就業規則の読み方・活かし方 パートタイム社員編B
第3章 人事
今回取り上げる労務問題
「同意もなく、いきなり別の売場に異動ですか?」──有期パート社員への一方的な配置転換
「無期転換の申込み、いつまでにすればよかったのですか?」──無期転換申込みの手続きと期限
「正社員になれる制度があるなんて、聞いていません」──正社員転換制度の周知不足
はじめに
「パートさんには異動はないと思っていました」──こうした声は、パート社員が多い職場で驚くほど頻繁に聞かれます。第3章「人事」はわずか3条(第5条〜第7条)の構成ですが、異動、無期転換、正社員転換と、パート社員のキャリアに直結するテーマが凝縮されています。権利と義務は表裏一体──このことを意識しながら、3つのトラブルを通じて読み方と活かし方を学んでいきましょう。
登場人物
江尾社労士:社会保険労務士として20年以上のキャリアを持つベテラン。
画猫さん:株式会社あっぱれ商事の人事部総務課に所属して3年目。
トラブル1:「同意もなく、いきなり別の売場に異動ですか?」──有期パート社員への一方的な配置転換
三月の沖縄は、本土がまだ花冷えに震えている頃には、もう初夏の足音が聞こえている。やんばるの東村では日本一早いつつじ祭りが開かれ、五万本のケラマツツジが山肌を赤やピンクに染め上げていた。一本一本は小さな花でも、それぞれが持ち場で咲くことで丘全体が鮮やかな景色を生む。「持ち場」が大切なのは職場も同じだが、あっぱれ商事の人事部には、その持ち場をめぐる相談が持ち込まれていた。
画猫さん:「先生、食品売場で半年間働いている有期契約のパート社員Aさんに、売場主任が『来月から日用品売場に異動してもらう』と一方的に伝えてしまいました。Aさんは『同意もなく異動ですか?』と抗議しています」
江尾社労士:「我が社のパートタイム社員就業規則の第5条を見ましょう。第1項は有期パートについて『当該パート社員の同意を得た上で、異動を命ずることがある』と定めており、本人の同意が不可欠です。一方、第2項の無期パートは『業務の都合または当該パート社員の労務提供状況の変化により、必要がある場合は、異動(配置転換、職務変更)を命ずることがある』と定め、同意の文言がありません。有期と無期で異動のルールが明確に分かれているのです」
画猫さん:「なぜ有期パートには同意が必要なのですか?」
江尾社労士:「有期労働契約は、契約で定めた期間・業務内容で働くことが基本です。Aさんの労働契約に『食品売場での業務』と記載されていれば、それを一方的に変更することは労働契約法第8条──労働条件の変更は労使の合意による──に反しかねません。だからこそ第5条第1項は、有期パートの異動に本人の同意を要件としているのです」
画猫さん:「Aさんへの対応はどうすればよいでしょうか?」
江尾社労士:「まず異動指示を撤回し、改めて面談の場で業務上の理由を丁寧に説明した上で同意を得てください。同意が得られた場合は、労働条件通知書の再交付も必要です」
画猫さん:「では無期パートであれば、会社は自由に異動を命じられるのですか?」
江尾社労士:「自由にというわけではありません。第5条第2項は同意を要件としていませんが、それでも『業務の都合または労務提供状況の変化により、必要がある場合』という条件が付いています。業務上の必要性がないのに嫌がらせ目的で異動を命じたり、本人に著しい不利益を与えるような命令は、権利の濫用として無効になり得ます。無期パートにも異動命令に応じる義務はありますが、それは合理的な範囲でのことです。会社も無期パートも、お互いに誠実に対応する責任を負っている──そこを押さえておくことが大切です」
画猫さん:「管理職が有期と無期の違いを知らなかったことも問題ですよね」
江尾社労士:「大きな問題です。管理職向けの研修で、有期パートへの異動には必ず本人同意が要ること、無期パートでも業務上の必要性と適正な手続きが求められることを周知してください。現場の管理職一人ひとりがルールを理解してこそ、組織は正しく動きます」
トラブル2:「無期転換の申込み、いつまでにすればよかったのですか?」──無期転換申込みの手続きと期限
画猫さん:「先生、有期契約で6年間勤務しているパート社員のBさんから、『無期転換を申し込みたいが、いつまでに誰に言えばいいのかわからない』と相談がありました。契約は今年の9月末で満了します」
江尾社労士:「第6条を読みましょう。『通算契約期間が5年を超える者は、契約期間満了日の30日前までに会社に申込みをすることにより、会社は承諾したものとみなす』とあります。Bさんは9月末満了ですから、遅くとも9月1日頃が申込期限です。注意していただきたいのは、この30日前の期限は労働契約法第18条ではなく、我が社の就業規則が独自に設けたものだということです。パート社員にはこの期限を守る義務があります」
画猫さん:「期限を過ぎてしまったらどうなりますか?」
江尾社労士:「就業規則上の期限は過ぎることになりますが、法律上の無期転換申込権そのものは通算5年を超えている限り消滅しません。次の契約更新後に改めて申し込むことは可能です。ただし、そうした事態を防ぐため、契約更新の面談時に通算5年超の方へ書面で申込権を通知し、申込書のひな型と提出先・期限を案内する仕組みを整えてください。厚生労働省の『有期契約労働者に関する実態調査』では、無期転換ルールの内容を知らない有期雇用労働者が約4割に上るとされています。Bさんのように手続きがわからないという声が出ること自体、周知の仕組みに改善の余地がある証拠です」
画猫さん:「第6条第2項のクーリング期間も確認しておきたいのですが」
江尾社労士:「『有期契約が締結されていない期間が6カ月以上ある場合、その期間は通算しない』という規定です。Bさんに6カ月以上の空白がなかったか確認しましょう。転換後の労働条件は『契約期間を除き原則同一、ただし別段の定めがある部分を除く』と定められています。第5条の異動のように有期と無期で異なるルールが適用される部分もありますので、その点もBさんに説明してください」
画猫さん:「会社には周知する責任があり、パート社員には期限内に行動する責任がある──双方の役割が大切なのですね」
江尾社労士:「そのとおりです。無期転換申込権は法律上拒否できない強い権利ですが、行使するかどうかはパート社員自身の判断と行動にかかっています」
トラブル3:「正社員になれる制度があるなんて、聞いていません」──正社員転換制度の周知不足
画猫さん:「先生、パート社員のCさんから『パートから正社員になれる制度があるなら、なぜ教えてくれなかったのですか?』と言われました。第7条に規定はあるのですが、積極的に周知できていませんでした」
江尾社労士:「早急に改善すべき問題です。第7条第1項は『正社員募集にかかる求人票を出す場合に、その募集内容を事業所内でも掲示するなどにより、パート社員に対し周知する』と定めています。これは努力目標ではなく、パートタイム・有期雇用労働法第13条に基づく法的義務です。掲示に限らず、メール通知や個別面談での説明も活用し、パート社員が確実に情報に接することができるようにしてください」
画猫さん:「第7条第2項と第3項はどう読めばよいですか?」
江尾社労士:「第2項は『外部からの応募の有無にかかわらず、公正な選考を行う』──パート社員の応募を形式的に扱ってはならないという趣旨です。第3項は『応募の条件は各募集の際に会社が定める募集要項による』とあり、勤続年数や資格取得などの条件を満たす必要があります。パート社員の側にも、条件を確認し充足する努力をする責任がある。会社が周知し、パート社員が条件を確認して応募する──この双方向の取り組みで制度は実効性を持ちます」
画猫さん:「Cさんにはまず制度の存在を改めて説明すればよいですね」
江尾社労士:「はい。今後は、正社員募集のたびにパート社員全員へ通知する仕組みを整え、契約更新面談で必ず制度を説明する項目を面談シートに加え、募集要項を社内で常時閲覧可能にしてください。ただし選考である以上、不合格もあり得ます。第2項の『公正な選考』は優遇ではなく、同じ基準で公正に評価するという意味です。その点も事前に伝えておくことが信頼関係を守ります」
おわりに
画猫さん:「今日は異動、無期転換、正社員転換の3つを学びました。共通しているのは、会社にもパート社員にも果たすべき役割があるということですね」
江尾社労士:「そのとおりです。会社には有期パートの異動で同意を得る義務、無期転換や正社員転換の周知義務がある。パート社員には無期転換後の正当な異動命令に応じる義務、申込期限を守る責任、応募条件を確認し準備する責任がある。権利と義務の両輪が揃ってこそ、人事の仕組みは正しく回ります。東村のつつじ園では、ケラマツツジからヒラドツツジまで八品種のつつじが、それぞれの場所で咲き揃うことで丘一面の絶景が生まれる。会社と従業員も同じで、それぞれが自分の役割を果たしてこそ、組織は前に進むのです」
画猫さん:「まずは管理職研修で第5条の有期・無期の違いを周知し、無期転換の案内書面と正社員転換制度の通知の仕組みを整備していきます」
江尾社労士:「一つずつ着実に進めましょう。次回は第4章『労働時間、休憩時間、休日および休暇』です。年次有給休暇や時間外労働の取扱いなど、現場で迷いやすいテーマが満載ですよ」
参照条文一覧
社会保険労務士 江尻育弘