・同僚に頼んで出勤打刻を代行させていた社員への対応
・個人のSNSで事実と異なる会社批判を投稿した社員への対応
・顧客リストを個人メールに転送していた社員への対応
「遅刻扱いが嫌で同僚に打刻を頼んだ」「個人のSNSに会社の愚痴を書いた」「自宅で仕事を進めたくて顧客データを個人メールに送った」──どれも悪意のない行動に見えますが、就業規則の服務規定に照らすと、いずれも重大な問題になり得ます。
服務規定は、学校でいう「校則」のようなものです。会社で働くときの基本的なルールが定められており、「正直に働く義務」「職場環境を守る義務」「情報を守る義務」「会社の信用を守る義務」という柱で構成されています。
今回は、株式会社あっぱれ商事の人事部総務課で働く画猫さんが、顧問の江尾社労士のもとを訪れました。「服務」に関する3つのトラブルを通じて、就業規則の読み方を学んでいきましょう。
江尾社労士:社会保険労務士として20年以上のキャリアを持つベテラン。
画猫さん:株式会社あっぱれ商事の人事部総務課に所属して3年目。
画猫さん:「先生、困ったことが起きました。営業部のAさんが、同僚のBさんに頼んで出勤の打刻を代わりにしてもらっていたことが発覚しました。Aさんは『遅刻扱いになるのが嫌だった』と言っています」
江尾社労士:「これは典型的な服務規律違反ですね。まず第23条を見てみましょう。『正社員は、始業時刻、終業時刻、休憩時間を厳守し、所定の方法に従って、出退勤の時刻を自らが正確に記録しなければならない』と書いてあります」
画猫さん:「『自らが』と書いてありますね。他の人に頼んではいけないということですか」
江尾社労士:「その通りです。そして第27条第8号も確認してください。『労働時間に関する記録を正確に行い、時間外労働および休日労働について適切に申告すること』とあります」
画猫さん:「なるほど。労働時間の記録を正確にするのは社員の義務なんですね」
江尾社労士:「はい。さらに第27条第9号も関係します。『会社に申告すべき事項および各種届出事項について正確かつ誠実に申告すること』とあります」
画猫さん:「Aさんは嘘の申告をしていたことになりますね」
江尾社労士:「そうです。代理打刻は、出勤時刻という『申告すべき事項』を偽る行為です。これは会社との信頼関係を損なう重大な問題です。ところで、頼まれて打刻したBさんはどうでしょう?」
画猫さん:「Bさんも問題になりますか?」
江尾社労士:「第28条第5号を見てください。『他者に対して規則遵守の重要性を伝え、職場秩序の維持に協力すること』とあります。Bさんは『協力』どころか、ルール違反に加担してしまいました。両者とも服務規定違反として、段階的な指導が必要です。まずは事実確認を行い、口頭注意から始めて、改善が見られなければ書面での注意に進みましょう」
画猫さん:「もう一件相談があります。経理部のCさんが、個人のSNSで『うちの会社は残業代をちゃんと払わない』と投稿していました。実際には残業代は適正に支払っているのですが…」
江尾社労士:「これは第30条と第31条に関わる問題ですね。まず第30条第2号を確認しましょう。『ソーシャルメディア等での情報発信については、会社や他者の信用を維持するよう適切な内容で行うこと。また、会社が削除を求めた情報については速やかに削除すること』とあります」
画猫さん:「SNSの使い方についてもルールがあるんですね」
江尾社労士:「はい。そして第31条第1号も見てください。『法令を遵守し、他者に対して敬意を持って接し、誠実な行動を取ること』とあります。事実と異なる内容を公に発信することは『誠実な行動』とは言えません。会社の社会的信用を傷つける可能性があります」
画猫さん:「Cさんにはどう対応すればいいですか?」
江尾社労士:「まずCさんと面談して、なぜそのような投稿をしたのか理由を聞きましょう。残業代の計算方法について誤解があるかもしれません。その上で、事実を説明し、投稿の削除を求めます。第30条第2号に基づいて、会社は削除を求めることができます」
画猫さん:「もしCさんが『プライベートのSNSだから自由だ』と言ったらどうしますか?」
江尾社労士:「個人のSNSであっても、会社の信用に関わる発信には責任が伴います。ただし、いきなり厳しい処分をするのではなく、丁寧に説明して理解を求めることが大切です。Cさんが何か不満を抱えているサインかもしれないので、その点も確認してください」
画猫さん:「最後にもう一件。開発部のDさんが、顧客リストを個人のメールアドレスに送っていたことがわかりました。Dさんは『自宅で仕事を進めたかっただけ』と言っています」
江尾社労士:「これは情報セキュリティに関する重大な問題です。第29条を確認しましょう。第1号に『業務上で知り得た情報について適切な管理を行い、情報保護規程に従って取り扱うこと』、第2号に『会社の機密情報、個人情報、顧客情報等について、在職中および退職後においても適切な管理を行い、会社の情報保護規程に従って取り扱うこと』とあります」
画猫さん:「顧客リストは『顧客情報』に該当しますね」
江尾社労士:「はい。さらに第29条第3号も重要です。『会社ならびに取引先などの機密、機密性のある情報、個人情報、顧客情報、企画案、ノウハウ、データ、業務に関する書類またはこれに類する物品などを会社外に持ち出すときは、事前に会社の許可を得ること』とあります」
画猫さん:「Dさんは許可を取っていませんでした」
江尾社労士:「個人メールへの転送は、情報を『会社外に持ち出す』行為に該当します。悪意がなくても、情報漏えいのリスクを高める行為です。たとえば、個人のパソコンがウイルスに感染していたら、顧客情報が外部に流出する可能性があります」
画猫さん:「テレワークの場合はどうなりますか?」
江尾社労士:「第29条第4号に定めがあります。『テレワーク実施時は、業務に関する情報媒体(書類・情報端末など)の適切な管理を行い、第三者による情報漏えいを防止すること』とあります。テレワークであっても、会社が認めた方法で情報を扱う必要があります。Dさんには、なぜこのルールがあるのかを丁寧に説明し、今後は必ず許可を取るよう指導してください。情報漏えいは会社だけでなく、お客様にも大きな被害を与えかねないことを理解してもらいましょう」
江尾社労士:「今日学んだポイントを整理しましょう。第5章の服務規定は、大きく分けて『正直に働く義務』『職場環境を守る義務』『情報を守る義務』『会社の信用を守る義務』という柱があります」
画猫さん:「条文がたくさんありますが、根っこにある考え方は共通しているんですね」
江尾社労士:「その通りです。服務規定は社員を縛るためのものではなく、みんなが気持ちよく働ける職場を作るためのルールです。違反があったときは、まず『なぜそうなったのか』を聞き、ルールの趣旨を説明することから始めてください」
画猫さん:「ありがとうございます。条文を機械的に当てはめるのではなく、背景にある目的を理解することが大切なんですね」
江尾社労士:「そうです。就業規則は『罰を与えるための道具』ではなく、『問題を解決するための道しるべ』として使ってください」
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条文番号 |
条文タイトル |
主な関連トラブル |
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第23条 |
出退勤 |
トラブル1 |
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第27条 |
職務専念義務 |
トラブル1 |
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第28条 |
職場環境維持義務 |
トラブル1 |
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第29条 |
秘密保持義務・情報セキュリティ |
トラブル3 |
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第30条 |
デジタル時代の行動規範 |
トラブル2 |
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第31条 |
信用保持義務・社会的責任 |
トラブル2 |
社会保険労務士 江尻育弘