舞台:株式会社あっぱれ商事(沖縄) | 江尾(えび)社労士〈緑〉/画猫(がねこ)さん〈橙〉
七月も下旬にさしかかると、沖縄はいよいよ台風の季節を迎える。抜けるような青空の一方で、南の海上には、雲の渦が静かに生まれ始める頃だ。「夏が本番を迎えると、島は台風とともに生きる」と、古くから言い伝えられてきた。あっぱれ商事の総務課の窓の向こうにも、遠い水平線に入道雲が高くそびえている。その午後、江尾社労士は三度目の相談に応じるべく、画猫さんのもとを訪れた。
本シリーズも、いよいよ最終回です。第1話の通勤手当、第2話の家族手当に続き、第3話では住宅手当を取り上げます。住宅手当は「転勤があるかどうか」で結論が分かれる、少し奥の深い手当になります。同じ不支給でも、会社によって合理にも不合理にもなり得ます。
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本シリーズで取り上げる三つの手当 第1話 通勤手当 ── 実費補償という考え方 第2話 家族手当(扶養手当) ── 継続勤務の見込みが分かれ目 ▶ 第3話 住宅手当 ── 転勤の有無が分かれ目 |
画猫さん|先生、最後は住宅手当のご相談です。当社では正社員だけに住宅手当を支給し、契約社員のAさんたちには支給していません。あっぱれ商事は、正社員も含めて全員が沖縄県内の勤務で、転勤はありません。通勤手当や家族手当のお話を伺ったあとですと、これも問題がある気がしてきました。
江尾社労士|そのご懸念は、当たっているかもしれません。ただし住宅手当は、少し事情が特殊です。まず性質から確認しましょう。住宅手当は、従業員の住宅費用の負担を補助する手当です。
画猫さん|生活に関わる手当という点では、家族手当に近いですね。
江尾社労士|近いといえます。ただし、判例上の最大の分かれ目は「転勤(転居を伴う配転)があるために、住宅費が多額になり得るか」です。ここになります。
画猫さん|転勤、なのですね。住宅費と転勤とは、どうつながるのでしょうか。
江尾社労士|転勤のある正社員は、会社の都合で引っ越しを求められます。自分で住む場所を自由に選べず、赴任先の家賃を負担することもあります。ですから、住宅費が多額になりやすいのです。そうした正社員側の事情に着目して支給する手当だ、と判例は捉えています。
江尾社労士|住宅手当は、実はガイドラインに記載がありません。ですから、判例で判断されています。まず有名なのが、ハマキョウレックス事件の最高裁です。
画猫さん|通勤手当のときにも出てきた事件ですね。
江尾社労士|同じ事件です。ただし住宅手当については結論が逆で、「不合理とはいえない」と判断されました。理由は、正社員には転居を伴う配転が予定されており、住宅費が多額となり得るからです。
画猫さん|同じ判決でも、通勤手当は不合理、住宅手当は不合理でない、と分かれたのですね。
江尾社労士|そこが同一労働同一賃金の興味深いところで、手当ごとに、その性質・目的に照らして別々に判断されるからです。一方で、逆向きの裁判例もあります。日本郵便(東京)事件の控訴審は、転勤のない正社員との比較で、住居手当の不支給を「不合理」と判断しました。この部分は、上告不受理で確定しています。
画猫さん|正反対に見えるのですが。
江尾社労士|矛盾ではありません。分かれ目は「転勤があるかどうか」です。転勤がある会社であれば不支給も合理的になり得ますし、転勤がない会社であれば不支給は不合理になりやすいのです。同じ住宅手当でも、会社の実態で結論が変わります。
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住宅手当のポイント(確信度:確実〜蓋然性高) ・ハマキョウレックス事件最高裁:転勤で住宅費が多額になり得る正社員への支給は不合理でない。 ・日本郵便(東京)事件控訴審:転勤のない正社員との比較では、不支給を不合理と判断(確定)。 ・分かれ目は「転居を伴う配転(転勤)があるか」。 |
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⚠ 見直し推奨:不合理と判断されるリスクが高い状態です 正社員全員に支給し、契約社員には不支給。全員が沖縄県内の地域限定で勤務しており、転勤はない。契約更新を重ねた長期勤続者がいる。 転勤がない会社で正社員のみに支給する取扱いは、不合理と判断されるリスクが高い状態です。 |
画猫さん|当社は、まさに転勤なし、全員が沖縄県内の勤務です。ということは、正社員だけに支給する理由がない、ということになるのでしょうか。
江尾社労士|残念ながら、そのリスクが高いといえます。転勤がなければ「住宅費が多額となり得る」という正社員側の事情が存在しません。すると住宅手当の趣旨(住宅費の補助)は、雇用区分を問わず同じようにあてはまってしまいます。「正社員だから」という理由だけでは、支えきれないのです。
江尾社労士|方向性は、三つ考えられます。
一つ目は、支給要件を「転居を伴う配転が予定される者」など、手当の趣旨に対応した客観的要件に改めることです。転勤の有無で線を引き直します。もし本当に誰も転勤しないのであれば、雇用区分を問わず同一支給を検討することになります。
画猫さん|「正社員だから」ではなく「転勤があるから」で書き直す、ということですね。
江尾社労士|そのとおりです。二つ目は、経過措置として、段階的な支給拡大を選択肢とすることです。たとえば、勤続○年以上のパート・契約社員から先行して適用していきます。
三つ目は、廃止したり、基本給などへ組み替えて再配分する方法です。ただし、これは注意が必要になります。
画猫さん|また、不利益変更の問題でしょうか。
江尾社労士|そのとおりです。住宅手当を廃止・減額して基本給に振り替えるような場合は、労働契約法9条・10条の不利益変更の問題が、別途生じます。「揃えるために下げる」ときは、労使の手続を慎重に踏む必要があります。
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避けるべき設計(リスクのある差異) ・転勤の実態がないのに「転勤の可能性」を理由にした不支給。 ・同じく転勤のない限定正社員には支給し、パート・契約社員には支給しない設計。 |
画猫さん|「可能性がある」だけでは、認められないのですね。
江尾社労士|実態が伴っていないと、厳しいといえます。就業規則には「転勤あり」と書いてあるのに、何年も誰も転勤していない、という会社は多いのです。その建前だけでは、住宅手当の差を説明しきれません。実態を見られる、とお考えください。
江尾社労士|住宅手当でも、長期勤続者の存在は効いてきます。日本郵便事件の最高裁は「相応に継続的な勤務が見込まれる」ことを重視しました。契約更新を重ねた長期勤続のパート・契約社員がいると、待遇差が不合理と判断されやすくなる方向に働きます。
江尾社労士|そして、共通ルールの確認です。パート有期法8条は、@職務の内容、A職務の内容・配置の変更の範囲、Bその他の事情を、手当ごとに、その性質・目的に照らして判断します。Aの「配置の変更の範囲」に、まさに転勤の有無が入ってきます。
画猫さん|住宅手当は、Aの要素が直結する手当ということですね。
江尾社労士|よく整理できています。最後に、待遇差を維持する場合は、説明書面(パート有期法14条2項対応)の準備をしておきましょう。そして規程を見直すときは、支給要件を「雇用区分」ではなく客観的要件(転勤の有無、勤続年数など)で書きます。これが、三話を通じた共通の原則になります。
画猫さん|通勤手当・家族手当・住宅手当。三つとも「雇用区分で線を引かず、趣旨に沿った客観的要件で書く」に行き着くのですね。
江尾社労士|それが、このシリーズの結論です。手当の性質を見極めて、その性質に合った要件で規程を書く。ここさえ押さえれば、同一労働同一賃金は恐れることはありません。
・ハマキョウレックス事件・最二小判平成30年6月1日(皆勤手当・通勤手当・給食手当・無事故手当・作業手当の相違は不合理、住宅手当は不合理でないと判断)
・日本郵便(東京)事件・控訴審(転勤のない正社員との比較で住居手当の不支給を不合理と判断、この部分は上告不受理で確定)
・長澤運輸事件・最二小判平成30年6月1日(定年後再雇用の嘱託乗務員。住宅手当・家族手当・役付手当等は不合理でないと判断)
・パート有期法(短時間労働者及び有期雇用労働者の雇用管理の改善等に関する法律)第8条〔不合理な待遇の禁止〕・第14条2項〔説明義務〕/労働契約法第9条・第10条〔就業規則による労働条件の不利益変更〕
同一労働同一賃金への対応や、就業規則・賃金規程の見直しでお困りの際は、江尻まで気軽にご相談ください。
確信度の表示
確実=ガイドライン明示・最高裁判例あり/蓋然性高=下級審裁判例・通達・判例の射程からの評価/推論=手当の性質からの類推。
【ご利用上の注意】本資料は一般的な法解釈に基づく参考情報であり、法的助言ではありません。不合理性の判断は、個別の事情(職務の内容、配置変更の範囲、労使交渉の経緯その他の事情)により結論が変わり得ます。制度改定の際は、社会保険労務士・弁護士にご相談ください。
社会保険労務士 江尻育弘