対話で読みとく|人事評価コラム
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1 「なぜBなのですか」と聞かれたら → 2 アメリカ半世紀の流れを、年表で → 3 「悪意がなくても差別になる」 → 4 上司の評価も「テスト」とみなされた → 5 日本では、どう受け止めればよいか → 6 説明できる評価のための、三つのこと →さくら
所長、この評価シート、どう思いますか。「協調性」がB、「積極性」がA……。職員さんから「なぜ私はBなのですか」と聞かれたら、上司の方はどう答えるのだろう、と思って。
江尾社労士
いいところに気がつきましたね。たぶん「うーん、なんとなくそう見えたから」としか言えないでしょう。
評価制度の値打ちは、評価の理由を事実で説明できるかどうかで決まります。「頑張りが足りない」「協調性がいまひとつ」としか言えない評価は、本人を納得させることも、会社を守ることもできません。
さくら
説明できるかどうか、ですか。評価って、上司が部下をよく見て判断するもの、と思っていました。
江尾社労士
日本では長くそう考えられてきました。ところがアメリカでは、半世紀以上前から、評価は法廷で「差別がなかったこと」を示す“証拠”として扱われてきたのです。その違いがどこから来たのかをたどると、これからの評価制度で大事にすべきことが見えてきますよ。
さくら
証拠、ですか。いつごろからそうなったのですか。
江尾社労士
出発点は1964年の公民権法です。先に、全体の流れを年表で見ておきましょう。
江尾社労士
公民権法の第7編は、人種、肌の色、宗教、性別、出身国を理由に、採用・賃金・昇進・解雇などで差別することを禁じました。あわせて、差別の申し立てを受け付ける雇用機会均等委員会もできています。
さくら
法律で差別を禁止したから、評価のやり方も変わった、ということですか。
江尾社労士
実は、法律が「差別するな」と定めただけでは、評価の実務はほとんど変わらなかったのです。変えたのは、そのあとに続いた裁判と、裁判が求めた「説明の水準」でした。
江尾社労士
転換点になったのが、1971年の連邦最高裁の判決です。
さくら
高校卒業って、ふつうの条件に見えますけど……。
江尾社労士
そこがこの判決のポイントです。会社に差別するつもりがあったかどうかではなく、結果として特定の人たちが不利になっていて、しかも「その条件は仕事に必要だ」と説明できなかった。それで違法とされたのです。
さくら
「差別するつもりはなかった」では、通らないのですね。
江尾社労士
そうです。この判決から、会社は「その基準は仕事に必要だ」と証拠で示す立場に置かれるようになりました。人を選び、区別するあらゆる基準に、職務とのつながりが求められるようになったわけです。
さくら
でも、それは採用の試験の話ですよね。毎年の評価まで関係するのですか。
江尾社労士
関係するのです。1971年の判決の考え方は、まもなく日常の人事評価にも及びました。1973年の事件を見てみましょう。
さくら
「協調性」「信頼性」……。さっきの顧問先の評価シートと、ほとんど同じ項目です。
江尾社労士
でしょう。しかも、評価した3人のうち2人は、本人の仕事ぶりを毎日見ていなかった。これでは評価の理由を説明できません。問題になった評価と、その後に求められるようになった評価を並べると、こうなります。
問題とされた評価
基準 「協調性」「信頼性」など抽象的な項目。
評価者 仕事ぶりを日常的に見ていない上司が判断。
根拠 印象や記憶による判断で、記録がない。
求められるようになった評価
基準 期待する行動を具体的に記述した基準。
評価者 実際に観察できる立場の評価者と、その訓練。
根拠 期中の事実を記録し、理由を示せる状態。
1973年の控訴審判決の認定事実をもとに、江尻事務所で整理しました。
江尾社労士
その後、1978年には行政機関が共同で「統一ガイドライン」を定め、選抜や評価の基準は職務分析に裏づけられるべきだという考え方が定着しました。1988年には連邦最高裁が、上司の裁量による主観的な昇進判断にも同じ考え方が及ぶと明言しています。
さくら
アメリカの会社が職務記述書をきちんと作るのは、合理的だから、というだけではないのですね。
江尾社労士
そのとおり。職務記述書、行動を具体的に書いた評価基準、評価者の訓練、評価の記録。これらは「合理的な能力主義」の表れである以前に、差別していないことを説明するための備えだったのです。
さくら
でも、それはアメリカの話ですよね。日本の会社にも関係あるのでしょうか。
江尾社労士
いい質問です。まず押さえておきたいのは、日本の労働法はアメリカの仕組みをそのまま受け継いだわけではない、ということ。訴訟の文化もずいぶん違います。
それでも、「処遇に差をつけるなら、その理由を仕事との関係で説明できるか」という問いは、形を変えて日本の職場にも届いています。二つの場面で見てみましょう。
江尾社労士
一つ目は、アメリカの考え方が直接入ってきた場面です。2006年の男女雇用機会均等法の改正で、「間接差別」の禁止が盛り込まれました。性別とは関係のない基準でも、結果として一方の性に相当程度の不利益を与え、合理的な理由がなければ差別にあたる、という考え方です。
さくら
それって、さっきの1971年の判決とそっくりです。
江尾社労士
ええ。「意図がなくても、結果と合理的な理由が問われる」という考え方が、欧州でも発展し、日本の法律にも取り入れられたわけです。ただし日本では、対象は省令で定める三つの措置に限られています。募集・採用での身長・体重・体力の要件、募集・採用や昇進・職種変更での転居を伴う転勤の要件、昇進での転勤経験の要件です。
さくら
二つ目は何ですか。
江尾社労士
構図がよく似ている場面、同一労働同一賃金です。こちらは正社員と非正規社員という雇用形態の違いを扱う、日本独自のルールで、アメリカの差別禁止法に由来するものではありません。
ただ、パートタイム・有期雇用労働法で、会社は正社員との待遇差の内容と理由を、求めに応じて説明しなければなりません。2020年10月の最高裁判決は、郵便事業で働く非正規社員の手当や休暇の一つひとつについて、その趣旨に照らして差が合理的かを問いました。
さくら
「正社員だから」では、説明にならないのですね。
江尾社労士
そうです。そして待遇差の理由に「能力」や「評価」を挙げるなら、その評価の根拠を説明できることが前提になります。ここで、評価の話とつながってくるのです。
さくら
評価そのものが裁判で問われることもあるのですか。
江尾社労士
あります。2003年の最高裁判決では、賞与の出勤率要件の計算で産前産後休業などを欠勤扱いにした部分が、公序に反し無効とされました。育児休業などを理由とする不利益取扱いの禁止、能力不足を理由とする降格や解雇での裁量権の濫用、評価を使ったハラスメントなど、評価の中身と手続きが問われる場面は広がっています。
アメリカの歴史から取り入れたいこと
取り入れるのは、形ではなく、
「説明できる」という理由のほう。
職務給や分厚い職務記述書を、そのまま導入する必要はありません。
さくら
じゃあ、顧問先の中小企業も、アメリカみたいに職務給にしたほうがいいのですか。
江尾社労士
いえ、そこまでは必要ありません。取り入れるべきなのは形ではなく、「評価は説明できなければならない」という理由のほう。私の見立てでは、まず次の三つから始めるのがいいと思います。
さくら
二つ目の「記録」は、1973年の事件で評価者が仕事ぶりを見ていなかった、という話につながっていますね。
江尾社労士
よく気がつきましたね。記録があれば「見ていた」ことが示せます。それからもう一つ、制度をつくるときの注意点があります。
さくら
評価って、会社を守るためのもの、という感じがしてきました。
江尾社労士
それだけではありませんよ。基準がはっきりしていて、事実にもとづいて評価され、理由を話してもらえる職場では、職員は安心して力を出せます。説明できる評価は、心理的安全性と成長の土台でもあるのです。
さくら
さっそく顧問先の評価シート、一つひとつの項目について「この点数の理由を事実で説明できるか」と見直してみます。
江尾社労士
ええ。答えに詰まる項目が、評価制度を見直す入口ですからね。
執筆・監修:社会保険労務士 江尻育弘
社会保険労務士 江尻事務所(沖縄県中城村)。人事評価制度・賃金制度の設計、就業規則の作成・改定、同一労働同一賃金への対応を、医療・福祉・保育をはじめとする沖縄の事業所とともに考えながらお手伝いしています。
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いまの評価シートで説明できるかの点検、役割の定義、就業規則・賃金規程とのつなぎ方、評価者研修、そしてパート・有期の方への待遇差説明の準備まで。貴社の実情に合わせてご提案します。江尻までお気軽にご相談ください。
お問い合わせはこちら出典・参考:Griggs v. Duke Power Co., 401 U.S. 424(1971)。Brito v. Zia Co., 478 F.2d 1200(10th Cir. 1973)。Watson v. Fort Worth Bank & Trust, 487 U.S. 977(1988)。日本郵便事件(最一小判令和2年10月15日)。東朋学園事件(最一小判平成15年12月4日)。厚生労働省「男女雇用機会均等法で禁止している間接差別の対象範囲が拡大されます」。厚生労働省Webマガジン「2026年10月からパートタイム・有期雇用のルールが変わります」。
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