・職務発明の権利帰属と従業員への「相当の利益」の考え方
・業務で作成した著作物の退職後の取り扱い
・無断で特許申請を行った従業員への対応
「これは俺が考えたアイデアだから、俺のものだ」──職場でこんな声を聞いたことはありませんか? 業務の中で生まれた発明やデザイン。それらは誰のものになるのでしょうか。特許法や著作権法、就業規則が絡み合い、一概に言い切れない世界だからこそトラブルも多いのです。
今回は、株式会社あっぱれ商事の人事部総務課で働く画猫さんが、顧問の江尾社労士のもとを訪れました。「権利義務関係の取扱い」に関する3つのトラブルを通じて、就業規則の読み方を学んでいきましょう。
江尾社労士:社会保険労務士として20年以上のキャリアを持つベテラン。
画猫さん:株式会社あっぱれ商事の人事部総務課に所属して3年目。
沖縄の短い冬が終わり、桜の便りが届き始めた2月。画猫さんは深刻な表情で江尾社労士の事務所を訪れました。
画猫さん:「江尾先生、開発部のAさんが、業務中に開発した製造技術について『自分で特許を取る』と言い出したんです」
江尾社労士:「これは『職務発明』に関する典型的なトラブルですね。第62条『特許および登録』第1項を見てください」
画猫さん:「『正社員が、職務に関連して発明、考案または改良を行った場合には、特許法、実用新案法および意匠法に基づく特許または登録を受ける権利および著作権等はすべて会社に帰属するものとする』…会社のものになるんですね」
江尾社労士:「重要なのは『職務に関連して』という部分です。Aさんが開発部で研究開発を担当し、その業務の中で発明したなら職務発明です。第27条『職務専念義務』第3項も確認しましょう」
画猫さん:「『労働時間中は定められた職務に専念し、職場を離れる際は事前に許可を得ること』とあります」
江尾社労士:「会社は給与を払い、設備を提供している。その中で生まれた発明の権利が会社に帰属するのは当然です。第62条第2項も見てください」
画猫さん:「『前項の発明または考案をした正社員は、会社の許可なく、自ら特許または登録の申請をしてはならない』とあります」
江尾社労士:「Aさんが自分で特許申請しようとすれば就業規則違反です。第26条『包括的遵守義務』で、正社員は就業規則を遵守する義務がありますからね」
画猫さん:「でも、自分が苦労して考えたものを『全部会社のもの』と言われるのは納得しにくいのでは…」
江尾社労士:「良い指摘です。特許法では、職務発明について従業員は『相当の利益』を受ける権利を持ちます。金銭だけでなく、昇進や留学の機会なども含まれます」
画猫さん:「うちの会社にそういう制度はあるんでしょうか…」
江尾社労士:「確認が必要ですね。第4条第2項の『労働契約締結にかかる誓約書』に職務発明の同意条項が含まれているかもしれません。第38条『教育』にあるように、職務発明のルールを定期的に周知することも重要です」
画猫さん:「江尾先生、もう一つ相談があります。デザイナーBさんが来月退職するんですが、『在職中に作った会社のロゴをポートフォリオに載せたい』と言っています」
江尾社労士:「これは『職務著作』の問題です。第62条第1項後半を見てください。『著作権(版権)等はすべて会社に帰属するものとする』とあります」
画猫さん:「著作権も会社のものなんですね」
江尾社労士:「著作権法では、法人の業務に従事する者が職務上作成した著作物は、その法人が著作者になります。退職後に自由に使用できません。第29条『秘密保持義務』第2項を確認しましょう。『会社の機密情報等について、在職中および退職後においても適切な管理を行うこと』とあります。第51条『退職時の留意事項』第3項も見てください」
画猫さん:「『退職後はその情報をいかなる媒体としても保持してはならない』…ダメみたいですね」
江尾社労士:「原則はそうです。しかし『会社の指示に従って』がポイント。会社が許可すれば、条件付きで使用を認めることも可能です。例えば、会社名は伏せる、画像掲載のみ許可、競合他社への転職は不許可、といった条件です」
沖縄の泡盛業界では、県内47の酒造所がそれぞれ独自の製法を持ち、麹の作り方や発酵温度の管理など、各蔵のノウハウは大切な財産として受け継がれています。杜氏や職人が転職する際、前の蔵で習得した技術をどこまで活かせるかという線引きは、伝統産業でも常に意識される問題です。
江尾社労士:「第31条『信用保持義務』も関連します。条件を明確にし、書面で残しておくことをお勧めします」
画猫さん:「江尾先生、実は深刻な問題がありまして…最初にお話ししたAさんが、上司の制止を振り切って、自分で特許申請をしてしまったそうなんです」
江尾社労士:「それは重大です。第62条第2項に『会社の許可なく、自ら特許申請をしてはならない』とあるのに違反しました」
画猫さん:「どう対応すれば…」
江尾社労士:「まず事実関係を把握してください。職務発明なら、会社に権利を移転させることを検討しますが、弁護士や弁理士との連携が必要です」
画猫さん:「懲戒処分の対象にもなりますか?」
江尾社労士:「第40条『懲戒』第1項に『就業規則に抵触した正社員に対して懲戒を行う』とあります。第42条『懲戒の種類と懲戒事由の適用』第1項第5号で、規則に抵触した場合は戒告、けん責、減給、出勤停止、降格降職の処分を行うとあります」
画猫さん:「もし全く反省していなかったら…」
江尾社労士:「第42条第2項第1号では『行為の程度が重いとき』には諭旨退職や懲戒解雇の可能性もあります。ただし第40条第2項にあるように、出勤停止以上の懲戒には事実確認、事情聴取、弁明の機会などの手続きが必要です。第46条『損害賠償』も重要です。『故意、過失や違反行為により会社に損害を与えた場合は、損害を原状に回復させ、費用を賠償させることがある。この責任は退職後も免れない』とあります」
画猫さん:「弁護士費用などを請求できるんですね…」
江尾社労士:「だからこそ予防が大切です。第32条『報告・届出義務』や第27条第9項にあるように、発明した場合は速やかに報告するルールを徹底しておけば防げたかもしれません」
画猫さん:「第12章は1条だけですが、関連する規定がこんなにあるとは思いませんでした」
江尾社労士:「第62条は『入口』にすぎません。職務発明の問題は、服務規律、秘密保持義務、懲戒、損害賠償など就業規則全体と関連しています」
画猫さん:「発明した人の気持ちと会社の権利、どちらも大切にしないといけないんですね」
江尾社労士:「従業員が創造性を発揮できる環境を整えながら、会社の正当な権利も守る。ルールを明確にし、十分に説明し、公正な『相当の利益』を与える仕組みを作ることが重要です」
画猫さん:「江尾先生、ありがとうございました。会社に戻ったら、まずAさんの件について法務部と相談します」
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条文番号 |
条文タイトル |
主な関連トラブル |
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第4条 |
採用 |
トラブル1 |
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第26条 |
包括的遵守義務 |
トラブル1、3 |
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第27条 |
職務専念義務 |
トラブル1、3 |
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第29条 |
秘密保持義務・情報セキュリティ |
トラブル2 |
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第31条 |
信用保持義務・社会的責任 |
トラブル2 |
|
第32条 |
報告・届出義務 |
トラブル3 |
|
第38条 |
教育 |
トラブル1 |
|
第40条 |
懲戒 |
トラブル3 |
|
第42条 |
懲戒の種類と懲戒事由の適用 |
トラブル3 |
|
第46条 |
損害賠償 |
トラブル3 |
|
第51条 |
退職時の留意事項 |
トラブル2 |
|
第62条 |
特許および登録 |
全トラブル |
社会保険労務士 江尻育弘