・遅刻・欠勤を繰り返す社員への段階的な懲戒対応と記録の残し方
・ハラスメント行為を行った社員への処分手続きと自宅待機命令の運用
懲戒処分は、社員の人生に大きな影響を与えます。だからこそ、感情的にならず、事実と就業規則に基づいて公正に判断することが求められます。しかし実際の現場では、「口頭で注意はしていたが記録がない」「いきなり重い処分をしていいのか迷う」「ハラスメントの調査中に加害者をどう扱えばいいかわからない」といった悩みが尽きません。
今回は、株式会社あっぱれ商事の人事部総務課で働く画猫さんが、顧問の江尾社労士のもとを訪れました。「表彰、懲戒、自宅待機、損害賠償」に関する2つのトラブルを通じて、就業規則の読み方を学んでいきましょう。
江尾社労士:社会保険労務士として20年以上のキャリアを持つベテラン。
画猫さん:株式会社あっぱれ商事の人事部総務課に所属して3年目。懲戒対応は初めて。
画猫さん:「江尾先生、今日はよろしくお願いします。製造部のAさんのことで相談があります。ここ2カ月で12回も遅刻しているんです。上司のBさんが何度注意しても『すみません』と言うだけで、改善される様子がありません」
江尾社労士:「12回ですか。それは深刻な状況ですね。まず確認したいのですが、Aさんの遅刻の記録と、注意した記録はきちんと残っていますか?」
画猫さん:「タイムカードの記録はあります。ただ、上司のBさんがその都度口頭で注意していたので、指導の記録は残っていません」
江尾社労士:「そこが最初の課題です。懲戒処分を行う場合、『会社として適切な指導を行ったが改善されなかった』という事実を証明する必要があります。口頭の注意だけでは、後で『そんな注意は受けていない』と言われたときに反論できません」
画猫さん:「では、これからどうすればいいでしょうか?」
江尾社労士:「まず、御社の就業規則で、Aさんがどの規定に違反しているかを確認しましょう。第23条(出退勤)を見てください。『正社員は、始業時刻、終業時刻、休憩時間を厳守し、所定の方法に従って、出退勤の時刻を自らが正確に記録しなければならない』とあります」
画猫さん:「始業時刻の厳守は、服務規律として明記されているんですね」
江尾社労士:「そうです。さらに第24条(欠勤、遅刻、早退など)には『正社員が、欠勤、遅刻、早退および私用外出をするときは、事前に届け出なければならない』と定められています。Aさんは事前の届出もなく遅刻を繰り返しているのであれば、この規定にも違反しています」
画猫さん:「第23条と第24条の両方に違反しているということですね」
江尾社労士:「はい。そして、第26条(包括的遵守義務)も重要です。『正社員は、誠実に勤務し、法令、就業規則その他会社が定める諸規程を遵守するとともに、職場秩序の維持と業務の円滑な遂行のため、次条以下に定める各種義務を履行しなければならない』と書かれています。遅刻を繰り返すことは、この『誠実に勤務』する義務にも反します」
画猫さん:「服務規律違反として、複数の条文が根拠になるんですね」
江尾社労士:「その通りです。これらの服務規律違反に対して、どのような処分ができるかを見ていきましょう。第40条(懲戒)には『会社の秩序を保持するため、就業規則その他会社が定めた規則に抵触した正社員に対して、懲戒を行う』とあります。これが懲戒処分の根拠条文です」
画猫さん:「でも、いきなり重い処分をするわけにはいきませんよね?」
江尾社労士:「おっしゃる通りです。第41条(懲戒の種類と内容)に、7段階の処分が定められています。軽い順に、@戒告、Aけん責、B減給、C出勤停止、D降格降職、E諭旨退職、F懲戒解雇、です。懲戒処分の大原則は、軽い処分から始めて、改善されなければ段階的に重くしていくことです」
画猫さん:「Aさんの場合、どの段階から始めるべきでしょうか?」
江尾社労士:「第42条(懲戒の種類と懲戒事由の適用)を見てください。戒告から降格降職までの処分事由として、『会社が認める正当な理由なく、欠勤、遅刻などの不就労を重ねたとき』とあります。Aさんは2カ月で12回も遅刻しているので、この事由に該当します。まだ正式な処分を受けていないなら、戒告から始めるのが適切です」
画猫さん:「戒告の文書には、どのようなことを書けばいいですか?」
江尾社労士:「第41条第1項@では、戒告は『口頭または文書によって将来を戒める』と定義されています。条文上は口頭でも可能ですが、実務上は必ず文書で行ってください。戒告書には、処分の対象となる事実として『○年○月○日から○年○月○日までの間に、合計12回の遅刻があった』と具体的に記載します。該当する条文として、第23条、第24条、第26条、第42条を明記します。そして、処分の内容として『就業規則第41条第1項@に基づき、戒告処分とする』と記載します」
画猫さん:「本人に渡すときは、どのようにすればいいですか?」
江尾社労士:「戒告書は、必ず対面で本人に手渡してください。上司と人事担当者が同席し、なぜこの処分に至ったのか、今後どうしてほしいのかを丁寧に説明します。一方的に書類を渡すのではなく、本人の言い分も聞いてください。『何か事情があるのですか?』『遅刻を繰り返す原因は何だと思いますか?』と問いかけることで、本人に自分の行動を振り返らせます」
画猫さん:「本人が受け取りを拒否したらどうなりますか?」
江尾社労士:「その場合は、本人の面前で戒告書の内容を読み上げ、『受領を拒否された』という記録を残してください。同席者の署名をもらい、日時と状況を詳細にメモしておきます。受け取りを拒否しても、処分の効力には影響しません」
画猫さん:「戒告の後、Aさんが改善しなかったらどうなりますか?」
江尾社労士:「次の段階である『けん責』に進みます。第41条第1項Aに『始末書を提出させるほか、将来を戒める』と定義されています。戒告との違いは、始末書の提出を求める点です。始末書には、何をしたか、なぜそうなったか、今後どうするかを本人の言葉で書いてもらいます」
画猫さん:「始末書の提出を拒否された場合はどうなりますか?」
江尾社労士:「始末書の提出は強制できません。ただし、拒否したこと自体が、反省の態度がないことの証拠になります。『始末書の提出を求めたが、本人が拒否した』という記録を残してください。第44条(加重)に『懲戒処分を受けた後、さらに懲戒に該当する行為をしたとき、または同時に2つ以上の懲戒に該当する行為をしたときは、懲戒を加重することがある』とあります。記録を残しておけば、より重い処分の根拠になります」
画猫さん:「けん責の後も改善しなければ、次は減給ですか?」
江尾社労士:「はい。第41条第1項Bに『始末書を提出させるほか、1回の額が平均賃金の1日分の半額、総額が一賃金支払期における賃金総額の10分の1以内で減給する』とあります。この上限は労働基準法第91条に基づくもので、これを超える減給は違法です」
画猫さん:「減給でも改善しない場合は?」
江尾社労士:「次は出勤停止です。第41条第1項Cに『14労働日以内の出勤停止を命じ、その期間の賃金は支払わない』とあります。ここで重要なのが、第40条第2項の手続きです」
画猫さん:「出勤停止以上の処分には、特別な手続きが必要なのですね」
江尾社労士:「その通りです。第40条第2項には『正社員に対し出勤停止以上の懲戒を行う場合は、事実確認、事情聴取、弁明の機会、異議申し立ての受付などを行い検討し、会社が指名した人を長とした懲罰に関する会議を招集して懲戒の種類を決定する』とあります。本人を呼んで、言い分を聞く機会を必ず設けてください」
画猫さん:「上司のBさんにも何か責任がありますか?」
江尾社労士:「良い質問です。第43条(管理責任)に『懲戒にあたっては、懲戒を受けた正社員の上長の責を問うことがある』とあります。Bさんが適切な指導を怠っていた場合、管理者としての責任を問われる可能性があります」
画猫さん:「段階を踏むことの重要性がよくわかりました」
江尾社労士:「最後に強調しておきたいのは、すべての段階で記録を残すことの重要性です。いつ、誰が、どのような指導をしたか。本人はどう反応したか。これらを時系列で記録しておくことで、万が一訴訟になったときに『会社は適切な手順を踏んで処分した』と証明できます」
画猫さん:「もう一つ相談があります。経理部のCさんが、部下のDさんに対してパワーハラスメントをしているという訴えがありました。Dさんによると、『お前は使えない』『辞めてしまえ』などの暴言を日常的に受けているそうです。Dさんは精神的に参ってしまい、出勤するのが怖いと言っています」
江尾社労士:「それは深刻な問題ですね。まず、ハラスメントに関する就業規則の規定を確認しましょう。第35条(ハラスメント防止・心理的安全性の確保)第1項@に『他者に対して敬意を持って接し、ハラスメントの防止に努め、心理的に安全な職場環境の維持に協力すること』とあります」
画猫さん:「ハラスメント防止は、服務規律として明記されているんですね」
江尾社労士:「そうです。さらに第35条第1項Aには『職場において、全ての従業者が安心して発言し、創造的な活動ができる心理的安全性の確保に努めること』とあります。Dさんが出勤を怖がるほど追い詰められている状況は、この心理的安全性が完全に損なわれています」
画猫さん:「会社としてまず何をすべきですか?」
江尾社労士:「第35条第1項Bに『ハラスメントに対する相談(苦情を含む)を受け付ける窓口は人事部とし、外部相談窓口も設置する』とあります。そしてCに『相談および苦情への対応にあたっては、関係者のプライバシーを保護し、相談者や協力者に対して適切な配慮を行うこと』とあります。Dさんのプライバシーを守りながら、事実関係を調査してください」
画猫さん:「Cさんへの対応はどうすればいいでしょうか? 調査中、Cさんを普通に出勤させておいていいものか悩んでいます」
江尾社労士:「そこで活用できるのが、第45条(自宅待機)です。第1項に『業務上必要があると会社が認めた場合は、その正社員に対し、期限を定めて自宅待機を命じることがある。この場合、正社員は、会社が認める正当な理由がない限り、これを拒むことはできない』とあります」
画猫さん:「自宅待機は懲戒処分とは違うんですね」
江尾社労士:「はい。自宅待機は調査や検討のための一時的な措置であり、懲戒処分ではありません。ハラスメントの調査中に加害者と被害者を同じ職場で働かせることは、被害者にとって大きな精神的負担になります。第35条の心理的安全性を確保するためにも、自宅待機は有効な手段です」
画猫さん:「自宅待機中、Cさんは何をすればいいのでしょうか?」
江尾社労士:「第45条第2項に『自宅待機を命じられた正社員は、所定労働時間中は自宅で待機し、会社が出勤または連絡を求めた場合には直ちに対応できるよう態勢を整えておかなければならない』とあります。会社からの呼び出しにいつでも応じられる状態でいる義務があります」
画猫さん:「自宅待機の期間はどのくらいが適切ですか?」
江尾社労士:「第45条第3項に『自宅待機の期間は短縮または延長することがある』とありますが、合理的な期間に限られます。ハラスメント調査の場合、被害者からの聴取、目撃者からの聴取、加害者からの聴取、証拠の検討、処分の決定、という流れを考えると、2週間から1カ月程度が目安です」
画猫さん:「調査の結果、ハラスメントが認定された場合、どの程度の処分が適切ですか?」
江尾社労士:「第42条を見てください。戒告から降格降職までの処分事由に『ハラスメント行為を行ったとき』が、諭旨退職・懲戒解雇の事由に『重大なハラスメント行為を行ったとき』がそれぞれ定められています。また、第35条第1項Dには『ハラスメント行為を行った者は、懲戒の対象とする』と明記されています」
画猫さん:「CさんのハラスメントでDさんが精神疾患を発症した場合、損害賠償の問題は出てきますか?」
江尾社労士:「第46条(損害賠償)を見てください。『正社員が、故意、過失や違反行為などにより会社に損害を与えた場合は、損害を原状に回復させ、回復に必要な費用の全部または一部を賠償させることがある』とあります。Dさんが休職に追い込まれた場合、会社は代替人員の確保などで損害を被ります。また、『この損害賠償の責任は退職後も免れることはできない』とありますので、Cさんが退職しても責任は残ります」
江尾社労士:「今日は第7章の中でも特に重要な、遅刻を繰り返す社員への段階的対応と、ハラスメント行為への対応について深く学びました」
画猫さん:「まず、懲戒処分は7段階あり、第41条に基づいて軽い処分から段階的に対応することが大原則でした。戒告、けん責、減給、出勤停止、降格降職、諭旨退職、懲戒解雇という順番を踏むことで、『いきなり重い処分をされた』という不満を防げます」
江尾社労士:「そして、出勤停止以上の処分を行う場合は、第40条第2項の適正手続きを必ず踏むことが重要です。事実確認、事情聴取、弁明の機会、懲罰に関する会議、という流れを省略してはいけません」
画猫さん:「ありがとうございました。就業規則の条文をしっかり理解して、適切な対応ができるようになりたいと思います」
江尾社労士:「懲戒処分は、社員の人生に大きな影響を与えます。だからこそ、感情的にならず、事実と就業規則に基づいて、公正に判断することが求められます。困ったときは、遠慮なく専門家に相談してください」
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条文番号 |
条文タイトル |
主な関連トラブル |
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第23条 |
出退勤 |
トラブル1 |
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第24条 |
欠勤、遅刻、早退など |
トラブル1 |
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第26条 |
包括的遵守義務 |
トラブル1 |
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第27条 |
職務専念義務 |
トラブル2 |
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第28条 |
職場環境維持義務 |
トラブル2 |
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第35条 |
ハラスメント防止・心理的安全性の確保 |
トラブル2 |
|
第40条 |
懲戒 |
トラブル1、2 |
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第41条 |
懲戒の種類と内容 |
トラブル1、2 |
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第42条 |
懲戒の種類と懲戒事由の適用 |
トラブル1、2 |
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第43条 |
管理責任 |
トラブル1、2 |
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第44条 |
加重 |
トラブル1、2 |
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第45条 |
自宅待機 |
トラブル2 |
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第46条 |
損害賠償 |
トラブル2 |
社会保険労務士 江尻育弘