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就業規則の読み方・活かし方9

第9章 賃金

今回取り上げる労務問題

・時間外労働手当の正しい計算方法と未払い残業代のリスク

・各種休暇における賃金の有給・無給の違いと従業員への説明責任

・懲戒処分としての減給における法的上限と適正な運用

・欠勤・遅刻時の賃金控除とノーワーク・ノーペイの原則

 

はじめに

「賃金」という言葉を聞いて、皆さんは何を思い浮かべますか? 毎月の給料日、銀行口座に振り込まれる金額、あるいは給与明細に並ぶ数字でしょうか。賃金は、働く人にとって生活の基盤そのものです。だからこそ、賃金をめぐるトラブルは、会社と従業員の信頼関係を根底から揺るがす深刻な問題に発展しやすいのです。

今回は、株式会社あっぱれ商事の人事部総務課で働く画猫さんが、顧問の江尾社労士のもとを訪れました。「賃金」に関する4つのトラブルを通じて、就業規則の読み方と活かし方を学んでいきましょう。

 

登場人物

江尾社労士:社会保険労務士として20年以上のキャリアを持つベテラン。

画猫さん:株式会社あっぱれ商事の人事部総務課に所属して3年目。

 

トラブル1:過去2年分の残業代を計算し直してほしい──時間外労働手当の計算ミス

画猫さん:「江尾先生、今日もよろしくお願いします。実は、うちの会社で大変なことが起きまして

江尾社労士:「どうしました? そんなに深刻な顔をして」

画猫さん:「営業部のAさんから、過去2年分の残業代を計算し直してほしいと申し出があったんです。Aさんが言うには、うちの会社の時間外労働手当の計算が間違っているんじゃないかって

江尾社労士:「なるほど。それは確かに重大な問題ですね。まず、御社の就業規則を確認してみましょう。第56条を見てください」

画猫さん:「第56条には『正社員に対する賃金および賞与に関する事項は、賃金規程で定める』とありますね」

江尾社労士:「そうです。就業規則の第9章『賃金』は、実はこの1条だけなんです。賃金に関する事項は非常に細かく、頻繁に変更が生じることもあります。だから、賃金の詳細は別規程として『賃金規程』を設け、就業規則本体では『賃金規程で定める』と委任しているのです。これを『別規程への委任』と呼びます」

画猫さん:Aさんの主張の内容ですが、毎日1時間程度の残業をしているのに、申請が認められなかった分は時間外手当が支払われていないと言っています。また、支払われている分についても、計算のもとになる基礎賃金が間違っているのではないかと

江尾社労士:「これは二つの問題が混在していますね。一つ目は『実際に働いた時間に対して手当が支払われていない』という問題、二つ目は『支払われている手当の計算方法が間違っている』という問題です。まず一つ目の問題ですが、労働基準法では、会社の指揮命令下で働いた時間はすべて労働時間として扱われます。たとえ事前申請がなくても、上司が残業の事実を知っていて黙認していた場合は、黙示の指示があったとみなされます」

画猫さん:「つまり、申請していないからといって、残業代を払わなくていいわけではないんですね」

江尾社労士:「その通りです。二つ目の計算方法の問題についてですが、基礎賃金に含める手当と含めない手当があります。労働基準法では、家族手当、通勤手当、別居手当、子女教育手当、住宅手当、臨時に支払われた賃金、1カ月を超える期間ごとに支払われる賃金は基礎賃金から除外できるとされています。ただし、名称だけでは判断できません。例えば『住宅手当』でも全員に一律支給していれば基礎賃金に含めなければなりません」

画猫さん:「うちの会社、住宅手当は全員一律で支給しています

江尾社労士:「それは早急に確認が必要ですね。もし計算が間違っていた場合、過去に遡って差額を支払う必要があります。労働基準法上の賃金請求権の時効は3年です。つまり、最大で過去3年分の未払い賃金を請求される可能性があるのです。しかも、Aさんだけの問題ではありません。同じ計算方法を使っている全従業員に影響します」

画猫さん:Aさんの件、どう対応すればいいでしょうか?」

江尾社労士:「まず、賃金規程と実際の計算方法を照合してください。次に、タイムカードやパソコンのログと、残業申請の記録を突き合わせてください。乖離があれば、その原因を調査します。調査の結果、未払いがあれば速やかに精算し、今後の再発防止策を講じる。これが基本的な流れです。そして、これを機に労働時間管理の仕組み自体を見直すことをお勧めします」

 

トラブル2:「生理休暇を取ったら給料が減った」──有給休暇と無給休暇の違い

画猫さん:「江尾先生、次の相談なんですが総務部のBさんから、『生理休暇を取ったら給料が減った。これは差別じゃないか』というクレームがあったんです」

江尾社労士:「これは休暇の種類と賃金の関係について、正しく説明できていなかった可能性がありますね。第15条の年次有給休暇の第9項には『年次有給休暇に対しては、原則として、所定労働時間を労働した場合に支払われる通常の賃金を支払う』とあります。これが『有給』休暇の意味です。では、第18条の生理休暇はどうでしょうか?」

画猫さん:「第18条第2項には『本条の休暇に対する賃金は支払わない』と書いてあります」

江尾社労士:「つまり、生理休暇は『無給』の休暇なのです。休む権利は保障されているけれど、その日の賃金は発生しない。これは差別ではなく、就業規則に明記された取り扱いです。法律は最低基準を定めているだけなので、会社の判断で有給にすることはできますが、御社の就業規則では無給と定められています」

画猫さん:「有給の休暇と無給の休暇の区別を整理すると

江尾社労士:「有給の休暇は、年次有給休暇と特別休暇。無給の休暇は、産前産後休業、生理休暇、母性健康管理のための休暇、育児時間、公民権行使の時間。このように整理すると、従業員にも説明しやすくなります。問題は、Bさんがそれを知らなかったこと。休暇を取得する前に説明する仕組みを作ることが大切です」

画猫さん:「旧盆の時期に『特別休暇で帰省したい』という相談を受けることがあるんですが

江尾社労士:「残念ながら旧盆の帰省は特別休暇の対象には含まれていません。ただし、沖縄では旧盆が非常に重要な行事ですから、福利厚生の一環として『旧盆休暇』のような制度を設けることも検討の余地があります。就業規則は全国一律のテンプレートをそのまま使うのではなく、地域の特性や会社の実情に合わせてカスタマイズすることが大切です」

 

トラブル3:「給料を半分にしろ」──懲戒処分としての減給の上限

画猫さん:「経理部のCさんが、取引先との会食で酔っ払って暴言を吐いてしまったんです。社長が激怒して『給料を半分にしろ』って言うんですけど、そんなことできるんでしょうか?」

江尾社労士:「結論から言うと、『給料を半分にする』ことは、懲戒処分としての減給ではできません。第41条第1Bに『1回の額が平均賃金の1日分の半額、総額が一賃金支払期における賃金総額の10分の1以内で減給する』とあります。この上限は労働基準法第91条に基づく強行規定であり、これを超える減給は違法です」

画猫さん:「社長をどう説得すればいいでしょう

江尾社労士:「社長には、『法律の範囲内でできる最大限の処分を検討します。ただし、手続きを踏まないと、後から処分が無効になるリスクがあります。Cさんが不当な処分だと訴えて、会社が負ければ、かえって社会的な信用を失います』と説明してください。感情的になっている経営者には、冷静にリスクを説明することが効果的です。そして、処分と並行して、Cさんには研修や指導を行うことも大切です。懲戒は制裁であると同時に、再発防止の機会でもあります」

 

トラブル4:「欠勤しても基本給は減らないはずだ」──欠勤控除とノーワーク・ノーペイの原則

画猫さん:「製造部のDさんが、風邪で3日間欠勤したんです。年次有給休暇は使いたくないと言っていて、欠勤扱いになったんですが、『欠勤しても基本給は減らないはずだ』と言っているんです」

江尾社労士:「これは『ノーワーク・ノーペイの原則』に関する問題ですね。労働契約は、労働者が労務を提供し、使用者がその対価として賃金を支払うという双務契約です。労務の提供がなければ、対価としての賃金を請求する権利も発生しません。月給制では毎月決まった額が支払われますが、それは『毎月所定労働日をすべて働くことを前提とした金額』なのです」

画猫さん:「欠勤控除は懲戒としての減給とは違うんですよね?」

江尾社労士:「その通りです。第41条の減給は懲戒処分として賃金を減らすもので法律で上限が定められています。一方、欠勤控除は『労務の提供がなかった分を差し引く』だけであり、懲戒ではありません。だから上限の制約は受けません。ただし、控除の計算方法は合理的でなければなりません」

画猫さん:Dさんにはどう説明すれば?」

江尾社労士:「年次有給休暇は取得しても賃金が減らない休暇です。一方、欠勤は労務の提供がない日であり、その分の賃金は発生しません。有給休暇を使わなかったのはDさんの選択ですが、その結果として賃金が控除されることは受け入れなければなりません。大切なのは、従業員が制度を正しく理解し、自分で選択できる状態にあることです」

 

おわりに

画猫さん:「今日もたくさん学ばせていただきました。賃金のことって、就業規則だけじゃなくて、いろんな条文が関係しているんですね」

江尾社労士:「第9章の『賃金』は条文自体は1条だけですが、賃金に関わる規定は就業規則全体に散らばっています。時間外労働の手当、各種休暇の有給・無給、懲戒としての減給、欠勤時の控除。これらを横断的に理解することで、初めて賃金制度の全体像が見えてきます。就業規則は有機的につながっています。ある問題に直面したとき、関連する条文を探し出して、それらを組み合わせて解釈する力を身につけることが、労務トラブルの予防と解決につながります」

 

参照条文一覧

条文番号

条文タイトル

主な関連トラブル

9

労働時間および休憩時間

トラブル1

12

時間外労働、休日労働および深夜労働

トラブル1

13

時間外労働手当等

トラブル1

15

年次有給休暇

トラブル24

16

特別休暇

トラブル2

17

産前産後休業

トラブル2

18

生理休暇

トラブル2

24

欠勤、遅刻、早退など

トラブル4

27

職務専念義務

トラブル1

31

信用保持義務・社会的責任

トラブル3

40

懲戒

トラブル3

41

懲戒の種類と内容

トラブル3

52

休職

トラブル4

56

賃金および賞与

全トラブル

 

社会保険労務士 江尻育弘