・健康診断の再検査を拒否する従業員への対応と就業制限の可否
・感染症による出勤停止と賃金支払いの問題
・ストレスチェック後の高ストレス者への対応と職場環境改善
「健康診断で再検査と言われたけど、忙しいから行かない」「インフルエンザで休まされたのに給料が出ないのはおかしい」「ストレスチェックで高ストレスと出たけど、面接指導は受けたくない」──安全衛生に関する問題は、従業員の命と健康に直結するだけに、対応を誤ると取り返しのつかない事態を招きかねません。
今回は、株式会社あっぱれ商事の人事部総務課で働く画猫さんが、顧問の江尾社労士のもとを訪れました。「安全および衛生」に関する3つのトラブルを通じて、就業規則の読み方と活かし方を学んでいきましょう。
江尾社労士:社会保険労務士として20年以上のキャリアを持つベテラン。就業規則の作成・改定を専門とし、「規則は会社を守る盾であり、従業員を守る傘でもある」が口癖。穏やかな語り口だが、法令違反には厳しい姿勢を崩さない。
画猫さん:株式会社あっぱれ商事の人事部総務課に所属して3年目。真面目で勉強熱心な性格。最近、労務トラブルの相談が増えてきたことに危機感を覚え、就業規則の理解を深めたいと考えている。
旧正月の雰囲気が残る2月のある日、画猫さんが江尾社労士の事務所を訪れました。
画猫さん:「江尾先生、営業部のEさんが健康診断で『要再検査』判定が出ました。血圧が高くて脳卒中リスクがあると。でもEさんは『自分の体は自分が一番わかっている』と再検査を受けてくれません」
江尾社労士:「第59条『健康診断など』を確認しましょう。第2項には『正社員は、この健康診断の受診を拒否することはできない』とあります。再検査について第4項を見てください」
画猫さん:「『健康診断の結果に異常の所見があった場合には、当該正社員は会社の指定する医療機関による再検査を受診しなければならない』…再検査も義務なんですか」
江尾社労士:「はい。第5項には『正当な理由なく再検査を受診しない場合は、会社は安全配慮義務を果たすために就業禁止の措置をとることがある』とあります」
画猫さん:「就業禁止ですか!」
江尾社労士:「安全配慮義務とは、会社が従業員の生命や身体の安全を守る義務です。Eさんが高血圧を放置して仕事中に倒れたら、営業の外回り中なら交通事故につながる危険もあります」
画猫さん:「就業禁止だと給料はどうなりますか?」
江尾社労士:「再検査を受けないというEさんの自己都合ですから、賃金は支払われないのが原則です。だからいきなり就業禁止ではなく、まず重要性を説明してください。高血圧は『サイレントキラー』と呼ばれ、自覚症状がないまま、ある日突然脳卒中という形で牙をむきます」
画猫さん:「第6項には就業制限の規定もありますね」
江尾社労士:「『会社は安全配慮義務を果たすため、就業場所の変更、作業の転換、労働時間の短縮などをすることがある』と定められています。就業禁止の前に段階的対応も検討できます」
画猫さん:「まずは説明と説得、それでも受診しない場合は就業制限、最終的には就業禁止という段階を踏むということですね」
江尾社労士:「その通りです。そして対応の過程はすべて記録に残してください。会社が安全配慮義務を果たそうとした証拠になります」
画猫さん:「経理部のFさんがインフルエンザで出勤停止を命じたところ、『会社都合で休まされたから給料を全額払ってほしい』と…」
江尾社労士:「第60条『就業禁止』第1項には『正社員が感染症法に定める病等に罹った場合、または出勤させることが不適当と認めた場合は、必要な期間、出勤を禁止することがある』とあります」
画猫さん:「賃金はどうなりますか?」
江尾社労士:「ポイントは『Fさんが労務を提供できる状態だったか』です。高熱で寝込んでいた期間は本人の体調不良で賃金は発生しません。しかし熱が下がった後、Fさんが『働ける』と主張しているのに会社判断で出勤停止にした場合は、休業手当が必要になる可能性があります」
画猫さん:「どう対応すればいいでしょうか?」
江尾社労士:「第1項後半に『在宅等で就業が可能な場合は、在宅勤務等を命じることがある』とあります。経理部なら請求書のチェックや経費精算など、自宅でできる業務もあるでしょう。在宅勤務を命じれば、労務提供してもらえますし、賃金問題も発生しません」
画猫さん:「三方良しの解決策ですね。第2項には同居家族の規定もありますね」
江尾社労士:「『正社員の同居の者が感染症法に定める病等に罹った場合は、直ちに会社へ届け出なければならない』とあります。沖縄では三世代同居も多いですから、おじいちゃんがインフルエンザにかかった場合、孫である従業員も感染の可能性があり、早めの届出が大切です」
画猫さん:「今後のためにも、感染症にかかった場合の対応フローを整備しておいた方がいいですね」
江尾社労士:「出勤停止期間の基準、在宅勤務の可否、賃金の取り扱いなどを事前に明確にしておけば、次に同じケースが起きたときスムーズに対応できます」
画猫さん:「総務部のHさんがストレスチェックで『高ストレス者』と判定されました。でもHさんは『ストレスなんてない。面接指導は受けない』と…」
江尾社労士:「第61条の2第1項に『正社員に対して、毎年1回、医師、保健師などによる心理的な負担の程度を把握するための検査(ストレスチェック)を行う』とあります」
画猫さん:「第2項には『ストレスが高く面接指導が必要と認めた者に対し、当該正社員の申し出により医師による面接指導を行う』とありますね」
江尾社労士:「『申し出により』ですから、Hさんが拒否すれば面接指導は強制できません。結果は本人の同意なく会社に知らされることもありません。もし高ストレス者であることが会社に知られて不利益を受けると恐れれば、正直に回答しなくなります」
画猫さん:「でもHさんのことが心配です。最近ミスが増えて会話も減っています」
江尾社労士:「日常の様子から心配な点があるなら、上司や同僚として声をかけることはできます。ただし『ストレスチェックで高ストレス者だったから』という言い方はしないでください」
画猫さん:「第3項にはどんな規定がありますか?」
江尾社労士:「『医師が必要と認めるときは、会社は就業場所の変更、作業の転換、労働時間の短縮などの措置を命ずることがある』とあります。そしてストレスチェックには職場環境の改善という目的もあります」
画猫さん:「個人のストレスだけでなく、職場全体の問題として捉えるということですか?」
江尾社労士:「その通りです。ストレスチェック結果は、個人が特定されない形で集団分析に活用できます。総務部全体のストレス傾向を分析して、業務量の偏りやコミュニケーションの問題が見えてくることがあります」
画猫さん:「Hさん個人の問題ではなく、総務部の職場環境に問題があるかもしれないということですね」
江尾社労士:「沖縄には『ゆいまーる(相互扶助)』の精神がありますよね。困ったときに助け合う風土があれば、一人で抱え込むことも減るでしょう」
画猫さん:「業務の棚卸しをして負担の集中を確認したり、定期的なチームミーティングでコミュニケーションを増やしたり…」
江尾社労士:「そういった取り組みでHさんの状況が改善されることもありますし、『やっぱり相談してみようかな』と思えるようになるかもしれません。ストレスチェックを『問題のある個人を見つけ出す制度』ではなく、『働きやすい職場を作るためのツール』として活用する。それが本来の目的です」
画猫さん:「安全と衛生って、従業員の命と健康を守るための仕組みなんですね」
江尾社労士:「その通りです。第58条第1項には『正社員は、安全衛生に関する法令および会社の指示を守り、会社と協力して労働災害の防止に努めなければならない』とあります。会社には従業員が安全で健康に働ける環境を整える義務があり、従業員にも自分の健康を守り労働災害を防止する義務があります。この双方向の義務が、安全で健康な職場を作るのです」
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条文番号 |
条文タイトル |
主な関連トラブル |
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第58条 |
遵守事項 |
トラブル1、3 |
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第59条 |
健康診断など |
トラブル1 |
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第60条 |
就業禁止 |
トラブル2 |
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第61条の2 |
ストレスチェック |
トラブル3 |
社会保険労務士 江尻育弘