務日の振替で対応することを基本としています。振替が難しいときだけ慶弔休暇を付与する、という整理です。
さくら:ということは、週5日のパートさんがいるのに慶弔休暇を与えていなかったら、それはアウトですね。
江尾社労士:そうなります。実際の照会でも、契約上の休日に勤務日を振り替えるような運用は「振替が可能とは言いがたい」とされました。正社員と振替の難しさが変わらないなら、それを理由に差をつけることはできない、という判断です。
さくら:有給か無給か、という差はどうなのですか?
江尾社労士:良い質問です。日数だけでなく「有給か無給か(給与保障)」も待遇に含まれます。慶弔行事に参加する必要性や給与保障の必要性は雇用形態で変わらないので、正社員だけ有給・パートは無給、という差も原則として不合理とされた事例があります。
3 通勤手当 — 原則は同一、でも例外もある
さくら:通勤手当も照会が多いですね。さっき、通勤費は雇用形態で変わらないから差をつけるのは不合理、というお話でした。
江尾社労士:基本はそのとおりです。ただし「支給方法を勤務日数に応じて変える」こと自体は不合理ではないとされています。正社員は月額の定期代、パートは日額×出勤日数、という整理は問題ありません。
さくら:では、何が問題になるのですか?
江尾社労士:計算の仕組みによって、パートの1日あたりの単価が正社員より低くなってしまうケースです。たとえば正社員の年間所定労働日数で割って日額を出すと、実際にはそこまで出勤しない正社員と比べて、パートの単価が常に下回ってしまう。これは支給基準が実質的に異なるとして不合理と判断されました。
さくら:例外もあるとおっしゃっていましたが?
江尾社労士:はい、スポットワーカー(スキマバイト)の通勤手当が典型例です。アプリで応募した時点で契約が成立し、会社は当日出勤するまで通勤経路が分かりません。上限なしにすると遠方から旅行がてら応募して通勤費を得る人が出かねない。近隣からの応募を想定して上限額を設けることには合理性がある、として「その他の事情」として勘案され、不合理とまではいえないと判断されました。
さくら:働き方の特殊性が、判断に影響するのですね。
江尾社労士:そこが大事なところです。原則は同一でも、その手当の目的と、働き方の実態を具体的に照らし合わせる。これがブレない姿勢です。
4 家族手当・福利厚生 — 「誰のための、何のため」を問う
さくら:家族手当を正社員にだけ払う、というのはどうですか?
江尾社労士:家族手当の目的は、扶養家族を持つ人の生活補助・費用補填です。この必要性は雇用形態で変わりません。だから、扶養家族がいて、相応に継続して勤務が見込まれるパート・有期労働者にだけ支給しないのは不合理とされています。
さくら:「正社員は長く働くから」という理由ではダメなのですね。
江尾社労士:生活保障や継続雇用の確保という目的だとしても、パート・有期でも継続的な勤務が見込まれるなら同じ趣旨が当てはまります。ただし、契約更新を繰り返していないなど継続的な勤務が見込まれない場合は、対象外とすることが不合理でないケースもあります。
「共済会・親睦会」が運営しているものは対象外?
さくら:照会の中に、慶弔金の原資が親睦会費だから対象外、という話がありました。
江尾社労士:施行通達では、事業主ではなく労使が運営する共済会等が実施しているものは、パ有法8条の「待遇」の対象とならないとされています。不妊治療の費用補助をグループの共済事業として行う事例では、対象外と整理されました。
さくら:では、親睦会と名前がついていれば何でも対象外ですか?
江尾社労士:そこは要注意です。名前ではなく実態で見ます。運営資金の負担割合や加入対象、制度運営の決定権限などを見て、事業主が実質的に運営していると判断されれば「待遇」とみなされる可能性があります。内規や決算の実態を確認することが欠かせません。
5 ここにも「待遇」は及ぶ — 定年・休暇も同じものさし
さくら:待遇って、手当や休暇以外にもあるのですか?
江尾社労士:はい。「定年」も待遇に含まれると判断されています。正社員とパートで定年年齢に差を設ける場合、単に非正規だからという理由なら8条違反になり得ます。ただし、高年齢者雇用安定法上、65歳まで雇用が確保される措置どうしであれば、実質的な差がないと判断される余地もあります。
さくら:生理休暇や子の看護等休暇はどうですか?
江尾社労士:どちらも目的からみて雇用形態で必要性が変わらない休暇です。生理休暇を正社員だけ有給・パートは無給とするのは、職務内容の違いでは説明がつかず不合理とされました。子の看護等休暇も、子の世話という目的に照らせば、業務内容や転勤の有無の違いは差を正当化する理由になりません。
6 正社員転換措置 — 「機会が来たら周知」がポイント
さくら:パ有法には、パートを正社員に転換する仕組みを作る義務もあるのですよね。
江尾社労士:そうです。パ有法第13条が、事業主に通常の労働者への転換推進措置を講じることを義務づけています。正社員を募集するときにパート・有期にも周知する、社内公募する、といった措置です。
さくら:「うちは小規模で正社員を雇う予定がない」という会社は、措置を講じなくてもいいのですか?
江尾社労士:実際にそういう照会がありました。比較対象となる正社員が全くいない場合、措置を講じる実効性に乏しく、ただちに違反とはいえないとされました。ただし「今後、正社員を募集する機会が来たら措置を講じる予定だ」とあらかじめ周知することが求められます。
さくら:やっていない場合は違反ですか?
江尾社労士:施行通達で求められる「あらかじめの周知」をしていない場合、ただちに法第18条違反(指導)にはならないものの、第19条助言の対象になる、という整理です。定年後の再雇用者については、定年年齢を下回る人を対象に措置を講じていれば義務を果たしたことになります。
7 労働条件の明示 — 通知書と実態のズレに注意
さくら:最後に、労働条件通知書の話もありましたね。
江尾社労士:パ有法第6条は、昇給・退職手当・賞与の有無や相談窓口を文書で明示するよう求めています。そして明示した内容を事実と異なるものにしてはいけない(則第2条第2項)。ここでいう「事実と異なる」は、意図の有無に関係なく、実態とズレていることを指します。
さくら:たとえば「賞与あり」と書いてあるのに実態は「なし」だったら?
江尾社労士:それは事実と異なる記載として則第2条第2項違反です。逆に「賞与なし」と書いてあって実態が「業績により支払われる場合がある」なら、そう書き添えることが望ましいとされます。
江尾社労士:ポイントは、「労働者に不利益がないから」では済まされないということ。明示制度は短時間・有期労働者にとって重要な事項を確実に伝えるためのものなので、実態に合わせて正しく記載することが基本です。
★ 今日のまとめ
さくら:先生、今日でだいぶ判断のものさしが見えてきました。
江尾社労士:では最後に、全体を貫く3つの問いで締めましょう。迷ったら、この3つに立ち返ってください。
江尾社労士:通勤手当も慶弔休暇も家族手当も、入口はすべてこの3つです。「正社員だから」は理由になりません。目的にさかのぼって、雇用形態の違いで説明がつくかを具体的に考える——これさえ身につけば、たいていの場面で道を踏み外しません。
さくら:ありがとうございます!顧問先からの相談にも、自信を持って向き合えそうです。
江尾社労士:その意気です。制度を見直すときは、不利益変更への配慮や労使での話し合いも忘れずに。困ったらいつでも相談してくださいね。
✓ 自社で点検 — 待遇差セルフチェックリスト
読み終えたら、自社の制度に当てはめてみましょう。一つでも気になる項目があれば、見直しの出発点になります。
□ 【慶弔休暇】正社員と同じ週5日勤務のパート・有期に、慶弔休暇を付与しているか。出勤日数が少ない人は、振替で対応できているか。
□ 【給与保障】慶弔休暇など特別休暇の有給・無給の扱いが、正社員とパート・有期で分かれていないか。
□ 【通勤手当】支給方法を日数単位に変えている場合でも、1日あたりの単価は正社員と揃っているか。
□ 【家族手当】扶養家族がいて継続的な勤務が見込まれるパート・有期を、支給対象から外していないか。
□ 【福利厚生】共済会・親睦会の形をとる給付について、実態として会社が運営していないか(運営すると「待遇」とみなされる場合がある)。
□ 【定年・休暇】正社員とパート・有期で、定年年齢や生理休暇・子の看護等休暇の扱いに、目的で説明できない差がないか。
□ 【正社員転換】正社員募集時にパート・有期へ周知する仕組みがあるか。当面募集予定がなくても「機会が来たら周知する」と告知しているか。
□ 【労働条件明示】労働条件通知書の昇給・賞与・退職手当の記載が、実態とズレていないか。
※ チェックがついた項目は、待遇の目的にさかのぼって「雇用形態の違いが差の理由になるか」を点検し、必要に応じて制度の見直しをご検討ください。判断に迷う場合は、社会保険労務士江尻事務所までお気軽にお問い合わせください。
※ 本資料は、労働局と厚生労働省本省のあいだで交わされたパート・有期雇用労働法に関する疑義照会の内容をもとに、要点を対話形式で分かりやすく整理したものです。個別の事案の判断は、実態に応じて異なります。具体的な制度設計・是正対応にあたっては、必ず最新の法令・施行通達・ガイドラインをご確認のうえ、社会保険労務士江尻事務所までご相談ください。