第7章 表彰、懲戒、自宅待機、損害賠償
今回取り上げる労務問題
・「遅刻を繰り返す嘱託社員を、まとめて減給したい」──懲戒による減給の上限と労働基準法第91条
・「調査のため自宅で待たせているのに、賃金を払うのですか」──業務命令による自宅待機と懲戒の出勤停止の違い
・「有期契約なのだから、問題を起こしたらすぐ辞めさせられますよね」──有期契約の嘱託社員に対する懲戒解雇と損害賠償の限界
はじめに
7月の那覇は、朝から強い日差しが照りつけ、アスファルトの上に陽炎が揺れていた。川沿いには、夜にひっそりと咲いて翌朝には静かに散るサガリバナが、白い房を垂らしている。ひと晩かぎりの花である。就業規則の懲戒規定も、この花に少し似ている。抜くのは一瞬でも、その一瞬に会社の姿勢が表れるのだ。
株式会社あっぱれ商事の人事部総務課には、今日も嵐の予感が漂っていた。定年後に再雇用された嘱託社員をめぐって、懲戒や自宅待機の扱いに迷う相談が続いているのである。第7章では、表彰と懲戒、自宅待機、そして損害賠償という「秩序を保つためのルール」を、江尾社労士と画猫さんの対話を通じて読み解いていく。これらはいずれも、使うときにこそ会社の見識が問われる規定なのだ。
登場人物紹介
江尾社労士……社会保険労務士として20年以上のキャリアを持つベテラン。あっぱれ商事の顧問社労士として、月に一度、那覇のオフィスを訪ねている。制度の背景にある「なぜ」を丁寧に語ることを信条としている。
画猫さん……あっぱれ商事の人事部総務課に所属して3年目。まじめで勉強熱心だが、嘱託社員の労務管理には日々頭を悩ませている。現場の上司と法律の板挟みになることも多い。
画猫さん:江尾先生、今日もよろしくお願いいたします。実は懲戒に関する相談が立て込んでおりまして。その前に一つ、素朴な疑問があります。第31条には表彰の規定がありますが、嘱託社員にも表彰は行うのでしょうか。
江尾社労士:もちろん行います。第31条は、業務成績が優良で他の模範と認められたときや、有益な発明考案をしたときなどに、表彰状や賞金を授与すると定めています。ここに正社員と嘱託社員の区別はありません。定年後に再雇用された方は、長年の経験と技能を備えています。その功労に報いることは、勤労意欲を支える土台になります。懲戒が秩序を守る「守り」の規定だとすれば、表彰は意欲を引き出す「攻め」の規定なのです。両者はひとつの秤の両端にあると考えてください。
画猫さん:なるほど。罰する規定ばかりに目が向いていましたが、報いる規定も同じ章にあるのですね。心に留めておきます。
江尾社労士:ぜひそうしてください。懲戒を検討するときにも、その社員がこれまで会社にどう貢献してきたかという視点を忘れないことです。過去の功労や勤務態度は、処分の重さを判断するうえでの大切な材料になります。人を裁くのではなく、秩序を回復させる。この気持ちの持ち方が、懲戒を扱う担当者には求められます。
画猫さん:秩序の回復が目的で、罰することが目的ではない。その視点で今日の相談をうかがいます。
トラブル1:「遅刻を繰り返す嘱託社員を、まとめて減給したい」──減給の上限と労働基準法第91条
画猫さん:早速ですが、困った嘱託社員がいるのです。再雇用のCさんなのですが、この1か月で遅刻が5回もありました。上司は「けじめとして、5回分まとめて給料から差し引いて減給処分にしたい」と言っています。1回につき3千円で、合わせて1万5千円を差し引くつもりのようです。
江尾社労士:なるほど。遅刻が続くのは確かに困りますね。ただし、その減給の方法には注意が必要です。まず整理しましょう。遅刻をした時間について賃金を支払わないことと、懲戒処分として減給することは、まったく別のものになります。
画猫さん:別のもの、なのですか。どちらも「給料を減らす」ことのように思えます。
江尾社労士:そこが混同しやすいところです。遅刻して働かなかった時間は、そもそも労務の提供がありません。働いていない時間の賃金は支払わなくてよい、というのが「ノーワーク・ノーペイの原則」です。当社の嘱託社員就業規則でも、第47条第4項で「遅刻、早退、欠勤等の不就労時間に対する賃金は支払わない」と定めています。これは懲戒ではなく、単に働いていない分を差し引くだけの話なのです。
画猫さん:では、遅刻した30分なら、その30分ぶんの賃金を引く。それは処分ではないのですね。
江尾社労士:そのとおりです。一方、懲戒としての「減給」は、働いた時間の賃金からさらに制裁として差し引くものです。これには法律が厳しい上限を設けています。労働基準法第91条をご覧ください。減給の制裁を定める場合、1回の額は平均賃金の1日分の半額を超えてはならず、総額は一賃金支払期における賃金総額の10分の1を超えてはならない、とされています。なぜこのような上限があるのか、想像がつきますか。
画猫さん:減給が青天井になると、生活が立ち行かなくなるからでしょうか。
江尾社労士:まさにそのとおりです。賃金は生活の糧です。制裁とはいえ、際限なく削られては生活が破綻します。そこで法律は、一回の失敗に対する減額は半日分まで、ひと月の合計でも給料の10分の1までと、二重の歯止めをかけているのです。当社の第33条第3号も、この法律に忠実に沿って定めてあります。
画猫さん:1回が平均賃金の半日分まで、そして1か月の合計が給料の10分の1まで、ということですね。
江尾社労士:正確に理解されています。ここで大切なのは、遅刻が5回あったとしても、それを5回ぶんの減給として一度に科すと、上限を超えてしまう恐れがあることです。Cさんの月給がかりに20万円だとすると、その10分の1は2万円です。1万5千円ならぎりぎり収まっているように見えます。ただし、1回あたりの額が平均賃金の半日分を超えていないかも、あわせて確認する必要があります。5件それぞれが独立した懲戒事由だとしても、1回の減給額は平均賃金の半日分までという上限は、件数にかかわらず一件ごとに守らなければなりません。
画猫さん:件数が多いからといって、1回あたりの上限が緩むわけではないのですね。それに、そもそも遅刻ぶんの賃金カットと、懲戒の減給を二重に行うと、働いていない時間に二度罰を与えることにもなりかねません。
江尾社労士:よい気づきです。実務では、まず不就労の時間ぶんを賃金から差し引き、そのうえで、繰り返しへの制裁として減給を科すかどうかを別に検討します。加えて申し上げると、懲戒には「同じ一つの行為について二度は罰しない」という考え方があります。ひとつの遅刻について、賃金カットと減給を制裁として重ねて科すと、この考え方に抵触する疑いが生じます。順序と切り分けが、ここでも鍵になるのです。
画猫さん:なるほど。ところで、第33条には「けん責」もあります。減給とけん責は、どう使い分けるのですか。
江尾社労士:けん責は、始末書を提出させたうえで将来を戒める処分です。金銭的な不利益をともなわない、比較的軽い処分になります。減給は、それに金銭的な制裁を加えたものです。処分は軽いものから順に検討するのが原則です。いきなり重い処分に飛びつくと、処分が重すぎて無効だと判断されることがあります。Cさんの場合も、まずは口頭注意やけん責から始め、それでも改まらないときに減給を検討する、という段階を踏むのが穏当です。
画猫さん:始末書は必ず出させることができるのですか。
江尾社労士:始末書の提出を命じること自体は、業務命令として認められます。ただし、本人が反省の言葉を書くかどうかは内心の問題ですから、書かないことを理由にさらに重い処分を重ねるのは慎重であるべきです。就業規則の懲戒は、あくまで秩序を保つための手段であって、感情のはけ口ではありません。手続きの公正さこそが、処分の有効性を支えるのです。まずは事実を確認し、上限の範囲で、段階を踏んで処分する。この順序を大切にしてください。
画猫さん:一点確認させてください。「平均賃金」という言葉が出てきましたが、これは月給を30で割った額のことでしょうか。
江尾社労士:よい質問です。平均賃金は、労働基準法第12条に計算方法が定められています。原則として、直前の3か月間に支払われた賃金の総額を、その期間の総日数、つまり暦日数で割って算出します。月給を単純に30で割った額とは異なりますし、通勤手当なども含めて計算します。減給の上限を判断するときは、この正しい平均賃金を用いなければなりません。ここを自己流の計算で済ませると、知らぬ間に上限を超えていた、ということが起こります。
画猫さん:感覚で「1日分はだいたいこのくらい」と考えてはいけないのですね。就業規則の懲戒規定を運用するときは、必ず第12条に立ち返って計算します。
江尾社労士:その姿勢が大切です。懲戒は、就業規則という「我が社のルール」に基づいて行いますが、その中身は労働基準法という「国のルール」に縛られています。二つのルールの関係を意識することが、正確な運用の第一歩になります。
画猫さん:よく分かりました。焦らず、順序と上限を守って対応します。
トラブル2:「調査のため自宅で待たせているのに、賃金を払うのですか」──自宅待機と出勤停止の違い
画猫さん:次の相談です。取引先から、嘱託社員のDさんについて「対応に不適切な点があった」と苦情が入りました。事実を調べる間、Dさんには自宅で待機してもらっています。上司は「懲戒の一種だから、その間の賃金は払わなくてよい」と考えているようなのですが、これで問題ないのでしょうか。
江尾社労士:そこは非常に間違いやすいところです。Dさんの自宅待機は、懲戒処分ではありません。事実を調査するために、会社の判断で一時的に働くことを止めているのです。これは当社の第37条に定める「業務上必要があると会社が認めた場合」の自宅待機にあたります。
画猫さん:同じ「家で待っている」状態でも、懲戒の出勤停止とは違うのですか。
江尾社労士:まったく違います。第33条第4号の「出勤停止」は、懲戒処分です。本人に非があると確定したうえで科す制裁ですから、その期間の賃金は支払いません。一方、調査のための自宅待機は、まだ処分が決まっていない段階で、会社の都合により就労を止めているものです。いわば、事実を見極めるための冷却期間なのです。
画猫さん:では、調査のための自宅待機の間は、賃金を支払わなければならないのですか。
江尾社労士:原則として、支払う必要があります。労働者は働く用意があるのに、会社の側の都合で就労させていないからです。民法第536条第2項の考え方によれば、使用者の責めに帰すべき事由で就労できないときは、労働者は賃金を請求できます。少なくとも、労働基準法第26条の休業手当として平均賃金の6割は支払わなければならない場面ですが、実務では通常の賃金を全額支払う運用が安全です。
画猫さん:「待たせている」つもりでも、賃金が発生するのですね。無給にできると思い込んでいました。
江尾社労士:その思い込みが、後の未払い賃金トラブルを招くのです。第37条第2項をよく読むと、自宅待機を命じられた嘱託社員は、所定労働時間中は自宅で待機し、会社が出勤や連絡を求めた場合には直ちに対応できるよう態勢を整えておかなければならない、とあります。つまり本人は拘束されているのです。拘束している以上、賃金を支払うのは自然なことになります。
画猫さん:なるほど。待機も労働時間に準じた拘束だから、対価が要る、ということですね。ちなみに、自宅待機を命じること自体は、本人の同意がなくてもできるのですか。
江尾社労士:業務上の必要が認められる場合には、会社の指揮命令として命じることができます。第37条第1項の後段にも、会社が認めた正当な理由がない限り、これを拒むことはできない、とあります。ただし、期限を定めずに漫然と待機させ続けると、実質的な制裁とみなされる危険があります。第37条第3項に、自宅待機の期間は短縮または延長することがある、と書いてあるとおり、調査に必要な合理的な期間に限るべきです。
画猫さん:では、調査の結果、本当にDさんに非があった場合はどうなるのですか。
江尾社労士:その場合は、あらためて懲戒手続きに入ります。第32条第2項では、出勤停止以上の懲戒を行う場合には、事実確認、事情聴取、弁明の機会、異議申し立ての受付などを行い、会社が指名した人を長とする懲罰に関する会議で懲戒の種類を決める、と定めています。調査のための自宅待機と、処分としての出勤停止は、時間の流れの上でも切り分けて考えるのです。
画猫さん:まず調査のための待機、そのあいだは賃金を支払う。事実が固まってから、弁明の機会を経て処分を決める。その処分が出勤停止なら、その期間は無給になる。順番がはっきりしました。
画猫さん:待機中のDさんには、どのような義務があるのでしょうか。ただ家にいればよいのでしょうか。
江尾社労士:第37条第2項が答えになります。所定労働時間中は自宅で待機し、会社が出勤や連絡を求めた場合には直ちに対応できるよう態勢を整えておく義務があります。ですから、日中に遠方へ出かけたり、連絡が取れない状態にしたりすることは認められません。一方で、会社の側も、待機を命じる以上は、調査の進み具合を本人に適切に伝え、いたずらに不安を長引かせないよう配慮すべきです。待機は本人の生活を拘束するものですから、必要最小限にとどめる。ここでも公正さが問われます。
画猫さん:拘束する以上、会社にも説明の責任がある、ということですね。一方的に「待っていろ」では済まないのですね。
江尾社労士:そのとおりです。そして手続きを省くと、たとえ本人に非があっても処分そのものが無効とされることがあります。急がば回れ、です。沖縄には「なんくるないさ」という言葉がありますが、これは「なんとかなる」と投げ出す意味ではなく、「まくとぅそーけー なんくるないさ」、つまり正しい道を歩んでいればいずれ良い方向に向かう、という意味だと言われています。手続きを尽くすことこそが、その「正しい道」なのです。
トラブル3:「有期契約なのだから、すぐ辞めさせられますよね」──有期契約の懲戒解雇と損害賠償の限界
画猫さん:最後の相談です。嘱託社員のEさんが、会社の車で配達中に不注意で事故を起こし、車の修理費として80万円の損害が出ました。上司は「有期契約なのだから、契約の途中でも懲戒解雇できるし、修理費は全額本人に払わせればよい」と言っています。これは可能なのでしょうか。
江尾社労士:二つの重い誤解が含まれています。順番に解きほぐしましょう。まず、有期契約だから途中で解雇しやすい、という考えは逆です。有期の労働契約は、期間の途中では、正社員よりもむしろ辞めさせにくいのです。
画猫さん:逆、なのですか。期間の定めがあるほうが、区切りやすいように思えます。
江尾社労士:労働契約法第17条第1項をご覧ください。使用者は、有期労働契約について、やむを得ない事由がある場合でなければ、契約期間が満了するまでの間に労働者を解雇することができない、と定められています。この「やむを得ない事由」は、期間の定めのない正社員を解雇する場合よりも、さらに厳格に判断されます。会社は、その期間は雇用を続けると約束したことになるからです。約束した期間の途中で反故にするには、それだけ重い理由が要る、という理屈です。
画猫さん:では、契約期間の途中で懲戒解雇をするのは、相当に重い事情がなければ難しいのですね。契約が満了する時点で更新しない「雇止め」とは、話が違うということでしょうか。
江尾社労士:鋭いご指摘です。期間途中の解雇と、満了時の雇止めは、まったく別の場面です。今回は期間の途中ですから、第17条第1項の厳しい制限がかかります。当社の第33条第6号の懲戒解雇は、解雇予告期間を設けずに即時に解雇する、非常に重い処分です。加えて、労働基準法第20条により、解雇予告手当を支払わずに即時解雇するには、所轄の労働基準監督署長による解雇予告除外認定が必要になります。今回のEさんの事故は、不注意による過失です。故意の背信行為とは異なりますから、これだけで期間途中の懲戒解雇まで認められる可能性は、けっして高くありません。
画猫さん:事故を起こした事実だけで、ただちに懲戒解雇にはできない、ということですね。では、会社としては、契約期間の途中では何もできないのでしょうか。
江尾社労士:そうではありません。できることはあります。まずは、事故の原因を本人と確認し、再発防止のための指導を行うことです。指導の記録は、書面で残しておきます。そのうえで、指導しても改善が見られず、業務に支障が続く場合には、次の契約期間の満了時に、更新をどうするかを検討する、という道があります。第4条にあるとおり、更新は自動ではなく、会社が更新の可否と労働条件を提示する仕組みです。期間の途中で強引に解雇するのではなく、契約の区切りである更新時に、冷静に判断する。これが有期契約の正しい活かし方になります。
画猫さん:なるほど。途中で無理に切るのではなく、更新の場面で判断する。そのためにも、日ごろの指導や事実の記録が生きてくるのですね。
江尾社労士:そのとおりです。ただし、更新を重ねてきた嘱託社員の雇止めには、労働契約法第19条の配慮も必要です。反復更新の実態や本人の期待の程度によっては、雇止めに客観的合理性と社会的相当性が求められます。ですから、更新時の判断も「気に入らないから更新しない」では通りません。日ごろの指導と記録が、その判断を支える証拠になるのです。では、修理費の80万円の話に戻りましょう。
画猫さん:はい。全額はやはり無理なのでしょうか。
江尾社労士:当社の第38条には、故意、過失や違反行為などにより会社に損害を与えた場合は、その全部または一部を賠償させることがある、と定めてあります。「全部または一部」と書いてあるのが要点です。会社に損害を与えたからといって、労働者に常に全額を負担させられるわけではありません。
画猫さん:その線引きは、どのように考えるのですか。
江尾社労士:有名な茨城石炭商事事件という最高裁の判決があります。業務の中で従業員が起こした事故について、会社が損害の全額を請求できるかが争われました。最高裁は、事業の性格や規模、業務の内容、勤務態度、そして会社が事故の予防や損失の分散にどれだけ配慮していたか、といった事情を考えあわせ、損害の公平な分担という見地から、信義則上相当と認められる限度でしか請求や求償はできない、と判断しました。
画猫さん:会社の側の備えも問われるのですね。任意保険に入っていたか、無理な配送計画ではなかったか、といったことでしょうか。
江尾社労士:まさにそこが問われます。会社は車を使って利益を上げています。その利益の裏側で生じる損失の一定部分は、会社が引き受けるべきだ、という考え方です。この茨城石炭商事事件では、最高裁は、労働者の負担を損害額の4分の1にとどめるのが相当だと判断しました。ですから、Eさんに80万円の全額を負担させるのは、まず認められないと考えるべきです。まして、賠償を賃金から一方的に天引きすることは、賃金全額払いの原則に反しますから、行ってはいけません。
画猫さん:第38条には「退職後も免れることはできない」ともありますが、これは全額を追及できるという意味ではないのですね。
江尾社労士:よい着眼です。第38条の後段は、退職したからといって賠償責任が消えるわけではない、という意味です。責任が存在することと、その金額の大きさは別の問題です。金額はあくまで信義則上相当な範囲に限られます。むしろ、労働者が被害者に自分で賠償した場合に、会社へその一部を求償できるとした福山通運事件という最高裁の判決もあり、負担の分かち合いは双方向で考える時代になっています。会社から労働者への一方通行ではないのです。
画猫さん:有期だから軽く扱える、全額取り立てられる、という発想がいかに危ういか、よく分かりました。契約途中の解雇も、損害賠償も、慎重に、公平に、ですね。
江尾社労士:そのとおりです。嘱託社員は、会社の事情をよく知り、後進を支える貴重な戦力です。ひとつの失敗を過大に罰するのではなく、事実を確かめ、法の枠組みの中で公平に対応する。それが、長く安心して働いてもらうための土台になります。
画猫さん:最後に、こうした損害賠償のトラブルを未然に防ぐには、どうすればよいでしょうか。
江尾社労士:予防の観点が大切です。まず、業務で車を使う以上、任意保険には必ず加入し、対物・対人の補償を十分に確保しておくことです。損失を会社の側で分散させておけば、いざというときに労働者へ過大な負担を求めずに済みます。次に、無理のない配送計画を組み、長時間の連続運転を避けることです。事故の背景に会社側の過重な指示があれば、労働者の責任はさらに軽く判断されます。就業規則に損害賠償の規定を置くこと自体は有益ですが、規定に頼る前に、事故を起こさせない環境を整えることこそが、最良の労務管理なのです。
画猫さん:罰する規定を振りかざす前に、備えを固める。予防こそが最善の対策なのですね。肝に銘じます。
おわりに
第7章では、秩序を保つためのルールを扱った。表彰は模範を示して意欲を引き出す前向きな制度であり、懲戒はその裏側で秩序を守る制度である。第31条にあるとおり、功労に報いる仕組みを整えることは、嘱託社員の勤労意欲を支える大切な土台になる。守りの規定と攻めの規定は、ひとつの秤の両端にあると心得たい。
懲戒の減給には労働基準法第91条の上限があり、調査のための自宅待機は懲戒の出勤停止とは異なって賃金の支払いを要する。そして有期契約の途中解雇は正社員よりも厳格に判断され、損害賠償も公平な分担という原則によって制限される。いずれも「有期だから軽く扱える」という思い込みを戒めるものである。
懲戒も、自宅待機も、損害賠償も、共通して求められるのは「事実を確かめ、手続きを尽くし、公平に対応する」という姿勢である。規定は、抜けば切れる刀ではあるが、抜き方を誤れば自らを傷つける。慎重に、そして誠実に用いることが、結果として会社を守り、働く人の納得を得ることにつながる。次章では、解雇、退職および休職という、雇用の終わりと中断をめぐる論点を取り上げる。契約の出口をどう設計するかは、入口の設計と同じくらい大切なのだ。
参照条文一覧
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条文 |
内容の要点 |
主な関連トラブル |
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第31条 |
表彰の事由と方法。功労に応じて表彰状・賞金等を授与する。 |
はじめに |
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第32条 |
懲戒の趣旨と手続き。出勤停止以上は事実確認・弁明の機会等を経る。 |
トラブル2 |
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第33条 |
懲戒の種類と内容。減給は労基法第91条の上限に沿う。出勤停止は無給。 |
トラブル1・2・3 |
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第34条 |
懲戒の種類と懲戒事由の適用。処分の重さと事由の対応関係。 |
トラブル1・3 |
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第37条 |
業務上必要な自宅待機。所定労働時間中の待機義務を課す。 |
トラブル2 |
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第38条 |
損害賠償。故意・過失による損害の全部または一部を賠償させる。 |
トラブル3 |
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第47条第4項 |
遅刻・早退・欠勤等の不就労時間に対する賃金は支払わない。 |
トラブル1 |
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労基法第91条 |
減給の制裁の上限(1回は平均賃金半日分、総額は賃金総額の1/10)。 |
トラブル1 |
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労基法第20条 |
解雇予告・予告手当。即時解雇には予告除外認定を要する。 |
トラブル3 |
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労契法第17条第1項 |
有期契約はやむを得ない事由がなければ期間途中に解雇できない。 |
トラブル3 |
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労契法第19条 |
反復更新等の場合の雇止め法理。更新時の判断にも合理性を要する。 |
トラブル3 |
社会保険労務士 江尻育弘