第4章 労働時間、休憩時間、休日および休暇
今回取り上げる労務問題
・トラブル1:再雇用後の所定労働時間の大幅短縮と「実質的な退職強要」の主張
・トラブル2:年次有給休暇の正社員期間通算の誤りと付与日数の過少計算
・トラブル3:休日の振替と代休の混同による割増賃金の計算誤り
はじめに
労働時間・休日・休暇は、働く人の日々の生活と健康に直結するテーマである。定年後に再雇用された嘱託社員にとっては、正社員時代とは異なる労働時間の設定や休暇の取扱いが、思わぬトラブルを引き起こすことがある。今回は、嘱託社員就業規則の第4章に関わる3件のトラブルを通じて、実務上のポイントを確認する。
登場人物紹介
江尾(えび)社労士──社会保険労務士として20年以上のキャリアを持つベテラン。
画猫(がねこ)さん──株式会社あっぱれ商事の人事部総務課に所属して3年目。
トラブル1:「勤務時間が半分になるなど、聞いていません」──再雇用後の所定労働時間の大幅短縮
六月下旬。沖縄の梅雨が明ける気配はまだなく、那覇の街には重たい雲が低く垂れ込めている。オフィスの窓を叩く雨音のなか、画猫さんは深刻な表情で江尾社労士のもとを訪ねた。
画猫さん:「嘱託社員のAさんについてです。今年4月に定年を迎え再雇用されましたが、正社員時代は1日8時間・週5日勤務だったのが、再雇用後は1日4時間・週3日と提示されたそうです。Aさんから『勤務時間が半分以下になるなど聞いていない。実質的に辞めろと言われているのと同じだ』と訴えが入りました。」
江尾社労士:「深刻なケースです。第9条第1項は『所定労働時間は1日実働8時間以内かつ1週40時間以内』と上限を定め、具体的時間は個別の労働契約で定めるとしていますから、1日4時間・週3日という設定も規定上は可能です。ただし、問題は2つあります。第一に、第3条第2項第2号は『嘱託再雇用の労働条件について合意に至らなかった場合』を再雇用拒否事由としていますが、これは会社が一方的に条件を突きつけてよいという意味ではありません。高年齢者雇用安定法第9条第1項は継続雇用制度の導入を義務づけており、『到底受け入れられない内容』の提示は、実質的に継続雇用の機会を奪ったと評価されるおそれがあります。第二に、パートタイム・有期雇用労働法第8条は不合理な待遇差を禁止しており、週40時間から週12時間への7割減は、第2章で取り上げた長澤運輸事件(平成30年最高裁判決)に照らしても合理性の説明が困難な水準です。」
画猫さん:「具体的にどう対応すべきでしょうか。」
江尾社労士:「労働時間を短縮する業務上の必要性を客観的に説明できるか検証したうえで、Aさんと誠実に協議してください。第9条第2項は『具体的には個別の労働契約にて定める』としていますが、個別の労働契約とは労使双方の合意であり、会社の一方的な決定ではありません。厚生労働省の『高年齢者雇用安定法Q&A』でも、継続雇用後の労働条件は、最低賃金法や均衡待遇の要請など雇用に関するルールの範囲内で、事業主と労働者の間で合意して決定すべきものとされています。」
トラブル2:「有給休暇が10日しかないのはおかしい」──正社員期間の通算と付与日数
翌週の金曜日。別の相談が画猫さんのもとに届いた。
画猫さん:「嘱託社員のBさんは、正社員として25年勤務した後、今年4月に再雇用されました。再雇用後に通知された年次有給休暇の日数が10日で、Bさんから『25年も勤めてきたのに、新入社員と同じ10日はおかしい』と指摘されました。」
江尾社労士:「深刻な誤りです。嘱託社員就業規則第15条第1項の末尾には『なお、継続勤務期間の算定においては、正社員であった勤務期間を通算するものとする』と明記されています。Bさんの正社員としての25年間を通算して付与日数を計算しなければなりません。」
画猫さん:「通算すると、何日になるのでしょうか。」
江尾社労士:「労働基準法第39条の付与日数表に従い、継続勤務『6年6カ月以上』として計算します。再雇用後も週5日以上または週30時間以上勤務するなら年20日、週4日・週30時間未満なら比例付与で15日、週3日なら11日です。いずれにせよ10日はあり得ません。再雇用を『新たな雇入れ』と誤解し、雇入れ日から6カ月の継続勤務で10日と計算したのでしょう。しかし、雇用が実質的に継続している以上、労働基準法上の継続勤務は途切れません。行政通達(昭和63年3月14日基発第150号)でも、定年退職後に引き続き再雇用された場合は勤続年数を通算すると示されています。」
画猫さん:「沖縄では旧暦のお盆(ウンケー)や清明祭(シーミー)で有給を取る方が多いので、日数の誤りは生活にも影響しますね。」
江尾社労士:「早急にBさんの付与日数を修正し、他の嘱託社員についても総点検してください。なお、第15条第5項の年5日の有給取得義務も確認を。10日以上付与された者には、付与日から1年以内に5日について会社が時季を指定して取得させる義務があります。労働基準法第39条第7項に基づく義務で、達成できなければ30万円以下の罰金が科されます。」
トラブル3:「振替休日と代休は同じではないのですか」──休日の振替と代休の混同
翌週の月曜日。画猫さんは、給与計算の確認作業の中で疑問に気づいた。
画猫さん:「嘱託社員のCさんは、先月の土曜日に休日出勤しました。現場では『振替休日』として翌週の水曜日を休みにしたのですが、割増賃金は支払っていません。別の担当者から『これは振替休日ではなく代休ではないか』と指摘されましたが、正直、振替休日と代休の違いがよくわかっていないのです。」
江尾社労士:「現場でよく起きる混同です。嘱託社員就業規則では、第11条が『休日の振替』を、第11条の2が『代休』を定めています。振替(第11条)は『事前に』休日と労働日を入れ替える制度で、『振替の通知を対象となる休日または労働日の前日までに行う』と明記されています。振替が成立すればもともとの休日が労働日になるため、休日労働が発生せず割増賃金も不要です。一方、代休(第11条の2)は休日に労働させた『後』に代わりの休日を与える制度で、休日労働の事実は消えませんので割増賃金の支払義務が発生します。」
画猫さん:「つまり、振替休日は『事前の入れ替え』、代休は『事後の埋め合わせ』ですね。Cさんのケースは、土曜の出勤後に水曜を休みにしたので、代休ですね。」
江尾社労士:「そのとおりです。Cさんの土曜日の労働に対しては、割増賃金を支払う必要があります。土曜日が法定休日であれば割増率35%、法定外休日であれば週40時間を超えた部分につき25%が適用されます。なお、第11条の2第1項は『代休を取得した日について賃金を支払わない』と定めており、代休取得日は無給です。Cさんには差額を計算し直して支払ってください。また、第11条は『原則として、振替は土曜日を起算とする同一週内に行う』としています。振替先が週をまたぐとその週の法定労働時間を超え、時間外労働の割増賃金が発生する場合があるので注意が必要です。」
おわりに
窓の外では、雲の切れ間からわずかに青空がのぞき、沖縄の梅雨明けが近いことを予感させる。
江尾社労士:「第4章では、労働時間の設定、年次有給休暇の通算、休日の振替と代休の区別という3つのテーマを取り上げました。共通するポイントは、嘱託社員の労働時間・休日・休暇については、就業規則の規定だけでなく、個別の労働契約の内容、労働基準法の強行規定、そして行政通達の解釈を総合的に理解する必要があるということです。」
画猫さん:「特に年次有給休暇の通算は、再雇用実務で見落としやすい点だと実感しました。振替休日と代休の違いも、現場への周知を徹底しなければなりませんね。」
江尾社労士:「次回は第5章『服務』を取り上げます。服務規律、副業・兼業、情報管理など、実務上の問題が起きやすいテーマを扱います。」
参照条文一覧
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条文 |
規定内容 |
関連法令・通達 |
主な関連トラブル |
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第9条 |
所定労働時間および休憩時間 |
労働基準法第32条・第34条、高年齢者雇用安定法第9条 |
トラブル1 |
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第3条 |
再雇用 |
高年齢者雇用安定法第9条第1項 |
トラブル1 |
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パート有期法第8条 |
不合理な待遇差の禁止 |
パートタイム・有期雇用労働法第8条、長澤運輸事件(平成30年最高裁) |
トラブル1 |
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第15条 |
年次有給休暇 |
労働基準法第39条、昭和63年基発第150号 |
トラブル2 |
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第15条第5項 |
年5日の有給取得義務 |
労働基準法第39条第7項 |
トラブル2 |
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第11条 |
休日の振替 |
労働基準法第35条、昭和23年4月19日基収第1397号 |
トラブル3 |
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第11条の2 |
代休 |
労働基準法第37条(割増賃金) |
トラブル3 |
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第10条 |
休日 |
労働基準法第35条 |
トラブル3 |
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第48条 |
時間外労働手当等 |
労働基準法第37条 |
トラブル1、3 |
社会保険労務士 江尻育弘