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特別号 過半数代表者の選び方、間違えていませんか?

──「社長が頼んだ人」では、協定は成り立ちません──


今回取り上げる労務問題

トラブル1:「山田さんに頼もう」──1年単位の変形労働時間制協定が無効になり、数年分の残業代が発生したケース

トラブル2:「去年と同じで」──就業規則改定の意見書を前年の代表者に流用したケース

トラブル3:「賛成してくれそうな人を候補にしよう」──会社が候補者を絞り込んだ信任投票のケース


はじめに

あっぱれ商事の人事部に、江尾社労士が月例の訪問に来た。画猫さんがコーヒーを淹れながら、少し気になっていたことを話し始めた。


画猫さん:先日、知り合いの会社で労基署の調査があったと聞きまして。変形労働時間制の協定が問題になったとかで、かなり大変だったようなのです。あっぱれ商事も変形制を使っていますし、少し不安になって。


江尾社労士:それは他人事ではありません。過半数代表者の選び方一つで、何年分もの割増賃金が一気に発生することがあります。今日はその点を中心に見ていきましょう。


過半数代表者という存在は、多くの会社の人事担当者にとって「毎年協定書にサインをもらう人」という程度の認識にとどまることが多い。しかし、この役割の適法性を担保する選出手続きは、労使協定の有効性を左右する根幹である。近年、不適正な選出を理由に労使協定が無効とされる事案が増加しており、人事実務において軽視できないテーマになっている。


登場人物

江尾(えび)社労士:ベテランの社会保険労務士。20年以上のキャリアを持ち、じっくりと、しかし的確に急所を突く。労使関係の「現実」を知り尽くしているからこそ、手続きの重要性を繰り返し説く。

画猫(がねこ)さん:株式会社あっぱれ商事の人事担当、3年目。勉強熱心だが、手続きの「慣行」を疑う習慣がまだ育っていない。今日の訪問で、その慣行を根本から問い直すことになる。


トラブル1:「山田さんに頼もう」──1年単位の変形労働時間制協定が無効になり、数年分の残業代が発生したケース

あっぱれ商事の取引先である卸売業の宮本商店では、3年前に1年単位の変形労働時間制を導入した。繁忙期と閑散期のメリハリが大きい業種で、年末年始の繁忙期には1日10時間・週48時間を超える日も珍しくない。シーズンに合わせて所定労働時間を弾力的に組めるこの制度は、現場から歓迎された。うまく機能すれば、繁忙期の所定労働時間を長く設定し、閑散期に短くすることで、年間を通じた割増賃金の発生を抑えることができる。


問題は、その制度の根拠となる労使協定の締結にあった。1年単位の変形労働時間制を導入するためには、事業場の過半数代表者との書面による協定が必要である(労働基準法第32条の4)。当時、宮本商店の社長は「誰に頼もうか」と考え、社内でまとめ役として慕われていた山田さんを呼んだ。「山田くん、過半数代表者になってもらえないか。君ならみんなも納得するだろう」と声をかけ、山田さんも快諾した。こうして協定が締結され、労働基準監督署に届け出られた。以来、毎年同じ手順で協定を更新してきた。


3年後、退職した元社員が未払い残業代を求めて申告した。労働基準監督署が調査に入り、過半数代表者の選出経緯を確認したところ、山田さんが「社長に呼ばれて頼まれた」ことが判明した。選出のための投票も挙手も、社内への周知もなかった。


「使用者の意向に基づき選出された者は、過半数代表者として認められない」──これは労働基準法施行規則第6条の2第1項第2号に明記された要件である。宮本商店の山田さんは、この要件を満たさない人物であった。結果として、3年間にわたり締結された変形労働時間制の労使協定は、すべて無効と判断された。


労使協定が無効であれば、1年単位の変形労働時間制は適法に導入されていなかったことになる。制度の根拠が消えると、変形対象期間中の労働時間は通常の法定労働時間制で再計算される。1日8時間、1週40時間を超えた時間はすべて法定時間外労働となり、25%以上の割増賃金の支払い義務が生じる。繁忙期に長時間勤務が続く業態では、所定労働時間として扱っていた時間帯の相当部分が時間外労働に転換される。時効の範囲内(3年)で遡って計算すると、その金額は相当な規模に膨らんだ。


画猫さん:つまり、選び方が間違っていただけで、これまでの協定が丸ごと使えなかったことになるということですね。


江尾社労士:そうなります。しかも厄介なのは、山田さんが人望のある方だったとしても、それとは関係ない点です。選出の手続きが適法かどうか、という話ですから。山田さん個人の資質ではなく、「選ばれ方」が問われるのです。


画猫さん:では、正しい選び方とはどういうものになるのでしょうか。


江尾社労士:まず、何のための選出かを労働者全員に明らかにすること。1年単位の変形労働時間制の労使協定を締結するために過半数代表者を選ぶ、という目的を事前に周知することが必要です。次に、投票・挙手・話し合いなど、過半数の労働者がその人の選任を支持していることが明確になる民主的な手続きで選出すること。この2つが最低限の要件です。そして、その過程に会社側の意向が入り込んではなりません。選出手続きの記録──方法・日付・参加者・結果──もきちんと残しておくことが、後の紛争を防ぐ意味でも重要です。


画猫さん:候補者を会社が絞ることも問題になるのですね。


江尾社労士:なります。「この人はどうですか」と会社が名指しすることも、実質的な指名と判断される可能性があります。選出の主体はあくまでも労働者です。会社は手続きの場を整える役割に徹しなければなりません。


1年単位の変形労働時間制は、労使協定の有効性が制度全体の命綱である。その協定を支える過半数代表者の選出手続きが崩れると、制度ごと崩れる。宮本商店が3年かけて積み上げてきた運用が、一つの申告によって根底から問い直された。近年、不適正な選出により労使協定が無効とされる裁判例が増えており、選出手続きの記録が存在しないことが訴訟上の決定的な弱点になる事案も報告されている。


画猫さんは、あっぱれ商事の変形労働時間制の協定も念頭に置いて、江尾社労士に確認した。


画猫さん:あっぱれ商事では、選出の記録をどこまで残せばよいのでしょうか。


江尾社労士:少なくとも、選出の目的を周知した文書(社内メールや掲示等)、投票の方法・日付・参加者数・結果、そして代表者が就任を受諾したことの記録は残しておいてください。裁判所は『過半数代表者が適正に選出された証拠を出してください』と求めます。記録がなく、後から『この人は人望がありました』と述べるだけでは、選出当時の手続きを証明することはできません。記録の不存在は、手続きの不存在と同じように扱われるリスクがあります。


画猫さん:ファイルに保管しておくだけでなく、いざというときに出せる状態にしておく必要があるということですね。


江尾社労士:そうです。電子データであれ紙であれ、協定の有効期間中および終了後も一定期間は保存しておくことをお勧めします。割増賃金の請求権の時効は3年ですから、少なくともそれ以上の期間は残しておく必要があります。


トラブル2:「去年と同じで」──就業規則改定の意見書を前年の代表者に流用したケース

あっぱれ商事には関係会社の春風産業がある。春風産業では、毎年3月に就業規則の軽微な改定を行う慣行があり、人事担当者はその都度、過半数代表者の意見書を作成してきた。特に問題なく届け出が受理され続けてきたため、担当者はこの手続きをルーティンとして処理するようになっていた。


ある年、就業規則に嘱託社員の賃金改定規定を追加することになった。担当者は「また例の意見書だ」と思い、前年の意見書をそのままコピーして、前年と同じ代表者の花田さんの名前をそのまま記載した。花田さんには口頭で「今年も頼みますね」と伝えただけで、選出手続きはとられなかった。花田さんも特に疑問を持たず、署名した。


しかしこの年の改定は、嘱託社員の通勤手当を定額から実費精算方式に変更する内容を含んでいた。遠方から通勤していた嘱託社員の一部にとっては、定期券代の支給額が下がる実質的な賃金の引き下げにあたる変更であった。後に不満を持った嘱託社員が「自分たちは一度も代表者を選んだ覚えがない」と声を上げ、選出手続きの経緯が問われることになった。


就業規則の作成・変更にあたって使用者は、事業場の過半数労働組合(過半数組合がない場合は過半数代表者)の意見を聴取しなければならない(労働基準法第89条、第90条)。この意見聴取は、その都度の手続きが原則である。前年の代表者を自動的に続投させることは、選出に関する手続きを省略したことと同義であり、適法な意見聴取とはならない。


「去年も選んだ人だから問題ないだろう」という感覚は実務では根強い。しかし、代表者の選出は個々の手続きごとに求められるものであり、前回の就任が次回を自動的に正当化することはない。


画猫さん:花田さん自身が問題のある人だったわけではないのですね。手続きを省いたことが問題だったと。


江尾社労士:そうです。しかも、労働者にとって不利益な変更が含まれている場合には、適正な選出に基づく意見聴取が行われたかどうかが、変更の合理性を判断する要素の一つになります(労働契約法第10条)。手続きの瑕疵は、不利益変更の有効性にも影響してくるのです。意見聴取の手続きが省かれていたということは、労働者が意見を述べる機会そのものが与えられていなかったことになります。


画猫さん:就業規則の変更のたびに、選出し直す必要があるということですね。それは現実的に大変ではないのでしょうか。


江尾社労士:任期制という実務的な対応があります。あらかじめ一定の任期を設定して代表者を選出し、その任期内に生じた就業規則の意見聴取や各種協定の締結をすべて包括して担ってもらう方法です。任期が終了すれば改めて選出し直す。この仕組みを整えておけば、毎回の手続きの手間を合理的に省くことができます。ただし任期の設定そのものも、最初の選出時に選出目的の一つとして明示しておく必要があります。


画猫さん:なるほど。任期を設けることで、選出の頻度を減らしつつ、手続きの適法性は保てるということですね。


江尾社労士:そうです。同一の代表者を再選出する結果になっても、その都度手続きを経ることが大切です。任期制であれば、選出の記録も一度でまとめて残せます。


春風産業の事案は、幸いにも社内の話し合いで解決したが、代表者の「流用」という慣行が実務にどれほど広がっているかを改めて考えさせられる出来事だった。令和6年10月には、就業規則変更の際に会社が一方的に指名した者を過半数代表者として意見聴取を行ったとして、法人と責任者が労働基準法第90条違反の疑いで書類送検された事案も報告されている。軽微な改定だからといって手続きを省く余地はない。


トラブル3:「賛成してくれそうな人を候補にしよう」──会社が候補者を絞り込んだ信任投票のケース

あっぱれ商事の別の取引先、海峰フーズでは、フレックスタイム制の導入に際して過半数代表者を選ぶことになった。人事部長は「選挙という形を取れば問題ないだろう」と考え、社内メールで候補者を2名推薦した。推薦文には「人事部が信頼を寄せる2名」と書かれており、社員は次の月曜日までにどちらかに投票するよう求められた。投票率は8割を超え、多数票を得た1名が代表者に就任した。形式上は投票による選出であった。


後に、フレックスタイム制の運用に疑問を持った別の社員が選出手続きを調べ、会社が候補者を指名していたことを問題とした。


問題の核心は、候補者を会社が選んだという点にある。労働基準法施行規則第6条の2第1項第2号は「使用者の意向に基づき選出されたものでないこと」を過半数代表者の要件として明記している。候補者の絞り込みを会社が行うことは、たとえ最終的に投票という手続きを踏んだとしても、選出プロセスへの使用者の意向の介入とみなされ得る。行政解釈においても、会社が指名した候補者に対する投票は適切な選出方法とは認められないとされている。


画猫さん:投票をしているのに、なぜ問題になるのでしょうか。投票という形式を取っていれば十分ではないのですか。


江尾社労士:選出の主体が労働者でなければならないからです。選挙で言えば、選挙管理委員会が候補者を選んでいるような状態です。誰を候補にするかを使用者が決めた時点で、労働者の自由な選択は実質的に制約されています。過半数代表者は、会社と対等に交渉できる立場の人物である必要があります。最初から会社に近い人物に絞られた候補から選ぶ仕組みでは、その独立性が担保されません。形式だけ整えた民主主義と、実質的な民主主義は違うのです。


画猫さん:では、会社はどこまで関われるのでしょうか。


江尾社労士:手続きの場を設けること、選出の目的を周知すること、選出に参加できる機会を全従業員に与えること、この3点に限られます。候補者を推薦することも、基本的には控えた方がよいと考えてください。立候補の仕方や投票の方法を案内することは問題ありませんが、誰が候補になるかは労働者の側から決まる必要があります。


画猫さん:会社にとって都合のよい人が選ばれてほしい、という気持ちはわかるのですが、それを選出に反映させてはいけない、ということですね。


江尾社労士:そうです。過半数代表者は、会社と労働者の間で利害が対立する場面でも、労働者の立場を代弁する役割を担う人物です。その人物を会社が実質的に選んでいるとすれば、制度の意味が失われます。会社として関与を控えることが、制度への信頼を守ることにつながるのです。


海峰フーズでは、改めて候補者の推薦を労働者の側から行う形で選出をやり直し、新たな代表者のもとで協定を締結し直した。やり直しにかかった時間と労力は、最初から手続きを正しく行っていれば不要だったものである。


【コラム】なり手がいない──過半数代表者を選べない会社の現実と対策

3つのトラブルを見てきて、画猫さんはふと別の不安を口にした。


画猫さん:手続きを正しくやろうとしても、そもそも誰もなりたがらない、という話を聞いたことがあります。あっぱれ商事でも、代表者をお願いするとき、毎回少し気まずい思いをしているのです。「え、また私ですか」という顔をされることもあって……。


江尾社労士:それは多くの会社が直面している問題です。実務の現場では、適法な選出を試みようとしても、そもそも手を挙げる人がいない、という状況が生じることがあります。なり手がいないから仕方なく社長が指名する──その瞬間に、制度の適法性が崩れます。


なり手不足には、いくつかの背景がある。まず、過半数代表者としての活動が業務の負担として認識される一方、その負担に対する処遇上の評価が明確でないことが多い。次に、会社と対立する可能性のある役割を担うことへの心理的なためらいがある。そして最も根本的な問題として、不利益な取り扱いを受けるかもしれないという不安が払拭されていない職場では、誰も手を挙げたくないのは当然である。厚生労働省の労働基準関係法制研究会が2025年1月8日に公表した報告書においても、「使用者側が適正な形で過半数代表者の選出を求めようとしても、候補者が得られないことにより結果的に適正な選出手続をとれないような場合もある」として、なり手不足の問題が課題として指摘されている。


労働基準法施行規則第6条の2第3項は、過半数代表者であること、代表者になろうとしたこと、または代表者として正当な行為をしたことを理由とした不利益取り扱いを使用者に禁じている。しかし規定があるだけでは不十分で、その内容が実際に周知されているかどうかが問われる。「代表者になっても不利益はない」ということが言葉だけでなく実態として伝わっていなければ、なり手は育たない。


画猫さん:では、どうすれば選んでもらいやすくなるのでしょうか。


■ 選挙事務は会社が担い、候補者選定には関与しない

名簿の管理、選出の公示、投票の実施といった選挙事務そのものは、会社が積極的に担って構わない。むしろ、手続きの場を整えることは使用者の責任である。問題になるのはその先、候補者を誰にするかという決定や、結果への影響を会社が持ち込むことである。「事務は会社が回し、人選は労働者が決める」という役割分担を明確にしておくことが、選出の適法性を守る基本的な構造である。


もう一点、見落とされがちなのが代表者の相談先である。協定の内容や就業規則の変更が妥当かどうかを判断するにあたって、代表者が会社の顧問社労士や顧問弁護士に相談することは、立場上の利益相反を招く可能性がある。代表者が外部の中立的な機関、たとえば各都道府県に設置されている働き方改革推進支援センターや労働委員会などを相談先として活用できることを、会社側から案内しておくことが望ましい。


■ 代表者の役割を具体的に示し、会社は便宜を供与する

なり手が増えない理由の一つに、「何をする役職なのかよくわからない」という点がある。過半数代表者の役割は、会社から提示された協定の内容や就業規則の変更案を理解し、労働者の意見を集約し、必要であれば修正を求めて協議し、決まった内容を社内に周知することまで含む。「協定書にサインするだけ」という印象が広まっているとすれば、それは活動の実態を十分に伝えられていないからである。このプロセスを事前に明示することで、就任への心理的なハードルは下がる。


あわせて、使用者には労働基準法施行規則第6条の2第4項に基づく配慮義務がある。代表者が事務を円滑に遂行できるよう、社内イントラネット・メール・通信機器の利用許可、会議室や複合機の使用、そして勤務時間内に活動できる時間の確保を行うことが、実質的な支援となる。


■ 複数代表・代表団方式で負担を分散する

過半数代表者は1名でなければならないという規定はない。常勤の正社員代表と非正規社員代表を並立させるなど、複数名を選出することも適法である。多様な立場の労働者の声を反映させるという観点からも、構成の多様化は望ましい。なお、審議で意見が割れた場合の意思決定を円滑にするため、奇数構成が実務上は運用しやすい。また、代表者1名を中心に置き、補助者が情報収集や文書整理を担う「代表団」方式も実務的な選択肢の一つである。負担を1名に集中させないことが、なり手不足の解消につながる。


■ 任期を設けて、担当を固定化しない

選出のたびに特定の人物にお願いし続けるという慣行が、なり手不足の温床になっていることがある。任期を設定し、選挙公示の段階でその期間を明示することで、「ずっと続く役割」という印象を払拭できる。任期は1年程度が扱いやすく、事情によっては最大3年程度を上限の目安として設定することもある。任期内に就業規則の意見聴取や各種協定の締結を包括して担う形を取れば、手続きのたびに選出し直す手間も省きながら適法性を保てる。任期終了後は、同じ人を再選出しても構わないが、その際も改めて選出手続きを経ることが必要である。


画猫さん:要するに、会社が仕事の中身を見せて、活動しやすい環境をつくり、負担を特定の人に集めない工夫をする、ということですね。


江尾社労士:そのとおりです。なり手が育つ環境は、制度の適法性を守る基盤でもあります。誰も手を挙げないから仕方なく指名する、という状況そのものを変えることが先決です。過半数代表者制度は、労使の対話の出発点です。その出発点を会社が都合よく形作ってしまえば、対話は最初から成り立ちません。


おわりに

3つのケースに共通しているのは、会社の側に悪意がなかったという点である。「頼みやすい人に頼んだ」「前年と同じにした」「投票という形を取った」──いずれも善意の、あるいは面倒を省こうとした結果であった。しかし労働基準法施行規則第6条の2は、善意の指名も、流用された代表者も、形式だけ整えた投票も、適法な選出とは認めない。


過半数代表者の選出は、労使協定や就業規則の手続きの起点である。その起点が揺らぐと、その先に積み上げられた制度全体の有効性が問われる。1年単位の変形労働時間制のように、無効が発覚した瞬間に数年分の時間外割増賃金が生じる制度では、その損害は経営上の致命傷になりかねない。そして、選出手続きの記録が残っていない場合、裁判において適法性を証明することは極めて困難になる。「記録がない」ことは、「手続きをしなかった」と同義に扱われかねないのである。


今回取り上げた3つのケースは、いずれも「手続きの形骸化」の問題である。1年単位の変形労働時間制の協定も、就業規則の意見聴取も、フレックスタイム制の協定も、それ自体は会社と労働者の双方にとって有益な制度である。しかし、その導入を支える手続きが適切に行われなければ、制度は砂の上に建てた建物のように、外部からの一つの問い合わせで崩れる。手続きへの投資は、制度そのものへの投資である。そのことを、実務を担う人事担当者には繰り返し意識してほしい。


また、今回のテーマは嘱託社員の就業規則に限った話ではない。正社員の就業規則の改定においても、36協定の更新においても、変形労働時間制の協定においても、過半数代表者の選出は共通の前提となる。あっぱれ商事の人事担当者として、すべての労使協定・就業規則の手続きを点検することが次のステップである。


江尾社労士:過半数代表者を選ぶ手続きは、面倒なことではありません。目的を伝えて、全員が参加できる場で、民主的に選ぶ。そして、その記録をきちんと残す。それだけのことです。ただ、その「それだけのこと」を省いたときのコストは非常に大きい。


江尾社労士の言葉を、画猫さんは手帳に書き留めた。次の協定更新の時期まで、あっぱれ商事の選出手続きを見直す時間は、まだある。


参照条文一覧

条文

内容

主な関連トラブル

労働基準法第32条の4

1年単位の変形労働時間制

トラブル1

労働基準法第37条

割増賃金

トラブル1

労働基準法第89条

就業規則の作成・届出義務

トラブル2

労働基準法第90条

就業規則作成・変更時の意見聴取義務

トラブル2

労働基準法施行規則第6条の2第1項

過半数代表者の選出要件

トラブル1・2・3

労働基準法施行規則第6条の2第3項

不利益取扱いの禁止

コラム

労働基準法施行規則第6条の2第4項

使用者の配慮義務

コラム

労働契約法第10条

就業規則の不利益変更の合理性

トラブル2


社会保険労務士 江尻育弘