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労政審ウォッチ 第 4 号

裁量労働制は、
広がるのか、締まるのか

「みなし」と実際の時間、管理職の扱い、柔軟に働きたいという声。
江尾社労士とさくらの対話で読む 医療機関・社会福祉法人版
労働政策審議会 労働条件分科会(第213回・令和8年10月23日)資料より
2026年10月25日 社会保険労務士 江尻事務所

10月23日、第213回の労働条件分科会が開かれました。議題は労働基準関係法制の一つ、裁量労働制です。7月21日に閣議決定された日本成長戦略が、「健康確保、長時間労働防止、適切な処遇確保などの濫用防止措置を前提に裁量労働制の対象の在り方について、見直しの検討を行う」と書いたことを受けたものです。

前号では連続勤務規制を次の論点として予告しましたが、今回は裁量労働制が先に取り上げられました。看護・介護の仕事は、もともと裁量労働制の対象ではありません。それでも、管理職の時間の扱い、研修や自己研鑽の時間、「時間にとらわれずに働きたい」という職員の声への応え方など、医療機関・社会福祉法人にも考えておきたい点があります。この医療機関・社会福祉法人版では、事務所の二人の対話でお届けします。

江

江尾社労士医療・福祉の顧問先を多く担当。審議会の資料は、まず数字の表から読む派。

さ

さくら事務所スタッフ。顧問先からの質問を受ける窓口役。前職は介護施設の事務。

今回のいちばんの注目点

論点は二つです。一つは濫用防止措置。長時間労働になりやすい、ふさわしい処遇が確保されない、という指摘にどう手を打つか。もう一つは対象の在り方。使用者側は、非対象業務が一部混ざっていても適用できるようにすることや、他社の事業についての企画・立案の業務への適用などの拡充を求め、労働者側は、令和6年4月に施行されたばかりの見直しの適正運用の徹底が先だとしています。

制度を使っている会社は、まだ少数です。適用されている労働者は専門業務型で1.1%、企画業務型で0.3%。いっぽう実態調査では、適用されている人の38.1%が、自分のみなし労働時間を「分からない」と答えています。

医療機関・社会福祉法人で今日からできることは、「管理職だから」「裁量があるから」と、時間外手当を支給していない職員や、実労働時間によらず手当を計算している職員がいないかを、確かめることです。管理監督者として扱っている場合はその該当性を、裁量労働制を適用している場合は適用要件とみなし時間に基づく割増賃金の計算を、それぞれ確認します。そして、その方々を含めた全職員の労働時間の状況を把握できているか。対象が広がるか締まるかにかかわらず、手戻りのない備えです。

1.1%
専門業務型裁量労働制が適用されている労働者の割合(令和7年)。導入している企業は2.1%です。企画業務型は、それぞれ0.3%と1.0%
38.1%
裁量労働制が適用されている労働者のうち、自分に適用されている1日のみなし労働時間を「分からない」と答えた割合
9時間00分
適用されている労働者の1日の平均実労働時間。本人が把握しているみなし労働時間の平均は7時間38分でした(外れ値を含む集計)
48.5%
専門業務型を導入している事業場のうち、裁量労働制の適用者に向けた特別手当の制度が「ない」割合
出典:第213回労働条件分科会 資料No.1-2(6ページ、20ページ、26ページ)。適用労働者・導入企業の割合は厚生労働省「令和7年就労条件総合調査」(常用労働者30人以上の民営企業等が対象。適用労働者割合は、同調査の対象労働者についての数値です)、そのほかは「裁量労働制実態調査」(令和元年実施)に基づきます。令和6年の制度見直しを含む新しい実態調査は、令和8年7〜8月に行われ、結果はまだ公表されていません。

1. 何が議論されたか

さ
さくら
先生、裁量労働制というと、「何時間働いても決まった時間働いたことになる」制度、という理解で合っていますか。
江
江尾社労士
おおむね合っています。業務の進め方や時間配分を本人に大きく委ねる仕事について、労使協定や労使委員会の決議で決めた時間を働いたものとみなす制度です。ただし、残業代を一律に不要とする制度ではありません。みなし時間が法定労働時間を超える場合には、36協定と時間外割増賃金の支払いが必要です。
種類は二つあって、研究開発やシステムの設計など、法令で決められた専門的な業務が対象の専門業務型と、本社などで事業の運営について企画・立案・調査・分析をする人が対象の企画業務型です。
さ
さくら
今回は、それを広げるかどうかが議論になったのですね。
江
江尾社労士
論点として示されたのは、濫用防止措置と対象の在り方の二つです。成長戦略が「濫用防止措置を前提に」と書いているので、仮に対象を見直すとしても、長時間労働の防止と処遇の確保がセットになる、という建て付けです。

示された論点を表にまとめました。右端の「確定度」は、審議会の決定ではなく、これまでの議論の流れからみた弊事務所の見立てです。

◎ おおむね固まってきた 労使の方向が一致しており、形は変わっても中身は残る見込みです。
○ 方向性は見えた 見直しの必要性は共有されていますが、どこまで書くかは未定です。
△ まだ白紙 労使が正面から対立しており、着地が読めません。
論点 いまの決まり 検討されている方向 確定度
長時間労働の防止 労使協定・決議で健康・福祉確保措置を定める。令和6年4月から、勤務間インターバル、深夜業の回数制限、一定時間を超えた場合の適用解除、医師の面接指導が選択肢に加わった 不適切な運用がなされると長時間労働になりやすいという意見がある中で、長時間労働を防止するために、どのように考えるか ○
ふさわしい処遇の確保 法律に手当や賃金水準の定めはない。企画業務型は、賃金・評価制度を変更する場合の労使委員会への説明などを決議事項とする 適用にふさわしい処遇が確保されないということを防止するため、どのように考えるか ○
非対象業務の混在 対象業務以外の業務を兼ねている場合は、原則として適用できない 使用者側は、主たる業務が対象業務で裁量がある人には適用できるよう求め、労働者側は反対 △
他社の事業の運営についての企画・立案 企画業務型の対象は、自社の事業の運営に関する企画・立案・調査・分析 使用者側は、プロジェクト型業務や他社の事業に関する企画・立案・調査・分析の業務への拡充を求めている △
労使合意で対象業務を決める仕組み 専門業務型は、省令・大臣告示で対象業務を限定。企画業務型は、労働基準法と指針により、対象となる企画・立案・調査・分析業務の要件を定めている 使用者側は、過半数労働組合との合意のもとで対象業務の範囲を決められる仕組みを求め、労働者側は「強行法規性の放棄につながりかねない」と反対 △
令和6年改正の適正運用 本人同意、同意の撤回の手続、健康・福祉確保措置の強化、労使委員会の機能強化(令和6年4月施行) 労働者側は、まず適正運用の徹底を、と主張。使用者側も、適正運用の徹底と見直しの議論は分けて行うべき、としつつ重要性は認めている ◎
出典:第213回労働条件分科会 資料No.1-1「本日ご議論いただきたい論点」(1〜2ページ)、資料No.1-2(1〜7ページ)。表中の太字部分は資料の原文表現です。「令和6年改正の適正運用」は、新たな改正ではなく、すでに施行されている決まりが続くという意味で「◎」としています。

令和6年4月の見直しから、まだ2年半

さ
さくら
「施行されたばかり」というのは、どんな見直しだったのでしょう。
江
江尾社労士
令和6年4月に、裁量労働制はかなり手が入っています。主なものを表にしました。専門業務型でも本人の同意が必要になったこと、同意を撤回する手続を決めておくことになったこと。このあたりは、制度を使っている会社には直接かかわります。
項目 令和6年4月からの主な内容
対象業務 専門業務型に、銀行・証券会社におけるM&Aアドバイザーの業務を追加。複数の対象業務に従事している場合などの考え方を周知
本人同意・撤回 専門業務型でも、本人の同意を得ることを労使協定の事項に。両方の型で、同意の撤回の手続を協定・決議の事項に
健康・福祉確保措置 選択肢に、�@勤務間インターバルの確保、�A深夜業の回数制限、�B労働時間の上限措置(一定時間を超えた場合の適用解除)、�C一定の労働時間を超える人への医師の面接指導を追加
労使委員会 制度の実施状況の把握と運用改善を役割として明確化。賃金水準、賃金・評価制度の運用状況の開示。開催は6か月以内ごとに1回
出典:第213回労働条件分科会 資料No.1-2(7ページ。第206回分科会資料No.2-2の再掲)。
江
江尾社労士
労働者側が「まず適正運用を」と言うのは、この見直しの効果がまだ確かめられていないからです。いま資料に並んでいる実態調査の数字は、令和元年に行われた調査のものです。見直しの後の姿を調べる新しい調査が、令和8年の7月から8月に労働政策研究・研修機構で行われていて、その結果が出てから議論が深まる、と見ています。

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2. 労使はどこで割れているか

江
江尾社労士
ひとつお断りしておくと、今回の分科会で委員が何を発言したかは、議事録が出るまでわかりません。ここで紹介するのは、資料に整理されたこれまでの分科会での意見です。

対象の在り方 — 「拡充」と「適正運用が先」で割れています

労働者側
厚労省の実態調査でも、みなし労働時間よりも実労働時間のほうが1時間長いこと、長時間労働者の割合が高いこと、裁量や適切な処遇が確保されていないケースがあることなどの課題が浮き彫りになっており、対象業務の拡充、導入手続等の要件緩和は行うべきではない。/非対象業務を一部でも混在させると、会社の都合で恣意的に非対象業務の割合を高めることで、適用労働者の裁量が失われかねない。/国際競争力の向上は、産業政策等で対応すべきもの。
使用者側
現在の裁量労働制は対象業務が厳格に規定されているため、企業で適用可否を判断することが難しく、手続も煩雑。/中小企業では複数の業務を兼務することが多く、非対象業務との兼務が一部でもあると適用が認められない。主たる業務が対象業務であり働き方に裁量がある労働者は適用可能となるよう検討すべき。/過半数労働組合との合意のもとで、適用にふさわしい対象業務の範囲を決められるような仕組みの導入の検討を。
公益
裁量労働制の適用の有無だけでなく、現場レベルでの裁量の有無が労働時間や睡眠、満足度等を強く左右する。裁量の度合いが現場レベルでいかに担保されるかに着目して議論すべき。/自律性があるかどうかは、むしろ仕事の与え方や評価の仕方が大切なのではないか。
さ
さくら
「中小企業では兼務が多い」というのは、まさに顧問先の実感ですね。設計もするし、営業にも出るし、という方はたくさんいらっしゃいます。
江
江尾社労士
そこが今回、中小企業にとっていちばん現実味のある論点だと思います。いまは非対象業務を兼ねていると原則として適用できません。使用者側は「主たる業務が対象業務なら」と求め、労働者側は「会社の都合で非対象業務を増やせば、裁量が失われる」と反対しています。どちらの言い分にも、現場の具体的な姿があるのです。

「柔軟に働きたい」は、裁量労働制でなければ叶わないか

労働者側
「自律的に柔軟性を持って働きたい」というニーズは、仕事の与え方、マネジメントの問題であって、裁量労働制を導入しなければできないものではない。/時期や繁閑に応じて労働時間を調整する働き方は、フレックスタイム制でも十分に対応できる。
使用者側
時間ではなく、成果で評価・処遇するということについては、フレックスタイム制では限界がある。/産後に復帰した女性社員が、裁量労働制で中抜けや短時間の勤務が柔軟にでき、キャリアを諦めずに働けたという事例も聞いている。/AIを活用し、限られた時間でどれだけ高い付加価値を生んだかが重要になる中、労働時間法制が追いついていない。
さ
さくら
どちらにも、うなずける部分があります。
江
江尾社労士
そうなのです。ここは制度の議論でありながら、評価制度とマネジメントの議論でもあります。公益委員が「仕事の与え方や評価の仕方が大切」と言っているのは、その点です。制度だけを入れても、過大な業務量や無理な締切によって、仕事の進め方や時間配分の裁量が実質的に失われていれば、制度の趣旨に沿った運用とはいえません。
使用者側の意見には、一定時間を超えたら適用から外す、長時間が続く人には上司との面接をして業務を平準化する、といった労使の工夫の紹介もあります。拡充を求める側も、濫用防止策とセットで、という姿勢です。
出典:第213回労働条件分科会 資料No.1-2(1〜5ページ)「これまでの議論の主な意見の整理」。第203回・第204回分科会参考資料No.2に、以降の意見を事務局が加えたものです。読みやすさのため、一部を「/」で区切って並べています。

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3. 数字で見る、いまの現場

江
江尾社労士
この節の数字は、断りのない限り令和元年に行われた裁量労働制実態調査のものです。令和6年の見直しより前の姿だ、という前提でご覧ください。

満足している人は8割

専門業務型 満足している+やや満足している80.0%
 
企画業務型 満足している+やや満足している83.7%
 
専門業務型 やや不満である+不満である19.4%
 
企画業務型 やや不満である+不満である16.1%
 
さ
さくら
思っていたより、満足している方が多いのですね。
江
江尾社労士
使用者側が「総じて適正な運用がされている」と言う根拠の一つです。適用されている人は、そうでない人に比べて「時間にとらわれず柔軟に働くことで、ワークライフバランスが確保できる」と答える割合が、専門業務型で50.5%対24.9%と倍の開きがあります。
ただ、年収階級別に見ると、満足度ははっきり分かれます。専門業務型で「満足している」は、年収200万円以上300万円未満の層で23.9%、1,500万円以上の層では73.7%です。処遇の確保が論点に入っているのは、このあたりが背景にあります。

実際の労働時間は、みなし時間より長い

適用されている労働者 1日の平均実労働時間 1日の平均みなし労働時間
外れ値を含む集計 9時間00分 7時間38分
外れ値を除く集計 9時間03分 8時間14分
(参考)適用されていない労働者 8時間39分 —
さ
さくら
みなしより、1時間前後長く働いているということですか。
江
江尾社労士
そう読めます。しかも、自分のみなし労働時間を「分からない」人が38.1%います。専門業務型に限ると40.1%です。何時間とみなされているかを知らずに働いている人が、4割近くいるわけです。
性別や年齢、職種などの違いを調整した東京大学のチームの分析でも、裁量労働制の適用者は、非適用者より週の労働時間が約1.3時間長いという結果が示されています。いっぽうで、睡眠時間にははっきりした差がなく、健康状態の認識が悪くなるという結果も出ていません。

週60時間以上働く人の割合は、適用者で約2倍

適用されている労働者 週60時間以上約8.4%
 
適用されていない労働者 週60時間以上約4.6%

帯の長さは25%を全幅とした目盛りです。資料の帯グラフの「60時間以上65時間未満」から「80時間以上」までの区分を、弊事務所が合算しました。資料は、週60時間以上を「1か月の時間外労働が80時間以上に近い」水準と注記しています。

江
江尾社労士
深夜(午後10時から午前5時)に仕事をすることが「よくある」と答えた人も、専門業務型の適用者で10.4%、適用されていない人では3.5%です。週休日や祝日の仕事が「よくある」は、15.4%と8.0%でした。

「裁量がある」と言える人は、どのくらいか

専門業務型 「上司に相談せず、自分が決めている」 適用者 非適用者
業務の遂行方法、時間配分等 50.8% 41.0%
出退勤時間 58.8% 43.5%
出退勤時間を「自分に相談なく、上司(又は社内の決まり)が決めている」 5.6% 11.0%
さ
さくら
適用されているのに、出退勤の時刻を上司が決めている方が5.6%いるのですね。
江
江尾社労士
そこは本来、あってはならない形です。時間配分を本人に委ねるのが制度の前提で、使用者は具体的な指示をしないことを協定で約束しています。朝礼への出席を義務づける、コアタイムのような出社時刻を決めるといった運用は、裁量があるとは言いにくくなります。

適用者の労働時間の把握、専門業務型の3分の1超が「自己申告」

専門業務型の適用事業場 タイムカード・ICカード44.3%
 
専門業務型の適用事業場 PCのログイン・ログアウト8.5%
 
専門業務型の適用事業場 その他の客観的方法7.6%
 
専門業務型の適用事業場 自己申告35.2%
 
企画業務型の適用事業場 自己申告22.3%
 
江
江尾社労士
裁量労働制でも、健康・福祉確保措置や医師の面接指導のために、労働時間の状況は把握しなければなりません。労働時間の状況の把握方法として、自己申告を挙げた事業場が専門業務型で35.2%ありました。法令上、把握は原則として、タイムカードやパソコンの使用時間の記録などの客観的な方法その他の適切な方法によることとされています。前号でお話しした「労働時間の把握」の論点と、ここでつながります。

適用者への特別手当、専門業務型では半数近くが「ない」

特別手当の制度が「ない」事業場 専門業務型 企画業務型
導入事業場全体 48.5% 35.8%
所定労働時間をそのままみなし労働時間にしている事業場 52.9% 17.0%
特別手当がある場合の1か月の平均額 73,545円 85,401円
さ
さくら
所定労働時間をそのままみなし時間にしている事業場でも、手当の制度がないところが多いのですね。
江
江尾社労士
専門業務型で、所定労働時間をそのままみなし労働時間としている事業場に限ると、特別手当の制度がない割合は52.9%とされています。ただし、特別手当がなくても基本給等で処遇している場合があるため、この数字だけで処遇の適否は判断できません。みなし時間の設定と、基本給・手当を含めた処遇を、併せて確認する必要があります。
それでも、実際の労働時間がみなし時間より長い傾向がある中で、処遇の確保が論点に入っているのは、こうした数字が背景にあるからです。

労使委員会の実効性と、長時間労働の少なさに関連

江
江尾社労士
明るい数字もあります。企画業務型で、労使委員会が「十分機能している」と回答した人(「そう思う」「どちらかと言えばそう思う」の計52.3%)では、そうでない人に比べ、週60時間以上働く確率が4.4ポイント低いという分析結果が示されています。ただし、これだけで労使委員会の機能による因果効果を断定することはできません。
制度の中身だけでなく、労使で運用を点検する場が回っているかどうかも、働く時間と無関係ではなさそうです。第1号で取り上げた過半数代表者や労使コミュニケーションの話と、根っこは同じです。
出典:第213回労働条件分科会 資料No.1-2。働き方の認識は8ページ、満足度は9ページ、労働時間の分布は10ページ、労働時間・睡眠時間は11ページ、深夜・休日労働は12ページ、健康状態は13ページ、裁量の程度は16〜17ページ、把握方法は18ページ、みなし労働時間は20ページ、年収階級別の満足度は21ページ、労使委員会の分析は24ページ、特別手当は25〜26ページ。いずれも「裁量労働制実態調査」(令和元年実施。年収は平成30年の課税前年収)に基づき、回帰分析は東京大学政策評価研究教育センター及び東京大学エコノミックコンサルティング社によるものです。「満足している+やや満足している」などの合計と、週60時間以上の割合は、弊事務所が資料の数値を合算したものです。回帰分析の結果は、他の条件を調整したうえでの関連を示すもので、因果関係を断定するものではありません。

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4. 医療機関・社会福祉法人では、どこが効くか

(1)看護・介護・事務の仕事は、対象業務にありません

さ
さくら
病院や施設で、裁量労働制を使う場面はあるのでしょうか。
江
江尾社労士
直接使う場面は、かなり限られます。専門業務型の対象は、研究開発、システムの設計、取材・編集、デザインの考案などに限った列挙で、通常の診療、看護、介護、調剤、リハビリ、医療・介護事務の業務そのものは、対象として列挙されていません。シフトで患者さんや利用者さんに向き合う仕事は、そもそも時間配分を本人に委ねる性質のものではないのです。
企画業務型は、法人本部で経営計画や財務計画を立てる人などが対象になり得ますが、労使委員会を設けて5分の4以上の多数で決議し、届け出る手続が要ります。中小規模の医療法人や社会福祉法人では、現実的な選択肢になりにくいと思います。

(2)研究に従事する場合は、業務内容で線引きを丁寧に

江
江尾社労士
例外になり得るのが、研究に従事する場合です。専門業務型には「人文科学若しくは自然科学に関する研究の業務」や「大学における教授研究の業務(主として研究に従事するものに限る)」があり、大学の附属病院で教員として研究に従事する医師などに適用している例があります。
ただ、「主として研究に従事」が要件ですから、診療が中心の医師には当てはまりません。研究機関での研究業務も含め、職種名ではなく、実際の業務内容と適用要件に基づく個別の確認が必要です。医師の時間外労働の上限規制や面接指導との関係も、あわせて確かめてください。今回の議論で「対象の在り方」が見直されても、この慎重さは変わらないと見ています。

(3)「時間にとらわれず働きたい」には、別の道具で応える

さ
さくら
使用者側の意見にあった、産後に復帰した方が中抜けしながら働けた、というお話。病院や施設でも、そういう働き方を望む職員さんはいらっしゃいます。
江
江尾社労士
そうなのです。裁量労働制は使えなくても、同じ願いに応える道具はあります。事務部門ならフレックスタイム制、全職種なら時間単位の年次有給休暇(第2号で取り上げました)。さらに、育児・介護に関する法定の両立支援制度に加え、法人独自の短時間正職員制度や、中抜けを認める勤務の組み方なども選択肢になります。
労働者側が「柔軟な働き方は、フレックスタイム制でも十分に対応できる」と言っているのは、まさにこの点です。時間を把握したうえで柔軟にするほうが、医療・福祉の職場には合っています。

(4)「管理職だから時間は関係ない」も、確かめどころ

さ
さくら
施設長や事務長、看護師長は「時間に縛られない」と言われることがあります。
江
江尾社労士
それは裁量労働制ではなく、管理監督者の話です。管理監督者に当たるかどうかは、肩書きではなく、権限、勤務の自由度、待遇の実態で判断されます。主任やユニットリーダーをシフトに組み込みながら時間外手当を支給していなければ、問題になり得ます。
また、管理監督者であっても、裁量労働制の対象者であっても、労働安全衛生法の「労働時間の状況」の把握は必要です。資料では、専門業務型の適用事業場の35.2%が自己申告で把握していました。打刻を免除している職種がないか、前号のチェックと合わせて見直してください。

(5)研修・委員会・自己研鑽の時間

江
江尾社労士
「本人の裁量で」「自主的に」と言いながら、実際は参加が事実上求められている研修や委員会、勉強会はないでしょうか。裁量労働制の議論で公益委員が言う「現場レベルでの裁量の有無」は、医療・福祉の職場では、この形で現れます。
参加を義務づけた研修、業務上の指示による学習、委員会活動は労働時間です。本当に自由参加なのか、記録と案内文で説明できるかを確かめておきたいところです。
出典:第213回労働条件分科会 資料No.1-2(3ページ・使用者側の意見、2ページ・労働者側の意見、5ページ・公益の意見、6ページ・制度の概要、18ページ・把握方法)。対象業務の範囲、管理監督者の判断、研修等の労働時間性についての記述は、労働基準法第38条の3・第38条の4・第41条、厚生労働省告示及び関係通達、「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン」に基づく弊事務所の整理です。

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5. 沖縄の事情

さ
さくら
沖縄の病院や施設ならではの事情はありますか。
江
江尾社労士
二つあると思います。

(1)医療・福祉の職員の大部分は、制度の外側にいる

江
江尾社労士
医療・福祉は、県内でも多くの方が働いている分野ですが、その職員の大部分は、裁量労働制の対象業務の外にいます。ですから、今回の議論がどう着地しても、医療・福祉の現場の労働時間管理の基本は変わりません。変わり得るのは、法人の中のごく一部、本部の企画部門や研究に従事する人の扱いです。

(2)「柔軟な働き方」は、人材確保の言葉として問われる

江
江尾社労士
人材確保に向け、求人で「柔軟な働き方」を打ち出す際には、何がどこまで柔軟なのかを具体的に示すことが大切です。そのときに裁量労働制という言葉を使うと、誤解を招きかねません。何が、どこまで柔軟なのか。時間単位の年休、短時間正職員、希望シフトの仕組みなど、実際に使える制度で具体的に示すほうが、応募する方にも伝わります。
沖縄の医療・福祉の状況についての記述は、弊事務所の実務上の見方です。今回の資料に、都道府県別・業種別の数値はありません。

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6. 自社診断 10のチェック

江
江尾社労士
「はい/いいえ」で答えてみてください。1から5に「いいえ」があれば、法改正を待たずに整えたいところです。
確認事項
はいいいえ
1
「裁量」「みなし」として扱っている職員がいる場合、労使協定や決議、労働基準監督署への届出があり、みなし時間に基づく割増賃金(法定労働時間を超える分、深夜・法定休日の分)を計算していますか。
 
2
時間外手当を支給していない施設長・事務長・看護師長などについて、権限、勤務の自由度、待遇の実態から、管理監督者に当たることを確認していますか。
 
3
管理監督者を含め、すべての職員の労働時間の状況を、原則としてタイムカードやICカードなど客観的な方法で把握していますか。
 
4
参加を義務づけた研修、業務上の指示による学習、委員会活動の時間を、労働時間として扱っていますか。
 
5
研究に従事する医師などに専門業務型を適用している場合、診療の比重を含め、「主として研究に従事」に当たることを確認していますか(該当者がいなければ「はい」)。
 
6
自由参加とする勉強会について、自由参加であることが案内文や記録で説明できますか。
 
7
時間単位の年次有給休暇を導入し、職員に周知していますか。
 
8
事務部門などで、フレックスタイム制や始業・終業時刻の繰上げ・繰下げを検討したことがありますか。
 
9
育児・介護の法定の両立支援制度に加え、法人独自の短時間正職員制度や中抜けを認める勤務の組み方など、両立の選択肢がありますか。
 
10
求人や職員への説明で「柔軟な働き方」と書く場合、どの制度で、何がどこまで柔軟なのかを具体的に示していますか。
 
左の四角が「はい」、右の四角が「いいえ」です。印刷してご記入いただけます。1から5は、現行の労働基準法・労働安全衛生法・ガイドラインに基づく確認事項です。6から10は、柔軟な働き方の制度設計に向けた点検事項です。「いいえ」が直ちに法令違反を意味するものではありません。

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7. 今やるべきこと、今はやらなくていいこと

今やるべきこと

さ
さくら
顧問先の病院や施設に「で、うちは何をすればいいの」と聞かれたら、どうお答えしましょう。
江
江尾社労士
三つです。第一に、時間外手当を支給していない職員の棚卸しです。「管理職だから」「裁量があるから」と時間外手当を支給していない方や、実労働時間によらず手当を計算している方がいれば、管理監督者として扱っているならその該当性を、裁量労働制を適用しているなら適用要件とみなし時間に基づく割増賃金の計算を確かめてください。
第二に、全職員の労働時間の状況の把握です。打刻を免除している職種がないか。これは法改正と関係なく、いま求められていることです。
第三に、「柔軟に働きたい」という声への答えを、使える制度で用意することです。時間単位年休、短時間正職員、事務部門のフレックス。職員の皆さんと話し合って選べば、それ自体が働き続けやすさにつながります。

今はやらなくていいこと

さ
さくら
逆に、慌ててやらなくていいことは。
江
江尾社労士
裁量労働制の導入を、拡充を見越して検討し始めることです。対象の在り方は何も決まっていませんし、看護・介護の仕事が対象に入るという議論も出ていません。
「裁量労働制、対象拡大へ」という見出しを見かけても、医療・福祉の現場の働き方が直ちに変わるわけではありません。いま整えるのは、労働時間の記録と、管理職の扱いの確認です。それがいちばん手戻りのない備えです。

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8. 次号予告 残る論点

さ
さくら
次は何が取り上げられそうですか。
江
江尾社労士
第211回で示された進め方のうち、残る主な論点は、連続勤務規制、法定休日、変形労働時間制、副業・兼業、テレワーク・フレックスタイム制です。順番は示されていません。前号で予告した連続勤務規制は、今回は取り上げられませんでした。
成長戦略で裁量労働制と並んで書かれているのが、変形労働時間制です。「他律的な要因に十分対応できていない現場の実態」と「労働者の生活時間や予見可能性の確保」の両方に留意して検討する、とされています。1か月単位の変形労働時間制でシフトを組んでいる病院や施設には、裁量労働制よりも、こちらのほうが直接かかわります。
さ
さくら
取り上げられ次第、第5号でお届けします。

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監修 江尻 育弘
社会保険労務士 健康経営エキスパートアドバイザー 医療労務コンサルタント

沖縄を拠点に、中小企業・医療機関・社会福祉法人の労務顧問として、就業規則の設計・改定、労働時間制度の構築、職場復帰支援やハラスメント対策に取り組んでいます。法令遵守と従業員のウェルビーイングの両立を軸に、作業を請け負うのではなく、目指す姿にご一緒する伴走者でありたいと考えています。

本文の江尾社労士とさくらは、解説のための登場人物です。

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出典
厚生労働省 労働政策審議会 労働条件分科会(第213回・令和8年10月23日)議事次第、資料No.1-1「労働時間法制の具体的課題に関する検討の論点について(裁量労働制)」、資料No.1-2「労働時間法制の具体的課題について(裁量労働制)」。資料No.1-2に収録された「これまでの議論の主な意見の整理」は第203回・第204回分科会参考資料No.2に事務局が意見を加えたもの、制度の概要・見直し内容・統計は第206回・第181回・第209回分科会資料を再掲・更新したものです。統計の原資料は、厚生労働省「令和7年就労条件総合調査」「裁量労働制実態調査」(令和元年実施)、及び同調査を用いた東京大学政策評価研究教育センター・東京大学エコノミックコンサルティング社の分析です。日本成長戦略は令和8年7月21日閣議決定。次号予告の論点は第211回分科会資料No.2-1によります。
注記
本稿は令和8年10月23日時点で公表された審議会資料に基づく解説です。同日の分科会での委員の発言は、議事録の公表後に確認が必要です。記載した「確定度」は審議会の決定ではなく、これまでの議論の経過を踏まえた弊事務所の見立てです。今後の議論により結論が変わる可能性があります。資料の実態調査は令和6年4月の制度見直しより前のものであり、令和8年に実施された新しい調査の結果により、評価が変わる可能性があります。個別の制度の適用、労使協定・決議の内容、賃金のお取扱いについては、実際の業務と運用に即した確認が必要です。一般企業向けには、別に一般企業版をご用意しています。
キーワード
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