・「研修に行きたくない」と拒否する社員への対応
・外部セミナー参加を命じられた社員が「自分のマナーが悪いと言われている」と不満を持ったケース
・研修中にケガをした社員の労災認定
・土曜日に実施する研修の賃金処理
「研修に行きたくない」と言う社員がいます。突然の拒否に戸惑う上司もいます。会社が命じる教育には、どこまで強制力があるのでしょうか。また、研修中のケガは労災になるのか、休日に実施する研修には割増賃金が必要なのか──教育にまつわる疑問は意外と多いものです。
今回は、株式会社あっぱれ商事の人事部総務課で働く画猫さんが、顧問の江尾社労士のもとを訪れました。「教育」に関する4つのトラブルを通じて、就業規則の読み方を学んでいきましょう。
江尾社労士:社会保険労務士として20年以上のキャリアを持つベテラン。
画猫さん:株式会社あっぱれ商事の人事部総務課に所属して3年目。
画猫さん:「江尾先生、困ったことが起きました。来週から始まる安全衛生研修に、製造部のAさんが『忙しいから行きたくない』と言っているんです。上司のBさんも『本人が嫌がっているなら無理強いできないのでは』と悩んでいて…」
江尾社労士:「なるほど、よくある相談ですね。まず確認したいのですが、この研修は会社として業務命令として出しているものですか?」
画猫さん:「はい、フォークリフトを使う部署なので、毎年必ず受けてもらう研修です」
江尾社労士:「それなら、就業規則の第38条を見てみましょう。ここには『会社は正社員の技能、知識、教養、従事する業務に必要な安全および衛生に関する知識を向上させるため、必要に応じて教育を行い、または外部の教育に参加させることがある』と書いてあります」
画猫さん:「つまり、会社には社員を教育する権限があるということですね」
江尾社労士:「そのとおりです。さらに大事なのは続きの部分です。『この場合、会社が認める正当な理由がない限り、これを拒むことはできない』とあります。『忙しい』というのは、通常は正当な理由とは認められません。特に安全衛生に関わる研修は、本人だけでなく周囲の安全にも関わりますから」
画猫さん:「では、Aさんには『業務命令だから参加してください』と伝えていいんですね」
江尾社労士:「はい。ただし、伝え方は工夫しましょう。『規則で決まっているから』と押し付けるのではなく、『あなたの安全を守るため、そして職場全体の安全のために必要な研修です』と、目的をきちんと説明することが大切です。納得感があれば、本人のモチベーションも変わってきますよ」
画猫さん:「もう一つ相談があります。営業部のCさんに、会社が費用を出して外部のビジネスマナーセミナーに参加するよう伝えたところ、『自分のマナーが悪いと言われているみたいで嫌だ』と怒ってしまったんです」
江尾社労士:「Cさんの気持ちもわかりますね。『なぜ自分が?』と思うのは自然な反応です。まず、この研修を命じた理由は何ですか?」
画猫さん:「実は、お客様から『電話対応がぶっきらぼうだ』というクレームが数件あったんです。上司のDさんとしては、Cさんの成長のために参加させたいと考えていて…」
江尾社労士:「なるほど。第38条では『技能、知識、教養』を向上させるための教育も会社が命じることができると定めています。ビジネスマナーは『教養』や『技能』に該当しますので、会社として研修を命じること自体は問題ありません」
画猫さん:「でも、Cさんは『自分は選ばれた』と感じてしまっているようで…」
江尾社労士:「そこが大事なポイントです。研修を『罰』ではなく『投資』として伝えましょう。『会社があなたに期待しているからこそ、スキルアップの機会を用意した』という姿勢で説明するのです。また、クレームの件は事実として伝えつつも、『これを乗り越えれば、さらに活躍できる』と前向きなメッセージを添えてください」
画猫さん:「研修って、ネガティブに受け取られがちですよね」
江尾社労士:「そうなんです。だからこそ、教育を命じる側の伝え方が重要です。第38条は会社に教育を命じる権限を与えていますが、その権限を効果的に使うには、社員の気持ちに寄り添ったコミュニケーションが欠かせません。規則は『使い方』で効果が大きく変わるんですよ」
画猫さん:「先日、外部の研修施設で行われた安全講習中に、社員のEさんが階段で転んでケガをしました。これは労災になるのでしょうか?」
江尾社労士:「研修が会社の業務命令で行われたものであれば、研修中のケガは原則として労災の対象になります。第38条に基づいて会社が命じた教育に参加している最中ですから、業務遂行中と認められます」
画猫さん:「では、労災の手続きを進めればいいんですね」
江尾社労士:「はい。ただし、注意点があります。たとえば、研修の休憩時間中に個人的な用事で外出してケガをした場合は、業務との関連性が薄くなるため、労災と認められない可能性があります。Eさんの場合は研修施設内での移動中ということなので、業務起因性が認められやすいでしょう」
画猫さん:「研修も『仕事の一部』ということですね」
江尾社労士:「そのとおりです。会社が命じた研修は労働時間として扱われますし、その間に起きた事故は労災の対象になり得ます。だからこそ、研修を実施する際には、安全な環境を整える配慮も会社の責任として求められるんです」
画猫さん:「最後にもう一つ。来月、土曜日に全社員参加の研修を予定しているのですが、社員のFさんから『土曜日は休みなのに、残業代は出るんですか?』と質問がありました」
江尾社労士:「良い質問ですね。第38条の教育命令は、当然ながら労働時間に関するルールと合わせて考える必要があります。会社が命じた研修への参加は労働時間にカウントされます。土曜日が所定休日であれば、その日に研修を行うと休日労働になります」
画猫さん:「つまり、割増賃金を払う必要があるということですか?」
江尾社労士:「就業規則の第12条や第13条に時間外労働・休日労働の規定がありますね。法定休日に労働させた場合は35%以上の割増賃金、法定外休日でも週40時間を超えれば25%以上の割増賃金が必要です。研修だから特別扱いというわけではありません」
画猫さん:「研修も通常の業務と同じように、労働時間として管理しないといけないんですね」
江尾社労士:「そのとおりです。第38条は教育を命じる権限を定めていますが、その実施にあたっては、労働時間、賃金、安全配慮といった他の規定との整合性を取ることが大切です。就業規則は各条文がつながっているものですから、一つの条文だけを見るのではなく、全体の中でどう位置づけられているかを意識してくださいね」
画猫さん:「今日もたくさん学びました。ありがとうございます!」
江尾社労士:「教育は会社の成長と社員の成長を両立させる大切な取り組みです。規則を『縛り』ではなく『支え』として活用していきましょう」
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条文番号 |
条文タイトル |
主な関連トラブル |
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第12条 |
時間外労働・休日労働 |
トラブル4 |
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第13条 |
割増賃金 |
トラブル4 |
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第38条 |
教育 |
全トラブル |
社会保険労務士 江尻育弘