第11章 安全および衛生
今回取り上げる労務問題
・「週3日勤務の私は、健康診断の対象外ですよね」──短時間の嘱託社員と健康診断の対象者の判定
・「感染症で出勤停止になったのに、なぜ賃金が出ないのですか」──就業禁止の期間中の賃金と休業手当
・「ストレスチェックの案内が、私には届きませんでした」──嘱託社員のストレスチェックと長時間労働の面接指導
はじめに
旧盆を控えた沖縄は、一年でもっとも暑さの厳しい時期を迎えていた。8月末のウークイの夜になると、各地の青年会がエイサーの道ジュネーで先祖を送り出す。太鼓の音が那覇の夜空に響くころになっても、日中の日差しは衰えを知らない。あっぱれ商事の倉庫や屋外の現場では、朝礼のたびに熱中症への警戒が呼びかけられている。働く人の安全と健康を守ること。それは、これまで読み解いてきたすべての条文の、いちばん底にある土台である。第11章が扱う安全および衛生は、その土台を正面から定めた、シリーズの締めくくりにふさわしい章である。
人事部総務課の画猫さんは、この夏、嘱託社員の健康管理をめぐって、いくつもの疑問を抱えていた。短時間で働く嘱託社員に健康診断は必要なのか。感染症で休ませたとき、賃金はどうなるのか。ストレスチェックの案内が届かなかった、という声に、どう応えるべきか。今日も、江尾社労士が那覇のオフィスを訪ねてきたのだ。
登場人物紹介
江尾社労士……社会保険労務士として20年以上のキャリアを持つベテラン。「安全衛生は、事が起きてからでは遅い。予防にこそ、いちばんの価値がある」と説く。
画猫さん……あっぱれ商事の人事部総務課に所属して3年目。日々の労務手続きには慣れてきたが、健康管理の制度が誰にどこまで及ぶのか、整理しきれずにいる。
画猫さん:江尾先生、いよいよ最後の章になりました。安全および衛生というと、工場の機械や保護具の話が中心で、事務や販売の職場にはあまり関係がない、という印象を持っていました。
江尾社労士:多くの方が同じように感じています。ただし、それは大きな誤解です。安全および衛生の規定は、危険な作業がある職場だけのものではありません。第57条から第60条の2までを見渡すと、その中心にあるのは、健康診断、就業禁止、長時間労働への面接指導、そしてストレスチェックです。これらは、業種を問わず、あらゆる職場の働く人に関わります。
画猫さん:健康診断やストレスチェックは、たしかにどの職場にもある話です。それが安全および衛生の章に定められているのですね。
江尾社労士:そのとおりです。会社には、働く人が安全で健康に働けるよう配慮する義務があります。これを安全配慮義務と呼びます。労働契約法第5条が、使用者は労働者が生命、身体等の安全を確保しつつ労働できるよう必要な配慮をするものとする、と定めています。第57条以下の規定は、この安全配慮義務を、就業規則という形で具体的に書き表したものだと考えてください。
画猫さん:会社の配慮義務が土台にあって、その上に健康診断やストレスチェックの規定が乗っている、という関係なのですね。
江尾社労士:まさにそうです。そして、この章には、もう一つ新しい動きがあります。この夏から、職場の熱中症対策が、法律上の義務になりました。令和7年6月1日に施行された改正労働安全衛生規則によって、一定の暑さの環境で作業をさせる会社には、熱中症のおそれのある人を早く見つけて手当てするための体制づくりが義務づけられたのです。違反には罰則もあります。沖縄の夏を思えば、決して他人事ではありません。
画猫さん:熱中症の対策が、努力目標ではなく、罰則付きの義務になったのですね。屋外や倉庫で働く嘱託社員のことを思うと、まさに今日、確かめておきたい話です。
江尾社労士:良い着眼です。第57条は、嘱託社員自身にも、安全衛生に関する法令と会社の指示を守り、会社と協力して労働災害の防止に努める義務を課しています。安全と健康は、会社が一方的に守るものではなく、働く人と会社が力を合わせて築くものです。今日は、健康診断、就業禁止、そしてストレスチェックという三つの場面から、その仕組みを見ていきましょう。
トラブル1:「週3日勤務の私は、健康診断の対象外ですよね」──短時間の嘱託社員と健康診断
画猫さん:では、最初の相談です。定年後に再雇用した嘱託社員のAさんから、こう言われました。自分は週3日、1日5時間の勤務なので、健康診断の対象外ですよね、と。パートの方と同じで、短時間なら健康診断は要らない、と考えてよいのでしょうか。
江尾社労士:とても大切な確認です。ここは、雇用区分ではなく、働く時間と契約の見込みで判断します。労働安全衛生法第66条は、会社に対し、常時使用する労働者への健康診断の実施を義務づけています。当社の第58条第1項も、毎年1回以上の健康診断を行う、と定めています。問題は、この「常時使用する労働者」に、Aさんが当てはまるかどうかです。
画猫さん:常時使用する労働者、という言葉が鍵になるのですね。短時間で働く嘱託社員が、これに当てはまるかどうかは、どう見分けるのでしょうか。
江尾社労士:行政の通達が、二つの要件を示しています。一つは、期間の定めのない契約で働く人、または1年以上引き続き使用される見込みの人であること。もう一つは、1週間の所定労働時間が、同じ職場で同じ仕事をする通常の労働者の4分の3以上であることです。この両方を満たす短時間労働者が、常時使用する労働者にあたり、健康診断の義務対象になります。
画猫さん:契約の見込みが1年以上あること。そして、労働時間が正社員の4分の3以上であること。この二つがそろって、はじめて義務の対象になるのですね。
江尾社労士:そのとおりです。当社の正社員の所定労働時間が週40時間だとすると、その4分の3は週30時間です。Aさんは週3日、1日5時間ですから、週15時間。4分の3の基準には届きません。したがって、Aさんは、法律上の義務としての健康診断の対象には、あたらないことになります。
画猫さん:やはりAさんの言うとおり、対象外ということですか。それでは、健康診断は受けさせなくてよい、と考えてよいのでしょうか。
江尾社労士:そこで立ち止まってほしいのです。義務がないことと、実施しなくてよいことは、同じではありません。同じ通達は、4分の3未満であっても、おおむね2分の1以上の時間を働く短時間労働者には、健康診断を実施することが望ましい、としています。Aさんの週15時間は、週40時間の2分の1に少し届きませんが、望ましいとされる水準に近いところにあります。
画猫さん:義務ではないけれど、実施することが望ましい、という領域があるのですね。とりわけ嘱託社員は、定年を迎えた年齢の方々です。健康への配慮は、なおさら必要に思えます。
江尾社労士:まさにその視点が大切です。嘱託社員は、長年会社を支えてきた方々であり、年齢を重ねている分、健康上の変化も生じやすい。会社には安全配慮義務があります。義務の線引きだけで判断せず、健康診断の機会を用意することは、本人のためであると同時に、会社が安全配慮義務を果たすうえでも意味を持ちます。費用の負担を含めて、あらかじめ方針を決めておくとよいでしょう。
画猫さん:もう一人、確かめたい方がいます。嘱託社員のBさんは、週4日、1日6時間で、週24時間の勤務です。この場合は、どうなるのでしょうか。
江尾社労士:週24時間は、週40時間の4分の3である週30時間には届きません。ですから、Bさんも、法律上の義務としての健康診断の対象には、あたりません。ただし、週24時間は2分の1である週20時間を超えていますから、実施することが望ましい水準には、はっきりと入っています。Bさんについては、前向きに健康診断を実施する方向で考えたいところです。
画猫さん:週30時間が義務の境目、週20時間が望ましいとされる目安。二つの線があるのですね。ところで、フルタイムで働く嘱託社員のCさんは、迷う余地なく対象、ということでよろしいのでしょうか。
江尾社労士:そのとおりです。Cさんは、定年後も週5日のフルタイムで再雇用されています。契約は1年ごとの更新ですが、継続して雇用される見込みがあり、労働時間も4分の3を超えています。二つの要件をともに満たしますから、健康診断の義務対象です。有期契約であることは、対象から外れる理由にはなりません。
画猫さん:有期の契約だから対象外、という考え方は誤りなのですね。定年後の再雇用でも、1年以上の見込みがあって、時間の要件を満たせば、正社員と同じように健康診断を行う。ここに雇用区分による差はない、ということですね。
江尾社労士:そのとおりです。加えて、忘れてはならないのが、働く人自身の義務です。第58条第2項は、嘱託社員はこの健康診断の受診を拒否することはできない、と定めています。労働安全衛生法第66条第5項も、労働者に受診の義務を課しています。会社が健康診断の機会を用意する義務を負う一方で、働く人には、それを受ける義務があるのです。権利と義務は、両輪です。
画猫さん:会社が実施する義務と、本人が受ける義務。両方がそろってはじめて、健康管理が機能するのですね。もし健康診断の結果に異常の所見があったときは、どう対応すればよいのでしょうか。
江尾社労士:第58条第4項から第6項に、その流れが定められています。異常の所見があった場合、会社は本人に再検査を受けるよう促します。そして、必要があれば、就業場所の変更、作業の転換、労働時間の短縮、深夜業の回数の減少などの措置をとることができます。これは、会社が安全配慮義務を果たすための措置です。ここで大切なのは、こうした措置を、本人への不利益な取扱いとしてではなく、健康を守るための配慮として、丁寧に説明しながら進めることです。
画猫さん:健康診断は、受けて終わりではなく、その結果を働き方に活かすところまでが一続きなのですね。夏の暑さのなかで働く嘱託社員のことを思うと、第57条の熱中症対策とも、深くつながっていると感じます。
江尾社労士:まさにそこです。健康診断で体の状態を把握し、熱中症対策で日々の作業環境を整える。この二つは、働く人の健康を守るための、車の両輪です。この夏から熱中症対策が義務になったことも踏まえ、暑さのなかで働く嘱託社員には、水分と塩分の補給、休憩の確保、体調の変化への目配りを、いっそう手厚くしていきたいところです。
トラブル2:「感染症で出勤停止になったのに、なぜ賃金が出ないのですか」──就業禁止と賃金
画猫さん:次の相談です。嘱託社員のDさんが、ある感染症にかかり、法律に基づいて出勤を止めることになりました。ところが、Dさんから、会社の指示で休んだのに、なぜ賃金が出ないのか、休業手当も支払われないのか、と尋ねられ、答えに詰まってしまいました。
江尾社労士:これは、実務でよく混乱するところです。まず、就業を禁止する根拠を確かめましょう。第59条第1項は、感染症法に定める病等にかかった場合や、出勤させることが不適当と認めた場合に、必要な期間、出勤を禁止することがある、と定めています。Dさんのように、感染症法に基づいて就業が制限される場合、これは、会社の一存ではなく、法律の求めによる就業禁止です。
画猫さん:会社が独自の判断で休ませているのではなく、法律の求めによって休ませている、ということですね。その違いが、賃金の扱いに関わってくるのでしょうか。
江尾社労士:まさに、そこが分かれ目です。賃金は、働いた対価として支払われるのが原則です。働いていない時間について賃金が発生しないことを、ノーワーク・ノーペイの原則と呼びます。Dさんは就業を禁止され、働いていませんから、この原則により、その期間の賃金は発生しません。次に問題になるのが、労働基準法第26条の休業手当です。
画猫さん:休業手当というと、会社の都合で休ませたときに、平均賃金の6割を支払う、というものですね。第55条の臨時休業中の賃金でも学びました。今回も、それにあたるのでしょうか。
江尾社労士:よく覚えていました。ただし、休業手当が必要になるのは、休業が「使用者の責に帰すべき事由」による場合に限られます。感染症法に基づく就業制限は、法律が公衆衛生のために求めているものであって、会社の都合による休業ではありません。ですから、行政の解釈では、この場合の休業は使用者の責に帰すべき事由にあたらず、休業手当の支払い義務は生じない、とされています。
画猫さん:法律の求めによる就業禁止だから、会社の責めによる休業ではない。したがって、休業手当も要らない、ということですね。それでは、Dさんは、その間、何の支えもないのでしょうか。
江尾社労士:そこは、別の制度が支えます。Dさんが健康保険の被保険者であれば、傷病手当金を受けられる場合があります。これは、病気やけがで働けず、給与が支払われないときに、健康保険から、おおむね標準報酬日額の3分の2が支給される仕組みです。会社は、この傷病手当金の申請に協力することができます。賃金が出ないから何もない、のではなく、公的な保険が本人の生活を支える。この道筋を、本人に丁寧に案内することが大切です。
画猫さん:会社の賃金や休業手当ではなく、健康保険の傷病手当金が支える場面なのですね。制度の出どころが違うだけで、本人が置き去りにされるわけではない、と分かって安心しました。
江尾社労士:そのとおりです。ただし、ここで区別してほしい場面があります。同じ感染症でも、たとえば季節性のインフルエンザのように、法律による就業制限の対象ではない病気の場合です。この場合、本人が体調不良で休むのは、通常の私的な傷病による欠勤です。やはりノーワーク・ノーペイで賃金は発生せず、会社の責めによる休業でもないため、休業手当も原則として要りません。
画猫さん:法律で就業が制限される感染症と、そうではない私的な病気とで、根拠は違っても、賃金や休業手当の結論は似てくるのですね。では、会社が、法律の求めがないのに、念のために休ませる場合は、どうなるのでしょうか。
江尾社労士:鋭い問いです。法律上の就業制限がないのに、会社が独自の判断で自宅にとどまるよう命じる場合には、事情が変わります。この休業は、会社の判断による休業ですから、使用者の責に帰すべき事由にあたると評価され、労働基準法第26条の休業手当、すなわち平均賃金の6割の支払いが必要になることがあります。法律に基づく就業禁止か、会社の独自判断による休業か。この違いが、休業手当の要否を分けるのです。
画猫さん:同じ「休ませる」でも、法律に基づくのか、会社の判断によるのかで、休業手当の扱いが変わる。ここを取り違えると、支払うべき手当を見落としたり、逆に要らない負担を抱えたりしてしまうのですね。
江尾社労士:まさにそこが落とし穴です。だからこそ、就業を禁止するときは、その根拠が法律にあるのか、会社の判断にあるのかを、はじめに整理する習慣をつけてください。加えて、忘れてはならないのが、第59条第1項のただし書きです。感染症であっても、在宅などで就業が可能な場合には、在宅勤務等を命じることがある、と定めています。
画猫さん:在宅で働ける仕事であれば、休ませるのではなく、在宅勤務にする道があるのですね。その場合は、実際に働くわけですから、賃金は通常どおり支払われる、ということですね。
江尾社労士:そのとおりです。出勤を止めることと、仕事を止めることは、必ずしも同じではありません。感染の広がりを防ぎながら、働ける人には在宅で働いてもらう。これは、本人の収入を守るうえでも、会社の業務を止めないうえでも、望ましい選択です。もっとも、体調そのものが悪ければ、まずは療養が第一です。在宅勤務は、あくまで就業が可能な場合の選択肢だと押さえてください。
画猫さん:よく分かりました。ところで、Dさん本人ではなく、Dさんの同居のご家族が感染症にかかった、という場合には、何か決まりはあるのでしょうか。
江尾社労士:第59条第2項に定めがあります。嘱託社員の同居の者が感染症法に定める病等にかかり、またはその疑いがある場合は、直ちに会社へ届け出て、必要な指示を受けなければならない、というものです。これは、働く人の側の義務です。自分だけでなく、身近な人の感染も速やかに知らせてもらうことで、職場全体への広がりを未然に防ぐ。ここでも、会社の措置と、働く人の義務が、両輪になっています。
画猫さん:自分の感染だけでなく、家族の感染も届け出る。働く人にも、職場の安全を守る役割があるのですね。感染症への対応は、会社と本人の協力があってこそ成り立つ、と実感しました。
トラブル3:「ストレスチェックの案内が、私には届きませんでした」──ストレスチェックと面接指導
画猫さん:最後の相談です。嘱託社員のEさんから、職場で行われたストレスチェックの案内が、自分には届かなかった、と申し出がありました。短時間の勤務だから対象外にされたのではないか、と気にされています。これは、どう考えればよいのでしょうか。
江尾社労士:まず、制度の位置づけから確かめましょう。ストレスチェックは、働く人が自分の心の状態に気づき、メンタルヘルスの不調を未然に防ぐための仕組みです。労働安全衛生法第66条の10に基づき、当社の第60条の2でも、毎年1回、定期に実施すると定めています。現在の法律では、常時50人以上の労働者を使用する事業場に、実施が義務づけられています。
画猫さん:50人以上の事業場では義務なのですね。当社のこの事業場は、その規模を超えています。それでは、Eさんも対象に含めるべきだった、ということでしょうか。
江尾社労士:そこが肝心です。ストレスチェックの対象となる労働者の範囲は、先ほどの健康診断と同じ考え方で判断します。すなわち、期間の定めのない契約か1年以上の使用の見込みがあり、かつ、1週間の所定労働時間が通常の労働者の4分の3以上である人が、対象です。Eさんが、定年後の再雇用で継続して働く見込みがあり、労働時間も4分の3以上であれば、短時間であっても対象に含めなければなりません。
画猫さん:健康診断と同じ基準で、対象かどうかを見分けるのですね。Eさんが4分の3以上働いているなら、案内が届かなかったのは、対象の判定に漏れがあった、ということになります。
江尾社労士:そのとおりです。おそらく、短時間だから対象外だ、という思い込みで、名簿から外れてしまったのでしょう。これは、健康診断の対象判定と同じ落とし穴です。雇用区分や勤務日数の少なさだけを見て対象から外すと、本来含めるべき人を見落とします。Eさんには、判定に漏れがあったことを率直に伝え、速やかに受けられるようにするのが筋です。
画猫さん:思い込みによる対象漏れは、健康診断でもストレスチェックでも起こりうるのですね。ところで、当社の別の小さな営業所は、働く人が50人に満たないのですが、そこでは、ストレスチェックは行わなくてよいのでしょうか。
江尾社労士:現在の法律では、50人未満の事業場は、実施が努力義務にとどまっています。ただし、ここで、これからの大きな変化をお伝えしなければなりません。令和7年、2025年に労働安全衛生法が改正され、この50人未満の事業場にも、ストレスチェックの実施が義務づけられることが決まりました。改正法はすでに成立し、公布されています。
画猫さん:50人未満の事業場にも、義務が広がるのですね。それは、いつから始まるのでしょうか。
江尾社労士:施行日は、2028年4月1日とされています。今はまだ努力義務ですが、2028年の春からは、規模の大小にかかわらず、すべての事業場でストレスチェックが義務になります。厚生労働省も、小規模な事業場向けの実施マニュアルを、令和8年、2026年の初めに公表し、準備を後押ししています。ここで大切なのは、現在の法律と、これから施行される改正とを、はっきり区別して理解しておくことです。
画猫さん:今はまだ努力義務だけれど、2028年4月からは義務になる。現在の決まりと、これからの決まりを、混同しないようにするのですね。小さな営業所についても、今から少しずつ準備を進めておくと安心ですね。
江尾社労士:まさに、そのとおりです。予防は、いつも前もって始めるものです。義務化の時期を待つのではなく、今のうちから体制を整えておけば、いざ施行されたときに慌てずにすみます。さて、ストレスチェックの結果、ストレスが高いと判定された人への対応も、確かめておきましょう。第60条の2第2項に定めがあります。
画猫さん:高ストレスと判定された方には、どのような対応をするのでしょうか。
江尾社労士:ストレスが高く、面接指導が必要だと医師などが認めた人が、自ら申し出た場合に、医師による面接指導を行います。ここで大切なのは、本人の申し出が起点になる、という点です。会社が結果を勝手に見て、一方的に呼び出すのではありません。そのうえで、面接指導の結果、医師が必要と認めれば、会社は、就業場所の変更、作業の転換、労働時間の短縮、深夜業の回数の減少などの措置をとることがあります。
画猫さん:ひとつ気がかりなことがあります。労働時間を短縮したり、作業を変えたりする措置は、本人にとっては、待遇が下がる不利益な変更に受け取られてしまわないでしょうか。
江尾社労士:とても大切な視点です。これらの措置は、本人を不利益に扱うためのものではなく、健康を守るための配慮です。だからこそ、進め方が肝心になります。医師の意見をよく聴き、本人にその意味を丁寧に説明し、納得を得ながら進める。労働条件の変更を伴う場合には、本人とよく話し合う。健康のための措置が、かえって本人を追い詰めることのないよう、心を配ることが欠かせません。ストレスチェックの結果を、本人の同意なく会社が把握してはならない、という秘密の保護も、この制度の大切な柱です。
画猫さん:健康を守るための措置が、本人を傷つけることのないように。制度の形だけでなく、その運び方にこそ心を配るのですね。長時間労働への対応についても、確かめておきたいのですが。
江尾社労士:第60条に定めがあります。会社は、働く人の労働時間の状況を把握し、長時間の労働で疲労の蓄積が認められる人に対し、本人の申し出により、医師による面接指導を行います。法律では、1か月の時間外労働と休日労働の合計が80時間を超え、疲労の蓄積が認められる人が、申し出を起点として、この面接指導の対象になります。
画猫さん:ここでも、嘱託社員だから対象外、ということはないのでしょうか。短時間で働く方は、そもそも長時間労働になりにくいとは思うのですが。
江尾社労士:対象から外れることはありません。労働時間の状況を把握する義務は、雇用区分を問わず、働くすべての人に及びます。たしかに、短時間の嘱託社員が月80時間を超える時間外労働をすることは、多くはないでしょう。しかし、繁忙期に残業が重なることもあります。嘱託社員だからと初めから枠の外に置くのではなく、一人ひとりの労働時間を正しく把握し、必要な人に面接指導が届くようにしておくことが、会社の務めです。
画猫さん:健康診断も、ストレスチェックも、長時間労働の面接指導も、根っこにあるのは同じ考え方なのですね。雇用区分で線を引くのではなく、一人ひとりの状態を見て、必要な配慮を届ける。安全および衛生の章は、その姿勢を教えてくれているように感じます。
江尾社労士:見事にまとめてくれました。安全および衛生は、危険な作業への備えにとどまりません。心と体の両面から、働く人の健康を守る仕組みです。とりわけ嘱託社員は、豊かな経験を持つ一方で、健康への配慮がいっそう求められる方々です。予防を第一に、一人ひとりに目を向けること。それが、長く安心して働ける職場をつくる、いちばんの近道なのです。
おわりに
第11章では、安全および衛生を扱った。健康診断、就業禁止、長時間労働への面接指導、そしてストレスチェック。いずれも、危険な作業のある職場に限らず、あらゆる職場の働く人に関わる仕組みである。その対象を判断するときは、雇用区分ではなく、契約の見込みと労働時間で見る。1年以上の使用の見込みがあり、週の所定労働時間が通常の労働者の4分の3以上であれば、短時間の嘱託社員も、健康診断とストレスチェックの対象になる。義務の線引きの手前には、実施が望ましいとされる領域が広がっている。
就業を禁止するときは、その根拠が法律にあるのか、会社の判断にあるのかを、はじめに見分ける。法律に基づく就業禁止であれば休業手当は要らず、健康保険の傷病手当金が本人を支える。会社の独自判断による休業であれば、休業手当が必要になる。そして、ストレスチェックは、2028年4月から、規模の大小を問わずすべての事業場で義務になる。現在の決まりと、これから施行される改正とを、はっきり区別しておくことが欠かせない。
こうして、総則に始まり、安全および衛生に至るまで、嘱託社員就業規則を章ごとに読み解いてきた。全11章を貫いていたのは、法令を守ることと、働く人の幸福を守ることは、決して別々ではない、という一つの信念である。定年を迎えてもなお働き続ける方々が、その経験と技能を安心して発揮できる職場をつくること。就業規則は、そのための静かな約束である。読み、活かし、そして必要に応じて見直していく。その地道な積み重ねの先にこそ、人を大切にする組織の姿がある。長い道のりに最後までお付き合いいただき、心より御礼を申し上げる。
参照条文一覧
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条文 |
内容の要点 |
主な関連トラブル |
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第57条 |
嘱託社員の安全衛生の遵守事項。会社と協力した労働災害の防止。 |
トラブル1 |
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第58条第1項 |
毎年1回以上の健康診断の実施義務。 |
トラブル1 |
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第58条第2項 |
嘱託社員の受診義務。受診を拒否できない。 |
トラブル1 |
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第58条第4〜6項 |
異常所見時の再検査、就業場所変更・作業転換等の措置。 |
トラブル1 |
|
第59条第1項 |
感染症等による就業禁止。ただし在宅就業が可能なら在宅勤務等。 |
トラブル2 |
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第59条第2項 |
同居者が感染症等のときの届出義務。 |
トラブル2 |
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第60条 |
長時間労働者への医師の面接指導。時間外・休日80時間超が目安。 |
トラブル3 |
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第60条の2 |
ストレスチェックの実施と高ストレス者への面接指導。 |
トラブル3 |
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安衛法第66条 |
常時使用する労働者への健康診断。週4分の3以上等が対象基準。 |
トラブル1 |
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安衛法第66条の10 |
ストレスチェック。常時50人以上の事業場で義務(現行)。 |
トラブル3 |
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労基法第26条 |
休業手当。使用者の責に帰すべき事由による休業に平均賃金6割。 |
トラブル2 |
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安衛則(熱中症対策) |
令和7年6月施行。一定の暑熱作業での熱中症予防措置の義務化。 |
トラブル1 |
社会保険労務士 江尻育弘