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対話で読みとく|人事評価コラム

評価はなぜ“証拠”になったのか アメリカ公民権法から読み解く、これからの人事評価

2026年9月 / 読了目安 約10分 / 執筆・監修:社会保険労務士 江尻育弘
この記事の読み方。登場する江尾社労士とスタッフのさくらは架空の人物です。法律や判決の内容は事実にもとづいて記しています。「では自社で何をすればよいか」という部分は、社会保険労務士としての見立てです。
人事評価の季節を前にした、中城村の事務所。スタッフのさくらが、顧問先から預かった評価シートを見ながら首をかしげています。「協調性」「積極性」「責任感」——並んだ項目に、それぞれ5段階の丸。そこへ、江尾社労士が通りかかりました。

◇ ◇ ◇

1 「なぜBなのですか」と聞かれたら

さくら

さくら

所長、この評価シート、どう思いますか。「協調性」がB、「積極性」がA……。職員さんから「なぜ私はBなのですか」と聞かれたら、上司の方はどう答えるのだろう、と思って。

江尾

江尾社労士

いいところに気がつきましたね。たぶん「うーん、なんとなくそう見えたから」としか言えないでしょう。

評価制度の値打ちは、評価の理由を事実で説明できるかどうかで決まります。「頑張りが足りない」「協調性がいまひとつ」としか言えない評価は、本人を納得させることも、会社を守ることもできません。

さくら

さくら

説明できるかどうか、ですか。評価って、上司が部下をよく見て判断するもの、と思っていました。

江尾

江尾社労士

日本では長くそう考えられてきました。ところがアメリカでは、半世紀以上前から、評価は法廷で「差別がなかったこと」を示す“証拠”として扱われてきたのです。その違いがどこから来たのかをたどると、これからの評価制度で大事にすべきことが見えてきますよ。

2 アメリカ半世紀の流れを、年表で

さくら

さくら

証拠、ですか。いつごろからそうなったのですか。

江尾

江尾社労士

出発点は1964年の公民権法です。先に、全体の流れを年表で見ておきましょう。

1964
公民権法第7編が成立
雇用差別を禁止し、申し立てを受け付ける雇用機会均等委員会(EEOC)が発足しました。
1971
採用・配置の基準をめぐる最高裁判決
悪意がなくても、職務との関係を説明できない基準は差別になり得るとされました。
1973
人事評価をめぐる控訴審判決
上司の人事評価も「テスト」として、職務との妥当性を問われました。
1978
統一ガイドライン
選抜や評価の基準は、職務分析に裏づけられるべきだという考え方が定着しました。
1988
昇進判断をめぐる最高裁判決
上司の裁量による主観的な昇進判断にも、同じ考え方が及ぶと明言されました。
江尾

江尾社労士

公民権法の第7編は、人種、肌の色、宗教、性別、出身国を理由に、採用・賃金・昇進・解雇などで差別することを禁じました。あわせて、差別の申し立てを受け付ける雇用機会均等委員会もできています。

さくら

さくら

法律で差別を禁止したから、評価のやり方も変わった、ということですか。

江尾

江尾社労士

実は、法律が「差別するな」と定めただけでは、評価の実務はほとんど変わらなかったのです。変えたのは、そのあとに続いた裁判と、裁判が求めた「説明の水準」でした。

3 「悪意がなくても差別になる」

江尾

江尾社労士

転換点になったのが、1971年の連邦最高裁の判決です。

連邦最高裁判決 1971年

採用・配置の基準が問われた事件

事案の概要

電力会社が、良い部署への配置や異動の条件として「高校卒業」と「一般的な適性検査の合格」を求めていました。どちらも一見すると人種とは関係のない、公平な基準に見えます。ところが最高裁は、この基準が結果として黒人労働者を大きくふるい落としていること、そして仕事の出来との関係を会社が示せなかったことを問題にしました。

確立した考え方:差別する意図がなかったとしても、職務との関連や業務上の必要性を説明できなければ違法になり得る(差別的効果の法理)。
さくら

さくら

高校卒業って、ふつうの条件に見えますけど……。

江尾

江尾社労士

そこがこの判決のポイントです。会社に差別するつもりがあったかどうかではなく、結果として特定の人たちが不利になっていて、しかも「その条件は仕事に必要だ」と説明できなかった。それで違法とされたのです。

さくら

さくら

「差別するつもりはなかった」では、通らないのですね。

江尾

江尾社労士

そうです。この判決から、会社は「その基準は仕事に必要だ」と証拠で示す立場に置かれるようになりました。人を選び、区別するあらゆる基準に、職務とのつながりが求められるようになったわけです。

4 上司の評価も「テスト」とみなされた

さくら

さくら

でも、それは採用の試験の話ですよね。毎年の評価まで関係するのですか。

江尾

江尾社労士

関係するのです。1971年の判決の考え方は、まもなく日常の人事評価にも及びました。1973年の事件を見てみましょう。

連邦控訴裁判所 1973年

人員削減の対象者を、上司の評価で選んだ事件

事案の概要

上司の評価で人員削減の対象者を選んだ結果、スペイン系の姓を持つ従業員が偏って解雇されました。評価項目は「仕事の量」「質」「職務知識」「信頼性」「協調性」でした。

裁判所の判断:評価は主に評価者の主観にもとづいており、評価者3人のうち2人は対象者の仕事ぶりを日常的に見ていなかった。上司の評価も採用試験と同じ「テスト」であり、職務との妥当性を会社が証明できない以上、差別的な雇用慣行にあたる。
さくら

さくら

「協調性」「信頼性」……。さっきの顧問先の評価シートと、ほとんど同じ項目です。

江尾

江尾社労士

でしょう。しかも、評価した3人のうち2人は、本人の仕事ぶりを毎日見ていなかった。これでは評価の理由を説明できません。問題になった評価と、その後に求められるようになった評価を並べると、こうなります。

問題とされた評価

基準 「協調性」「信頼性」など抽象的な項目。

評価者 仕事ぶりを日常的に見ていない上司が判断。

根拠 印象や記憶による判断で、記録がない。

求められるようになった評価

基準 期待する行動を具体的に記述した基準。

評価者 実際に観察できる立場の評価者と、その訓練。

根拠 期中の事実を記録し、理由を示せる状態。

1973年の控訴審判決の認定事実をもとに、江尻事務所で整理しました。

江尾

江尾社労士

その後、1978年には行政機関が共同で「統一ガイドライン」を定め、選抜や評価の基準は職務分析に裏づけられるべきだという考え方が定着しました。1988年には連邦最高裁が、上司の裁量による主観的な昇進判断にも同じ考え方が及ぶと明言しています。

さくら

さくら

アメリカの会社が職務記述書をきちんと作るのは、合理的だから、というだけではないのですね。

江尾

江尾社労士

そのとおり。職務記述書、行動を具体的に書いた評価基準、評価者の訓練、評価の記録。これらは「合理的な能力主義」の表れである以前に、差別していないことを説明するための備えだったのです。

5 日本では、どう受け止めればよいか

さくら

さくら

でも、それはアメリカの話ですよね。日本の会社にも関係あるのでしょうか。

江尾

江尾社労士

いい質問です。まず押さえておきたいのは、日本の労働法はアメリカの仕組みをそのまま受け継いだわけではない、ということ。訴訟の文化もずいぶん違います。

それでも、「処遇に差をつけるなら、その理由を仕事との関係で説明できるか」という問いは、形を変えて日本の職場にも届いています。二つの場面で見てみましょう。

江尾

江尾社労士

一つ目は、アメリカの考え方が直接入ってきた場面です。2006年の男女雇用機会均等法の改正で、「間接差別」の禁止が盛り込まれました。性別とは関係のない基準でも、結果として一方の性に相当程度の不利益を与え、合理的な理由がなければ差別にあたる、という考え方です。

さくら

さくら

それって、さっきの1971年の判決とそっくりです。

江尾

江尾社労士

ええ。「意図がなくても、結果と合理的な理由が問われる」という考え方が、欧州でも発展し、日本の法律にも取り入れられたわけです。ただし日本では、対象は省令で定める三つの措置に限られています。募集・採用での身長・体重・体力の要件、募集・採用や昇進・職種変更での転居を伴う転勤の要件、昇進での転勤経験の要件です。

さくら

さくら

二つ目は何ですか。

江尾

江尾社労士

構図がよく似ている場面、同一労働同一賃金です。こちらは正社員と非正規社員という雇用形態の違いを扱う、日本独自のルールで、アメリカの差別禁止法に由来するものではありません。

ただ、パートタイム・有期雇用労働法で、会社は正社員との待遇差の内容と理由を、求めに応じて説明しなければなりません。2020年10月の最高裁判決は、郵便事業で働く非正規社員の手当や休暇の一つひとつについて、その趣旨に照らして差が合理的かを問いました。

さくら

さくら

「正社員だから」では、説明にならないのですね。

江尾

江尾社労士

そうです。そして待遇差の理由に「能力」や「評価」を挙げるなら、その評価の根拠を説明できることが前提になります。ここで、評価の話とつながってくるのです。

さくら

さくら

評価そのものが裁判で問われることもあるのですか。

江尾

江尾社労士

あります。2003年の最高裁判決では、賞与の出勤率要件の計算で産前産後休業などを欠勤扱いにした部分が、公序に反し無効とされました。育児休業などを理由とする不利益取扱いの禁止、能力不足を理由とする降格や解雇での裁量権の濫用、評価を使ったハラスメントなど、評価の中身と手続きが問われる場面は広がっています。

アメリカの歴史から取り入れたいこと

取り入れるのは、形ではなく、
「説明できる」という理由のほう。

職務給や分厚い職務記述書を、そのまま導入する必要はありません。

6 説明できる評価のための、三つのこと

さくら

さくら

じゃあ、顧問先の中小企業も、アメリカみたいに職務給にしたほうがいいのですか。

江尾

江尾社労士

いえ、そこまでは必要ありません。取り入れるべきなのは形ではなく、「評価は説明できなければならない」という理由のほう。私の見立てでは、まず次の三つから始めるのがいいと思います。

1
何を評価するかを、役割の言葉で書く。「協調性」と書く代わりに、「申し送りで利用者の状態変化を共有している」のように、その職種・職位で期待する行動を具体的に示します。医療・福祉・保育の職場では、処遇改善加算のキャリアパス要件で整えた職位・職責の定めが、そのまま土台になります。
2
評価の根拠を、事実で記録する。期末に印象で点を付けるのではなく、期中の出来事を「いつ、どんな場面で、何をしたか」で書き留めます。記録は、評価者が実際に見ていたことの証拠になります。
3
評価の結果を、対話で伝える。評価の理由を本人に話し、次に何をすればよいかを一緒に確認します。パート・有期の方にも同じ考え方で説明できれば、待遇差の説明を求められたときにも慌てずに済みます。
さくら

さくら

二つ目の「記録」は、1973年の事件で評価者が仕事ぶりを見ていなかった、という話につながっていますね。

江尾

江尾社労士

よく気がつきましたね。記録があれば「見ていた」ことが示せます。それからもう一つ、制度をつくるときの注意点があります。

実務メモ 規程と運用マニュアルを切り分ける 評価の原則と賃金への反映の仕方は就業規則や賃金規程に定め、評価シートや評価者の手引きは運用マニュアルとして切り分けておくと、制度を見直すときに動かしやすくなります。規程からの参照の仕方によっては、マニュアルまで就業規則の一部と扱われることがあるため、設計の段階で注意が必要です。
さくら

さくら

評価って、会社を守るためのもの、という感じがしてきました。

江尾

江尾社労士

それだけではありませんよ。基準がはっきりしていて、事実にもとづいて評価され、理由を話してもらえる職場では、職員は安心して力を出せます。説明できる評価は、心理的安全性と成長の土台でもあるのです。

さくら

さくら

さっそく顧問先の評価シート、一つひとつの項目について「この点数の理由を事実で説明できるか」と見直してみます。

江尾

江尾社労士

ええ。答えに詰まる項目が、評価制度を見直す入口ですからね。

10月の改正について 2026年10月1日から、パートタイム・有期雇用労働法の関係で、雇入れ時に「待遇差の内容や理由の説明を求めることができる」旨の明示が必要になり、同一労働同一賃金ガイドラインも見直されます。人事評価制度の整備は改正で義務づけられたものではありませんが、待遇の理由を説明する根拠を固める備えとして、この記事の考え方が役立ちます。
江尻

執筆・監修:社会保険労務士 江尻育弘

社会保険労務士 江尻事務所(沖縄県中城村)。人事評価制度・賃金制度の設計、就業規則の作成・改定、同一労働同一賃金への対応を、医療・福祉・保育をはじめとする沖縄の事業所とともに考えながらお手伝いしています。

社会保険労務士 健康経営エキスパートアドバイザー 医療労務コンサルタント

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いまの評価シートで説明できるかの点検、役割の定義、就業規則・賃金規程とのつなぎ方、評価者研修、そしてパート・有期の方への待遇差説明の準備まで。貴社の実情に合わせてご提案します。江尻までお気軽にご相談ください。

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出典・参考:Griggs v. Duke Power Co., 401 U.S. 424(1971)。Brito v. Zia Co., 478 F.2d 1200(10th Cir. 1973)。Watson v. Fort Worth Bank & Trust, 487 U.S. 977(1988)。日本郵便事件(最一小判令和2年10月15日)。東朋学園事件(最一小判平成15年12月4日)。厚生労働省「男女雇用機会均等法で禁止している間接差別の対象範囲が拡大されます」。厚生労働省Webマガジン「2026年10月からパートタイム・有期雇用のルールが変わります」。

運用留意点:本記事は一般的な情報提供を目的としています。登場人物は架空です。アメリカの判例は当時の事案にもとづくもので、日本の法制度にそのまま当てはまるものではありません。法令・判例の内容は2026年9月時点の情報にもとづいており、個別の事案の判断は、規程の内容や運用の実態によって変わります。

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