就業規則の読み方・活かし方 パートタイム社員編@
第1章 総則
今回取り上げる労務問題
「私はパートじゃなくて契約社員だと思っていました」──雇用区分の認識のずれが招く混乱
「有期と無期って、何が違うんですか?」──労働契約形態の違いを理解していないことから生じるトラブル
「正社員の規則とパートの規則、どっちが適用されるんですか?」──複数の就業規則が併存する職場での適用関係の整理
はじめに
「うちの会社、パートさん用の就業規則があるって知りませんでした」──こんな声を、人事担当者でさえ口にすることがあります。総務省の「令和5年就業構造基本調査」によれば、非正規雇用労働者は全雇用者の約37%を占めており、そのうちパート・アルバイトが最も多い区分です。これだけ多くのパート社員が働いているにもかかわらず、その働き方のルールブックである就業規則が十分に認知・活用されていない現実があります。
第1章「総則」は、就業規則の"玄関口"にあたる章です。わずか2条しかありませんが、この規則が「誰に」「何のために」適用されるのかを定める、いわば土台の部分です。土台がぐらつけば、その上に積み上げるすべての条文──労働時間、賃金、懲戒、解雇──が不安定になります。実際、現場で起きる労務トラブルの多くは、「そもそもどの規則が適用されるのか」「この人は正社員なのかパートなのか」という入口の整理ができていないことに起因しています。
今回は、株式会社あっぱれ商事の人事部総務課で働く画猫さんが、顧問の江尾社労士のもとを訪れました。3つのトラブルを通じて、就業規則の読み方と活かし方を学んでいきましょう。
登場人物
江尾社労士:社会保険労務士として20年以上のキャリアを持つベテラン。
画猫さん:株式会社あっぱれ商事の人事部総務課に所属して3年目。
トラブル1:「私はパートじゃなくて契約社員だと思っていました」──雇用区分の認識のずれが招く混乱
三月の沖縄は、本土ではまだコートが手放せない頃に、もう桜の季節が終わりかけている。沖縄の桜といえば寒緋桜(カンヒザクラ)──本土のソメイヨシノのような淡いピンクではなく、濃い紅色の花が下向きに咲くのが特徴だ。一月下旬から二月にかけて北部の名護や今帰仁で見頃を迎え、三月の那覇ではすでに葉桜へと移ろっている。「散り際の潔さ」は桜の美徳とされるが、あっぱれ商事の人事部では、散らすわけにいかないトラブルの芽が一つ、ちょうど顔を出していた。年度替わりを前に、画猫さんが困った顔で江尾社労士の事務所を訪ねてきたのだ。
画猫さん:「先生、四月から入社予定のパート社員のAさんのことなんですが……。先日、内定後の面談で労働条件通知書をお渡ししたところ、『私はパートではなく契約社員として採用されたはずです。求人票にも"契約社員"と書いてあったのに、なぜパートなんですか』と抗議されてしまいました」
江尾社労士:「なるほど。求人段階での表記と、実際の雇用区分にずれがあったわけですね。まずはパートタイム社員就業規則の第1条を確認しましょう。ここには、この規則がパートタイム社員──つまり"パート社員"の就業に関する労働条件や服務規律を定めたものだと書かれています。ポイントは、この規則における"パート社員"の定義です」
画猫さん:「第2条ですね。『本規則第2章に定める採用に関する手続を経て、パート社員として採用された者または雇用区分がパート社員に変更された者について適用する』とあります」
江尾社労士:「そうです。つまり、この就業規則が適用されるかどうかは、"パート社員として採用する手続きを経たかどうか"で決まります。ここでまず押さえておきたいのが、法律上の定義です。パートタイム・有期雇用労働法第2条では、『短時間労働者』を、同一の事業主に雇用される通常の労働者の1週間の所定労働時間に比して短い労働者と定義しています。一方、世間で使われる『契約社員』という言葉は、法律上の正式な定義がありません」
画猫さん:「法律上の定義がない……。では、Aさんが"契約社員"だと思っていたのは、単に名称のイメージの問題だったということですか」
江尾社労士:「そのとおりです。"契約社員"という呼称は会社ごとに意味合いが異なります。ある会社ではフルタイムの有期雇用者を契約社員と呼び、別の会社では短時間の有期雇用者をそう呼ぶこともある。重要なのは呼び方ではなく、労働契約の実態──所定労働時間が正社員より短いのか、契約期間の定めがあるのか──です。Aさんの場合、所定労働時間が正社員より短ければ、法律上は短時間労働者に該当しますし、会社の就業規則上は"パート社員"の定義に当てはまります」
画猫さん:「Aさんは週30時間の契約で、正社員は週40時間ですから、確かに短時間労働者に該当しますね」
江尾社労士:「そうです。ちなみに、仮にAさんがフルタイム──週40時間──で有期契約だった場合はどうなるか、わかりますか?」
画猫さん:「えっと……所定労働時間が正社員と同じだから、短時間労働者には該当しない。でも有期契約だから……パートタイム・有期雇用労働法の対象にはなる、ということでしょうか」
江尾社労士:「そのとおり。フルタイムの有期雇用者は、同法では『有期雇用労働者』に該当します。その場合、会社としてはパート就業規則の適用対象とするのか、別の規則を適用するのかを明確にしておく必要があります。あっぱれ商事の第2条は、パート社員として"採用の手続を経た者"に適用すると定めていますから、採用の段階でどの雇用区分として採用するかを明確にしておくことが、すべての出発点になるわけです」
画猫さん:「なるほど。では求人票に"契約社員"と記載していたのは、会社側にも落ち度がありますよね」
江尾社労士:「おっしゃるとおりです。求人段階での呼称が、入社後の雇用区分と一致していなければ、Aさんのように混乱するのは当然です。職業安定法第5条の3では、求人時に労働条件を明示する義務を定めていますし、実際の労働条件と異なる内容を提示することは問題があります。今後は求人票の段階から、社内の雇用区分と一致した表記を使うことが大切です。あっぱれ商事の場合、短時間の有期雇用者は『パート社員』という雇用区分ですから、求人票にもそのように記載し、採用面接の際にも『当社ではパート社員としての採用になります』と明確に説明するようにしてください」
画猫さん:「Aさんへの対応としては、どうすればいいでしょうか」
江尾社労士:「まず面談の機会を設けて、求人票の表記が紛らわしかったことについてお詫びした上で、Aさんの雇用区分が『パート社員』であること、それに伴いパートタイム社員就業規則が適用されることを改めて説明してください。その際、第1条の目的──組織運営の秩序を維持し、業務の円滑な運営を期すためにこの規則があること──を丁寧に伝えると、Aさんも納得しやすくなるでしょう」
画猫さん:「Aさんが"契約社員"という名称にこだわっている場合は、どう対応すべきですか」
江尾社労士:「雇用区分の名称と処遇の内容は別の問題です。大切なのは、Aさんの所定労働時間、契約期間、賃金、休日などの労働条件が、労働条件通知書に記載されたとおりであるかどうか。名称が"パート社員"であっても"契約社員"であっても、適用される権利や義務は就業規則と個別の労働契約で決まります。Aさんには、『名称に関わらず、あなたの処遇はこのようになっています』と具体的に示すことが一番の安心材料になります」
画猫さん:「なるほど。求人票の改善と合わせて、採用面接時のチェックリストも作り直してみます。"契約社員"と"パート社員"の違いを面接の段階で説明するようにすれば、入社後のトラブルを防げますね」
江尾社労士:「そうです。そしてもう一点。この問題の根本には、社会全体で非正規雇用の呼称が統一されていないという背景があります。"パート""アルバイト""契約社員""嘱託""臨時職員"──法律上の定義があるのは短時間労働者と有期雇用労働者だけで、あとは会社ごとの慣行で名称が決まっています。だからこそ、就業規則の第1条と第2条で自社の定義を明確にしておくことが重要なんです」
トラブル2:「有期と無期って、何が違うんですか?」──労働契約形態の違いが生む処遇の差
画猫さん:「先生、もう一件。長く勤めてくれているパート社員のBさんから質問を受けまして。Bさんは入社7年目の方で、3年前に無期転換の申込みをして、いまは無期労働契約のパート社員です。先日、同じ部署に有期契約のパート社員Cさんが新しく入ってきたのですが、BさんがCさんの労働条件通知書をたまたま目にして、『私とCさんは同じパート社員なのに、異動のルールが違うのはなぜですか?』と聞いてきたんです」
江尾社労士:「いい質問をするBさんですね。実はこのタイプの質問、無期転換が進むにつれて全国的に増えています。厚生労働省が公表している無期転換ルールの周知資料でも、転換前後の労働条件の違いに関する説明の重要性が繰り返し指摘されています。では、第2条第2項を見てみましょう。パート社員の労働契約形態は、@有期労働契約と、A無期労働契約の2種類があると定められていますね。BさんはA、Cさんは@に該当します。ここが分かれ道です」
画猫さん:「はい。そして第5条の異動の規定を見ると、有期パートの場合は『当該パート社員の同意を得た上で、異動を命ずることがある』。一方、無期パートの場合は『業務の都合または当該パート社員の労務提供状況の変化により、必要がある場合は、異動を命ずることがある』──同意を得るという文言がないですよね」
江尾社労士:「鋭い指摘です。有期パートへの異動は本人同意が要件ですが、無期パートへの異動は会社の指揮命令の範囲内で行うことができる。これは、無期転換することで雇用の安定を得る一方、会社の人事権による配置転換にも一定程度応じる立場になるという設計です。正社員に近い扱いとも言えます」
画猫さん:「Bさんにとっては、無期転換して安心した反面、有期の頃にはなかった義務が生じているということですか」
江尾社労士:「そのとおりです。第6条を見てください。無期転換後の労働条件は、原則として『締結している有期労働契約の内容である労働条件(契約期間を除く。)と同一の労働条件とする』とあります。ただし『別段の定めがある部分を除き』という但書きがありますね。異動に関する規定はまさに"別段の定め"として、有期と無期で異なるルールが設けられているわけです」
画猫さん:「なるほど。でも、Bさんは無期転換の申込みをしたとき、この違いについて十分な説明を受けていなかったかもしれません」
江尾社労士:「実務上、それが大きな問題なんです。無期転換の申込みの際に、転換後に適用されるルールが変わる部分──特に異動に関するルールや、休職制度の適用──を事前に書面で説明しておくことが望ましい。第2条は有期と無期の2つの契約形態を明記していますが、それぞれの形態で適用される規定がどう異なるのかまでは、パート社員自身が条文を読み解かなければわかりません。無期転換時の説明資料や、有期・無期の処遇比較表を作成しておくと、Bさんのような疑問を事前に防ぐことができます」
画猫さん:「比較表、作ってみます。第5条の異動以外にも、有期と無期で違いがある条文はありますか」
江尾社労士:「はい、主要なものを挙げると、まず第4条の試用期間──無期契約で新たに採用した場合にのみ適用されます。有期パートには試用期間の設定がありません。次に第35条から第37条の雇用上限年齢と定年の規定──有期パートは雇用上限年齢で区切り、無期パートは定年で区切る仕組みです。そして第39条の休職制度──有期パートには適用されず、無期パートにのみ適用されます。さらに細かいところでは、第5条の2の在宅勤務も『業務の都合により、パート社員に、在宅での勤務を命じることがある』と定められていますが、有期パートの場合は異動と同様に同意の問題が関わってきます」
画猫さん:「こうして並べると、有期と無期でかなり違いがあるんですね。Bさんが疑問を持つのも無理はありません」
江尾社労士:「大事なのは、どちらが"得"でどちらが"損"という話ではなく、それぞれの契約形態に応じた合理的な制度設計だということです。無期転換は雇用の安定という大きなメリットがありますが、その分、会社の人事権の範囲が広がる部分もある。このトレードオフをきちんと説明できるかどうかが、パート社員との信頼関係を左右します。第2条が有期と無期の2類型を明示しているのは、まさにこうした違いの出発点を示すためです」
画猫さん:「Bさんには、比較表を使って改めて説明します。それと、今後は無期転換の申込時に、転換後に変わるルールを書面で渡すようにします」
トラブル3:「正社員の規則とパートの規則、どっちが適用されるんですか?」──複数の就業規則が併存する職場での適用関係
画猫さん:「先生、3つ目のご相談です。実はこれが一番多い質問かもしれないんですが……。先日、現場の管理職から『パート社員のDさんに残業をお願いしたいのだけど、正社員の就業規則では三六協定の範囲で残業を命じることができると書いてある。パートの規則には"原則命じない"とあるけど、正社員の規則のほうが適用されるんじゃないか?』と聞かれました。正直、私もどう答えていいか迷ってしまいまして……」
江尾社労士:「管理職が迷うのは自然なことです。常時10人以上の労働者がいる事業場では、正社員用とパート社員用、場合によってはさらに嘱託用など、複数の就業規則が併存していることが珍しくありません。そうなると、"どれが適用されるのか"という問題が必ず出てきます。答えから言えば、Dさんに適用されるのはパートタイム社員就業規則です。第1条が『パート社員の就業に関する労働条件および服務規律、その他就業に関する必要な事項を定めたもの』と明記し、第2条がその適用対象を『パート社員として採用された者』と限定しているからです」
画猫さん:「やはりそうですよね。でも、管理職としては、正社員と同じ業務をしているパート社員に残業をお願いできないのは不便だと感じているようです」
江尾社労士:「気持ちはわかりますが、第11条第1項を確認しましょう。『原則として、パート社員には法定時間外労働および法定休日労働は命じないものとする』と定められています。正社員の就業規則にどう書いてあっても、パート社員にはパート社員の規則が適用されます。これは労働基準法第89条が、常時10人以上の労働者を使用する事業場に就業規則の作成義務を課し、その際にパート社員など雇用形態ごとに別の就業規則を作成することを認めていることに基づいています」
画猫さん:「では、正社員就業規則の規定が、パート社員に"流れ込んでくる"ことはないんですか?」
江尾社労士:「原則としてありません。ただし、ここで注意が必要なのは、パートタイム社員就業規則に定めのない事項があった場合です。たとえば、先日第8章のときにもお話ししましたが、パート就業規則に規定がない事項について、正社員就業規則を準用するという包括条文──いわゆる準用規定──を置いている会社もあります」
画猫さん:「あっぱれ商事のパート就業規則には、そうした準用規定はありませんよね?」
江尾社労士:「ありません。そしてそれは意図的な設計です。準用規定を置くと、正社員の規則が改定されるたびにパート社員の労働条件まで連動して変わるリスクがあります。また、正社員向けに作られた規定がパート社員の就業実態に合わない場合、準用によってかえって混乱が生じることもある。あっぱれ商事の場合、パート就業規則に定めのない事項については、規則自体を直接改定して対応する方針を取っています。これは第8章のときにお話しした"空白地帯の直接整備"の考え方と同じです」
画猫さん:「そうでした。パート就業規則の独立性を保つことが大切なんですね。ところで先生、育児・介護休業規程やハラスメント防止規程のような別規程はどうなりますか?これらは正社員にもパートにも適用されますよね」
江尾社労士:「よい質問です。第18条を見てください。『パート社員の育児休業、出生時育児休業、介護休業、子の看護等休暇、介護休暇などについては育児・介護休業規程に定める』とあります。つまり、テーマごとの別規程は、パート就業規則の中で明示的に引用されることで適用されるわけです。これは準用規定とは異なり、"何が適用されるか"がパート就業規則の中で読み取れる仕組みです」
画猫さん:「パート就業規則の中に"リンク"が張られているイメージですね。管理職に対しては、どう説明すればよいでしょうか」
江尾社労士:「まず、パート社員にはパート社員の就業規則が適用されるという原則を明確に伝えてください。その上で、どうしても残業をお願いする必要がある場合は、パートタイム社員就業規則の第11条の"原則として"という文言の解釈──つまり、例外的に法定時間外労働を命じる場合の条件と手続き──を人事部と協議した上で対応するよう案内してください。現場任せにしないことが大切です。それから、管理職向けの研修で、正社員就業規則とパート就業規則の適用関係を定期的に周知することをおすすめします。『どっちが適用されるんですか』という疑問が出ること自体は健全なことです。わからないまま正社員の規則を当てはめてしまうよりも、はるかに良い」
画猫さん:「管理職研修の中に就業規則の適用関係を組み込むのはいいアイデアですね。人事部から提案してみます」
江尾社労士:「ぜひそうしてください。ちなみに、パートタイム・有期雇用労働法第14条第2項では、事業主はパート社員から求めがあった場合に、通常の労働者との待遇の相違の内容と理由について説明する義務を負っています。正社員とパート社員で異なる就業規則を適用していること自体は問題ありませんが、なぜ異なるのかを合理的に説明できるようにしておく必要があります。管理職が"正社員の規則を当てはめてしまう"という事態は、この説明義務の観点からも危ういんです」
画猫さん:「説明義務……。パート社員から『なぜ正社員と違うルールなんですか』と聞かれたときに、きちんと答えられるようにしておかないといけないんですね」
江尾社労士:「そのとおりです。第1条と第2条はたった2つの条文ですが、この"土台"がしっかり理解されているかどうかで、その後の条文の運用が大きく変わります。建物と同じで、基礎工事を疎かにすると、上にどれだけ立派な構造物を載せても傾いてしまいますからね」
おわりに
画猫さん:「今日は勉強になりました。正直、第1章は"当たり前のことが書いてあるだけ"と思って読み飛ばしていました。でも、雇用区分の認識のずれ、有期と無期の違い、規則の適用関係……どれも、第1章をきちんと理解していないと解決できない問題ばかりでしたね」
江尾社労士:「"当たり前"のことこそ、言語化して共有しておく必要があるんです。第1条の目的──組織運営の秩序維持と業務の円滑な運営──は、会社と従業員の共通のゴールです。そして第2条の適用範囲は、誰がこのルールの当事者なのかを明らかにする。この2つが出発点です」
画猫さん:「最初にこの2条をしっかり読み込んでいたら、今日のような相談にもっと早く答えられたかもしれません」
江尾社労士:「これから一緒に学んでいけば大丈夫ですよ。就業規則は法律の条文と違って、自社の実態に合わせて育てていけるものです。画猫さんが現場の声を拾って、それを規則に反映していく──その繰り返しが、あっぱれ商事をより良い職場にしていきます。次回は第2章の採用について取り上げましょう。マイナンバーの提示拒否や試用期間の問題など、現場で迷いやすいテーマが盛りだくさんですよ」
参照条文一覧
社会保険労務士 江尻育弘