対話で読む 介護労務 | 社会保障審議会レポート
介護現場のカスタマーハラスメント対策
改定の方向性を読み解く
江尾社労士とさくらが、国の資料を沖縄の視点も交えて対話で解説します。
2026年11月出典:第274回介護給付費分科会 資料5(令和8年11月6日)社会保険労務士 江尻事務所
介護事業所のカスハラ対策が、介護保険の運営基準でも「講ずべき措置」になる方向です。要点と、沖縄の事業所が今から備えたいことをご確認いただけます。
いちばんの注目点
カスハラ防止の措置は、令和8年10月からすでに法律上の義務です。運営基準の改正を待たずに、方針・相談窓口・初動手順を整えておくことが大切です。
1はじめにこの資料は何か
さくら
厚労省から「介護現場におけるハラスメント対策(改定の方向性)」という資料が出ました。77ページもあって、どこから読めばいいのか迷っています。
江尾
第274回介護給付費分科会(令和8年11月6日)の資料5ですね。次の介護報酬改定に向けた「論点」と「対応案」で、まだ決定ではなく方向性の提示です。論点は、事業所の対策、安全確保とサービス継続の両立、地域連携の三つです。対応案のページを先に押さえ、調査データは裏付けとして読むと効率的ですよ。
2法改正の確認すでに「義務」は始まっている
江尾
改正労働施策総合推進法が令和8年10月1日に施行され、すべての事業主にカスハラ防止の措置が義務付けられたからです。方針の明確化と周知、相談窓口、事実確認、再発防止などが求められ、「可能な限り一人で対応させない」「犯罪に当たり得る言動は警察へ通報する」といった、その場の対処を決めておくのがカスハラ独自の点です。運営基準の改正を待たなくても、義務はもう介護事業所にかかっています。
さくら
介護の基準では、今までどう扱われていたのですか。
江尾
セクハラとパワハラは令和3年度から「講ずべき措置」でしたが、カスハラは解釈通知で「望ましい取組」とされていただけです。今回はそれを法律にそろえる動きです。
3実態調査の数字「体制はあるが、手順がない」
江尾
速報値(936施設・事業所)では、カスハラを受けた経験のある職員は、サービス種別により概ね2割から6割弱です。相手方は利用者本人が26.9%、配偶者が20.8%で、家族からの被害も目立ちます。そして、対応を検討する体制は72.1%にあるのに、初動の手順を定めているのは39.0%、契約解除の判断手順は15.4%です。いざというときの手順が紙になっていません。
実態調査の主な数字(回答施設・事業所の割合)
カスハラによる影響:職員の精神的負担70.2%
メンタルヘルスと定着に直結
疾病・障害特性による言動とカスハラの区別が難しい68.8%
この設問で最多の課題
複数名訪問で加算も公費助成も使っていない(n=201)68.2%
事業所の持ち出しが多い
地域単位の取組があるか「わからない」63.4%
地域連携が見えていない
初動対応の手順等を定めている39.0%
6割は手順書なし
契約時にカスハラの説明を実施していない25.4%
重要事項説明書の整備が未了
複数名訪問を現在実施している(訪問系等、n=538)18.0%
同意と人員が壁
契約解除等の判断・検討手順を定めている15.4%
最も薄い領域
出典:令和8年度老人保健健康増進等事業「介護現場における効果的なハラスメント対策等に関する調査研究事業」(株式会社三菱総合研究所)速報値(第274回介護給付費分科会 資料5掲載)。項目により集計の対象(全回答、訪問系のみ等)が異なります。赤は「定めている・実施している」割合が低い項目です。
さくら
実際に効果があった対応は何だったのですか。
江尾
実施した事業所のうち「効果的だった」と答えた割合は、契約解除等が71.6%、警察への相談が66.7%、管理者による介入が61.4%です。職員が一人で耐えるのではなく、管理者や外部が出ていくことで効果が出ています。ただし警察などは件数が少ないので、幅をもって読む必要がありますよ。
4論点�@運営基準の「講ずべき措置」へ
さくら
「望ましい」が「講ずべき」になると、何が変わるのでしょう。
江尾
資料には書かれていませんが、運営基準は指定の要件なので、自治体の運営指導で確認される対象になると考えられます。具体的な中身は、改正法の指針を踏まえて今後の解釈通知で示されます。あわせて、組織で対応する、誰も一人で抱え込まないといったマニュアルの基本的な考え方も、解釈通知で明確化する案です。
江尾
そうです。今後の調査研究で具体化するとされています。だからこそ、初動の手順書を持たない約6割の事業所は、通知を待たずに作っておくべきですね。相談を受けた管理者も一人で抱え込まない仕組みにしておくことが大切です。
5論点�A安全確保とサービス継続の両立
さくら
訪問先で危険を感じたら、どうなるのですか。
江尾
論点では、危険が及ぶおそれがあれば、その場から退避して訪問を一時中止するなど、安全確保を優先することが必要とされています。対応案は、場面やリスクに応じて留意すべき事項を解釈通知等で明確化するとしています。複数名訪問の加算は、利用者負担が増えるため引き続き同意が要件です。その代わり、同行訪問や防犯カメラ、GPSなどへの補助(国3分の2)が令和9年度概算要求に盛り込まれています。ケアマネジャーについては、新しい加算ではなく、訪問しなくてよい「特段の事情」の扱いなど運営基準での対応が検討されています。
さくら
認知症の方の暴言や介護抵抗も、カスハラになるのでしょうか。
江尾
症状による言動は、直ちにカスハラとは扱わず、まずケアや医療的な対応で向き合います。ただし危険があれば安全を優先します。判断に迷うときは、職員個人に任せず事業所として検討し、主治医やケアマネと連携します。
6もう一歩「正当な理由」の明確化とは
さくら
サービスを断る「正当な理由」は、はっきりするのですか。
江尾
今の解釈通知が示す例は、人員不足や実施地域外など、申込み時を想定したものが中心で、ハラスメントは明記されていません。対応案は、その考え方を明確にし、提供開始後に続けられなくなった場合は、段階的に対応を検討することを示す案です。なお、既存のハラスメント対策マニュアルでは、結果の重大性、再発の可能性、解除以外の防止方法の有無、利用者の不利益の程度等を考慮するとされています。危険なときの一時中止と、契約を終わらせる判断は分けて考えましょう。
7論点�B事業所だけで抱え込まない
江尾
市町村、地域包括支援センター、ケアマネジャー、警察、法律の専門職などと連携し、平時から相談先を確認しておくことを明確化する案です。連携した事業所の5割以上が「効果的だった」と答える一方、会議体で検討していない市町村が64%あります。市町村の役割は、運営基準とは別に検討されます。
8沖縄の視点島しょ県ならではの備え
さくら
沖縄で考えると、何に気をつければいいですか。
江尾
離島や本島北部では、事業所の数が限られます。契約を解除すると、代わりのサービスが見つからないおそれがあります。だからこそ、解除の前に担当変更や複数名対応を試し、早い段階で市町村や地域包括支援センターに相談しておくことが、ほかの地域以上に大切です。
江尾
2人分の人件費と拘束時間がかかります。県や市町村が安全対策や同行訪問の補助を実施するか、早めに確認しましょう。県は令和8年10月29日にも、介護事業所向けに「介護現場のパワハラ・カスハラ対策!」セミナーを開いています。こうした機会も活用してください。
9事業所で今から取り組むこと四つの備え
江尾
まず、職員を守る方針を就業規則か規程に書き、相談窓口でカスハラも扱うと明記します。次に、「危険なら退避してよい」を含めた初動の手順書を作ります。退避を事前に認めておくことは、安全配慮義務を果たすうえでも重要です。三つ目に、重要事項説明書にサービスの範囲や禁止行為、解約の扱いを書きます。四つ目に、市町村や地域包括支援センター、警察署などの相談先を一枚にまとめておきます。通知が出たら見直す前提で、今のうちに整えておきましょう。
監修
社会保険労務士 江尻事務所 江尻 育弘沖縄県中城村
社会保険労務士健康経営エキスパートアドバイザー医療労務コンサルタント
沖縄の介護・福祉・医療分野で、就業規則やハラスメント対策の規程づくり、職員のメンタルヘルス対策をご支援しています。
カスハラ対応規程・初動手順書の整備について
離島を含む沖縄の事業所の実情に合わせて、一緒に考えます。江尻までお気軽にご相談ください。
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社会保険労務士 江尻事務所
出典:厚生労働省老健局「介護現場におけるハラスメント対策(改定の方向性)」社会保障審議会介護給付費分科会第274回(令和8年11月6日)資料5。
注記:調査の数値は同資料に掲載された令和8年度老人保健健康増進等事業の速報値で、確定値ではありません。予算額は令和9年度概算要求額です。本記事は改定の方向性を解説したもので、解釈通知の具体的な内容は今後示されます。
沖縄県のセミナー:沖縄県介護役職者向けマネジメント研修事業「介護現場のパワハラ・カスハラ対策!」(令和8年10月29日)。
登場人物の江尾社労士とさくらは、解説のための架空の人物です。
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